今秋の米大統領選は、再びバイデン氏とトランプ氏の対決となり、「もしトラ」に備えよとの声が強まっている。高齢であることと不規則であることと、どちらかを選ばなければならないとは、かつて流行った「究極の選択」のようで、どちらも選びたくない市井の良識がよく分かる。これは他人事ではなく、カギを握るスウィング・ステートのご機嫌をとらんがために、日鉄のUSスチール買収が人質にとられる始末だし、アメリカ一強の西側にとって、ことは国際秩序に関わる。
振り返れば、2016年の大統領選では、まさかトランプ氏が当選するとは誰も予想しなかったが、いざ大統領に当選するや、リベラル・メディアの目線が余りに厳しいことに、ひねくれ者の私は反発したくなった。不規則発言が多いことに不安を覚えながらも、目が離せないトランプ劇場を、リベラル・メディアへの当てつけのように楽しんだ。まだそれだけの余裕があったと言うべきだろう。米中関係では、やたら貿易赤字ばかり気にする(それを勝ち負けと捉える)偏執的なところに危うさを感じたが、周囲を固める人たちは、2017年末の国家安全保障戦略、翌年の国防権限法2019など、トランプ氏を宥めすかしながら、今に続く現実路線を着実に進めた。そこまでやるか⁈との驚きもないではなかったが、本来、行動変容を促すのが制裁の目的だとすれば、中国共産党の経済運営は度が過ぎたし、それを抑えられるだけの能力と意思を持ち得るのは、アメリカを措いて他になかった。実際には、国家の行動を変えさせるのは並大抵でなはいし、中国は対抗し得るだけの合法・違法の能力と意思を持っていて、一筋縄では行っていないのだが。
コロナ禍のもとで行われた2020年の大統領選では、さすがにトランプ氏の不規則発言に閉口し、その後、ウクライナ戦争や中東危機を抱える今となっては、もはやトランプ劇場を楽しむ余裕はすっかり失せてしまった。懐に入り込んでモノ申せる故・安倍氏のような存在も見当たらない。在韓米軍撤退を、次期政権では真っ先に実行するとの条件で、前政権ではなんとか思いとどまったというエピソードを聞くと、極東にも火種が撒かれかねないと不安になる。他方、場合によっては、副大統領が大統領代行になるような事態も考えられなくはなく、そのときにハリス氏で大丈夫かとの不安が渦巻く。別に今どき個人が全てを牛耳るわけではないが、相手が権威主義国の場合、独裁者に対峙するのは国家元首という対立構図が避けられず、その言動が問題になる。そのリスクを負ってなお、アメリカ人の良識を信じないわけには行かない。
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