友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

次女の記念日

2008年07月01日 21時56分31秒 | Weblog
 バンコクにいる次女もブログを行なっている。ところが6月は3回しか更新されていない。ダンナと二人だけの生活だから、パソコンに向かう時間的な余裕がないなどということはないはずだ。次女が更新できない事情、たとえばパソコンに向かう気力そのものが湧かないというような、何かがあったのだろうか?悪い方へと勝手に想像していた。昨日、彼女のブログを見ると、新しく書き込まれていた。しかも、その内容はハッピーなものだった。

 6月は次女の誕生日でしかもその日は結婚記念日でもあるのだが、その記念日にダンナは接待ゴルフである。こういう時、なぜか彼女はすぐに脹れる。不機嫌さをあからさまにぶつけてくる。接待ゴルフは日本でこそ少なくなったけれど、その分というか、外国ならいいだろうという意識が働くようで、費用の安いタイへみんなが押しかけてくるようだ。そこで彼は仕事をこなしているのだが、彼女にすれば、遊びじゃないかという気持ちなのだろう。

 「今日はカミさんの誕生日なので、休ませてもらいます」などと言おうものなら、日本人はなんとまあ軟弱な男かと馬鹿にする慣習がある。付き合いで飲んでいて遅くなっても、「今日は遅くなる」と電話すらできない雰囲気が、私が仕事していた頃はあった。家庭のことを仕事に持ち込まないことが働く男の勲章のようになっていたのだ。仕事である接待ゴルフを投げ出して、カミさんの誕生日を祝うことはできないことなのだ。

 「夜は一緒にご飯食べられるよね!」と、次女は食い下がるけれど、接待ゴルフで出かけるのだから、夜はそのまま宴会になるのが普通だろう。だからダンナもあいまいな返事しかできない。お客がすんなり帰ればいいが、宴会大好きのお客なら、タイまで来たんだから遊んで行きたいと要求するかも知れない。

 次女はお昼に友だちから手作りケーキでお祝いをしてもらい、夜はまた別の仲間からも祝宴を開いてもらっている。いいじゃないか、そんなにたくさんの友だちに祝ってもらい、これ以上何が不足というのだろう。しかも最高の見せ場は、最後にダンナがイタリアワインを抱えて、その祝宴の席に現れたことだ。なかなかにくいことをやるねと読んでいてニヤリとしてしまった。彼はいつも土壇場で高得点を演じている。

 「慣れるとこんなものだよね。記念日も忘れちゃって!」とか、「これからは何も期待しない!」とか、皮肉っていた次女は「あ~私って幸せ者だなあ~ってw」などと書いている。そして「いつまでも私らしく、決しておばちゃんにならずw素敵な女を目指してまた1年頑張ります」と結んでいる。

 私からすれば「まだまだ、わがままが抜けないよ。期待しないことではなく、あなたが愛することだよ。ダンナに甘えなさい。そして決して怒らない。そうすれば長く夫婦を続けていける。見返りばかり求めると互いに傷つけあってしまう。一方的に愛し、甘えることがよいと思うよ」と伝えたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする