ロンドン・オリンピックの開会式に先立ち、サッカー女子の試合で日本の「なでしこジャパン」がカナダに2対1で勝った。スポーツなのだから勝つ時もあれば負ける時もある。こんなことを言う人は強いアスリートにはなれないようだけど、私はすぐそんな風に考えてしまう。「なでしこ」はワールドカップで優勝しているから、金への期待が強いので大変なプレッシャーだったと思う。日本チームとしては、「なでしこ」の1勝で大きな自信になったことだろう。
私はカミさんのように、全ての重要な競技を録画しておいてでも見たいという熱心さはないけれど、それでも気になる試合は見るし、新聞で結果を知ってホッとする時もある。高校野球の県予選はいよいよ強豪がぶつかり合うところまで来た。自分の出身校やあるいは出身の地域の高校が今年は随分残っていたから、ひょっとするとなどと思ったりもしたけれど、やはりここまで来ると姿を消している。
親しくしている若いお母さんと電話で話したら、「負けちゃった」と悔しそうだった。孫娘の友だちはこの夏の大会が最後だ。若いお母さんの息子は2年生だからまだ1年ある。まだヒヤヒヤドキドキできる時がある。「もう、辛くって」と言いながらも、息子の活躍に一番期待しているのは誰よりも母親の方なのかも知れない。小学校の運動場でサッカーのクラブチームがあるいは少年野球のクラブチームが、炎天下にも関わらず練習しているけれど、テントを張ってチームの監督やコーチの世話をしているお母さんたちもこの暑さの中でよくやっていると思う。
親と言っても結局は母親がということになってしまうようだけれど、親が熱心でない子どもはなかなか伸びないと言う。そんなまでして、子どもを選手にしたいという気持ちが私には分からない。子どもがやりたいというものを親としては応援してやりたい。それは親の務めだと思うけれど、クラブチームに入れたなら、それ以上のことはコーチや監督に任せておけばいいように思う。しかし、聞くところでは、親が熱心さを示さないとコーチも監督も子どもを熱心に見てくれないらしい。
私に言わせれば、「そんなチームなら辞めてしまえ」である。お世話になった人に感謝するのは当然だけれど、感謝しないならお世話しないというのでは本末転倒だ。ある地域の町内会長さんが、「夏祭りに県会議員を招待すれば、県の予算が付くと言うけれど、どうしよう」と悩んでいた。またある町内会長は「あの市議はちゃんとご祝儀を持ってくるからエライ」と言う。金のために一生懸命になる人を議員にしてはならないし、町内の世話役もすべきではない。
クラブチームのコーチや監督、町内会の役員や市長、市議や県議や国会議員、こういう人はみんなのために働いているのだから、公平で潔癖でなくてはならない。理想肌で、清貧に甘んじる人でなくてはならない。財産をつかうことがあっても、増やしてはならない。栄誉を求めてはならない。誇りは胸に秘めて、謙虚でなくてはならない。だから本当に素晴しい人は少ない。でも必ずいる。