風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

フクシマとコロナ

2021-03-13 12:17:41 | 時事放談
 東日本大震災から10年の節目となり、当時を振り返る報道が相次いだ。今週のNewsweek日本版は嵐の櫻井翔さんが表紙を飾って、何事かと思ったら、彼は「news zero」キャスターとして被災地の取材を続けているそうだ。追悼のドキュメンタリーは、時折り、涙腺を緩ませる。
 日付まで記憶させるような出来事はそうそうあるものではないと、ジョン・ルイス・ギャディス教授は『アメリカ外交の大戦略』の中で述べておられた。その一つが9・11同時多発テロであり、また真珠湾攻撃でもある、と。私たち日本人には、そこに3・11東日本大震災が加わる。14時46分という時間まで記憶させているのだから、大したものである。
 あの日、私は都心のオフィス(36階)にいて、それまで経験したことがない長く続く大きな揺れに見舞われ、湾岸に目をやると石油基地から煙が立ち上るのが見えて、不謹慎にも『日本沈没』の文字を思い浮かべるほど、暗澹たる気持ちになった。健常者の私ですらそんな調子なので、隣席の難聴の女性の不安たるやいかばかりかと、館内放送のメッセージを紙に書いて示しては、「大丈夫」という表情を繕って、気丈に振舞おうとした。会社に備蓄された乾パンと水が配給されたが、たまたま外出していた同僚がマクドナルドのハンバーガーを差し入れてくれて、ハンバーガーとは言え暖かい食事が(冷えた心に)これほど有難いと思ったことはなかった。その日は、会議室で椅子を並べてコートにくるまって仮眠をとった。隣の部署がBCPを所掌する内部統制部門で、彼らが持つTVがその会議室に備えつけられ、一晩中、流れ続けるニュースを子守唄に・・・。翌日、JRが動き出して帰宅できたが、この東日本大震災は、地震の揺れよりも津波被害が甚大であることを知って愕然とし、さらに福島第一原発の危機に繋がって肝を冷やすことになる。漢字で書く福島ではない、所謂フクシマの問題である。
 もっとも上に述べたことは所詮は被災地から遠く離れた東京都民の感傷でしかない。今、新型コロナのパンデミックで日本中、いや世界中が被災し、ようやく被災者の思いを多少なりとも実感することになった。
 そのパンデミックから一年が経ち、少しは冷静さを取り戻して、国家としての危機管理の観点から、フクシマと共通する問題があるように感じる。ウイルスといい放射線といい、目に見えない敵との戦いであり、有事であって、パンデミックにしてもフクシマにしても自然災害に起因するが、本質は人災とも言うべきものだということだ。
 このパンデミックで、日本はまがりなりにも死亡者数や感染者数が抑えられ、国際社会から見れば成功している部類に入るとの海外報道があるが、その評価は政府の政策と国民の対応がごちゃ混ぜになっている。実態は、政府がやることはお世辞にも優れているとは言えなくて、国民が強制されなくても自制的な行動をとり、公衆の面前ではマスクをし、密を避け、帰宅すると靴を脱いでうがいをし、食前やトイレ後には手洗いをするという、日本人にはごく当たり前の衛生習慣に依存している(ファクターXは別にして)。すなわち、パンデミックにしてもフクシマにしても、国家の中枢は頼りにならないけれども、現場の国民が踏ん張っている。
 そもそも危機管理は日頃の訓練ができていない場合は対応が難しいものだと頭では分かっている(このパンデミックでも、上手く行っていない国は多い)が、それにしても日本政府には備えがなくて、危機管理体制が覚束ない。日本版NSCが出来たから、危機対応は少しはマシになるかと期待されたが、そうでもなさそうだ。有事における司令塔(その指揮命令系統)がうまく機能しているようには見えないし、政府と地方自治体との役割分担は不明瞭のようだし、政府と国民の関係はどこか対立的、よそよそしくて何かと誤魔化そうとするところが感じられて、生産的ではない。中でも、いったん起きてしまった危機=クライシスにおいて大事なのは情報共有やクライシス・コミュニケーションだと思うが、どうにもぎくしゃくしている。平時は国民の負託による政治を監視・牽制する(本来であれば)緊張した関係にあるが、今は有事である。それにも関わらず、共に戦うという気概が感じられない。
 このあたりは、日本が、大陸とは違って異民族による虐殺や略奪といった、国民一丸となって対応しなければならない悲惨な歴史的経験に乏しく(白村江の戦いで唐軍に備え、蒙古襲来に備えて以来、久しくない)、せいぜい地震・台風・洪水・火山噴火の災害列島で、有事と平時の境界が曖昧で、結局、平時の感覚が抜け切らないからだろうか。そのせいか国家として特段の有事への備えは出来ていなくても、国民レベルではいざ被災したときの覚悟がDNAに埋め込まれている。一種の諦観であって、東日本大震災における国民の整然とした規律ある行動は世界で評判になった。
 つまり反省が足りないのではないだろうか。SARSの事後検証報告の中で対策が提言されたものの、その後、活かされることはなかった。元を辿れば、大東亜戦争の後にも、個別には様々な立場で振り返りがなされたが、たとえば吉田茂の指示で外務省が検証した報告書は後年になるまで発表されず知られることはなかったように、国民は不幸なこととして一種のトラウマに囚われたまま感情的に忌避するだけで、国民レベルの冷静な総括が出来ていないように思う。そのため、日本国憲法ですらGHQ占領期に「仮」制定されてから手が付けられず、緊急事態条項が盛り込まれないまま、有事において政府が強い権限を行使して国民の犠牲を強いながら安全を守るという仕組みが根付いていない。それは国民から受け入れられないと、安倍総理(当時)自身も田原総一朗さんに語っている。フクシマの後も、原発をどう扱うべきか、感情的な反発があるのは理解できるが、政府のエネルギー政策は宙に浮いたままで、科学への信頼をよそに元総理5人衆が脱原発で無邪気に意気投合する姿を見ていると、絶望的になる。
 結果として、安全保障の観念が乏しい国家になり下がってしまった。政治のリーダーシップのせいにしてしまいがちで、そのため長年、先送りされて来たが、ここまで来れば国民性とも言うべきもので、私たち国民一人ひとりが自らのこととして考えなければならない問題だろう。
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