NPOの設立のため、2度目の書類審査を受けた。やはり先回と同様に書類を提出してから1時間20分待たされた。二人の職員が一字一句調査してくれたからだ。「お待たせしました」と言われ、室内に入る。開口一番の指摘は、「“又”がまたになっている。“及び”がおよびになっている」というものだった。私は文中の全ての「又」を「また」に、「及び」を「および」に統一しておいた。その方が古めかしい官庁用語でなくていいと思ったのだ。
官庁でも、できるだけ平易で読みやすい文章作りを進めているはずだから、NPO関係ならいっそうその方がよいだろうと考えた。カミさんに言わせると「そういうところがあなたの勝手な解釈なのよ」となる。自分では良かれと思っていても、世間では迷惑ということがある。そこが理解できていないという指摘である。
話は違うが私の住む市の職員の中に、高級ベンツと二人乗りオープンカーのBMWに乗っている若者がいる。「市の職員の給与が高いと思われてしまうよね」とカミさんに話すと、「そんなことは誰も思わないわよ」と言う。「職員の中には土地持ちの人もたくさんいるし、仮に不動産収入がなくても、職員の人の給与で高級外車は買えないの?」と逆に聞き返してくる。「いあや、ローンを組めば買えないことはないと思うけど」と答える。「給与をどう遣うかは自由よ。貯金する人もいれば、高級外車を買う人もいる。それはそれぞれの考え方でしょう」とカミさんは言う。
「そうなんだ。だからこそ、公務員は『自分たちは普通の労働者とは違う。市民に雇われ、市民に代わって仕事をしている』という意識を持って欲しいと思う。清貧であろうという意識をさ」と私は主張するのだが、「そんなことを言ったら、公務員になる人はいなくなるわよ。本当に勝手な思い込みネ」と釘を刺される。確かに、給与をどのように遣うかは各自の自由だ。拘束時間外をどのように使うかも各自の自由だ。
公務員だからと無理なことや理不尽なことを押し付けるわけにはいかない。私は公務員の意識の問題として、こうあって欲しいと思ったわけだが、思うことは勝手であってもそれを口にすれば責任が生まれる。本当に自分が言うことが理に合っているのか、一呼吸おいて考えてみる必要がある。
県庁の職員は「私はアバウトな人間なので、細かなことを言いませんが、法律の条文だけはそのとおりに書いていただかないといけませんので、そこだけは直しておいてください」と言う。カミさんは「あなたの勝手な思いだ」と言うが、彼は私がなぜひらがなにしたのかわかってくれたではないか。いや、それともそんなことで言い合っても仕方ないと判断したのかな。まあ、どっちでもいいか。もう1回、足を運べば受理していただけそうだ。
官庁でも、できるだけ平易で読みやすい文章作りを進めているはずだから、NPO関係ならいっそうその方がよいだろうと考えた。カミさんに言わせると「そういうところがあなたの勝手な解釈なのよ」となる。自分では良かれと思っていても、世間では迷惑ということがある。そこが理解できていないという指摘である。
話は違うが私の住む市の職員の中に、高級ベンツと二人乗りオープンカーのBMWに乗っている若者がいる。「市の職員の給与が高いと思われてしまうよね」とカミさんに話すと、「そんなことは誰も思わないわよ」と言う。「職員の中には土地持ちの人もたくさんいるし、仮に不動産収入がなくても、職員の人の給与で高級外車は買えないの?」と逆に聞き返してくる。「いあや、ローンを組めば買えないことはないと思うけど」と答える。「給与をどう遣うかは自由よ。貯金する人もいれば、高級外車を買う人もいる。それはそれぞれの考え方でしょう」とカミさんは言う。
「そうなんだ。だからこそ、公務員は『自分たちは普通の労働者とは違う。市民に雇われ、市民に代わって仕事をしている』という意識を持って欲しいと思う。清貧であろうという意識をさ」と私は主張するのだが、「そんなことを言ったら、公務員になる人はいなくなるわよ。本当に勝手な思い込みネ」と釘を刺される。確かに、給与をどのように遣うかは各自の自由だ。拘束時間外をどのように使うかも各自の自由だ。
公務員だからと無理なことや理不尽なことを押し付けるわけにはいかない。私は公務員の意識の問題として、こうあって欲しいと思ったわけだが、思うことは勝手であってもそれを口にすれば責任が生まれる。本当に自分が言うことが理に合っているのか、一呼吸おいて考えてみる必要がある。
県庁の職員は「私はアバウトな人間なので、細かなことを言いませんが、法律の条文だけはそのとおりに書いていただかないといけませんので、そこだけは直しておいてください」と言う。カミさんは「あなたの勝手な思いだ」と言うが、彼は私がなぜひらがなにしたのかわかってくれたではないか。いや、それともそんなことで言い合っても仕方ないと判断したのかな。まあ、どっちでもいいか。もう1回、足を運べば受理していただけそうだ。