風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

ロシアの被害者意識

2022-06-13 21:42:40 | 時事放談

 前ウクライナ大使(2019年1月~2021年10月)の倉井高志氏が、数日前、ロシアの国柄やプーチン氏の特性についてプレジデント・オンラインに寄稿されたのを興味深く読んだ(*)。本ブログのタイトルは、倉井氏のコラムからキーワードとして拾ったものだが、私自身は「被害者意識」というようなお行儀の良い形容ではなく、端的に「被害妄想」だと思っている。それはともかくとして・・・

 件のコラムで、倉井氏は、かつてソ連の軍事問題の大家と言われたジョーン・エリクソン教授の下でソ連軍研究に携わったときに、「ソ連を理解するためには世界からソ連がどう見えるかではなく、ソ連から見て世界がどう見えるかを考えなければならない」と言われたとか、少なくとも9-11同時多発テロのときには、プーチン氏はアメリカに真っ先に協力を申し出たのに、アメリカのABM条約からの脱退(2002年)、ジョージアのバラ革命(2003年)、ウクライナのオレンジ革命(2004年)などを通して、「『米国に裏切られた』とするプーチン大統領の強い思いが、KGB要員としてさまざまな秘密工作活動に携わってきた経験とあいまって、うかうかしているとロシアは米国、NATOに支配されてしまう、ロシアは自らを守るため軍事力を一層強化し、自国の安全を確保するための戦略環境を構築していかなければならない、との意識を強く抱かせることとなったと思われる」とか、「ソ連時代に『パラノイア』とも言われた過剰なまでの防衛意識、常に自分たちは外部から攻撃を受けるリスクに晒されていて、軍事力を強化しなければこちらがやられてしまう、という被害者意識は、一定程度現実の歴史に裏打ちされている面もあり、仮に今後、プーチン大統領以外の指導者が出てきたとしても、この認識が大きく変わるとは考えにくい」とも語っておられる。

 以前、本ブログで、中国が日本の南京事件(事実として、被害者数の桁が違うようだし、ゲリラ=便衣兵も多い中で、少なくとも「大虐殺」と呼ぶのは不適切だろう)を非難するのは、城塞内の敵を虐殺するのが当たり前の歴史的経験が前提としてあるからで、ところが日本にはそんな歴史的経験も、そもそも中国などの大陸国に特有の城塞構造の街すらもない島国であることを、中国は知らないのだろう(だから事実として大虐殺があったとは考え難い)と書いた。カラー革命はCIAなどの西側の策謀があったとする陰謀論をよく聞くが、東ドイツ駐在時と帰任時に、東ドイツとソ連という国家が崩壊する悲劇的局面に遭遇したKGB工作員のプーチン氏だからこそ、相手(敵)も同じように行動すると読む(すなわち陰謀があったと見做す)のだろう。そもそも広大な領土を誇るロシアには、タタールの軛の歴史以来、包囲されている感覚、攻め込まれる恐怖があるというお国柄の上に、プーチン氏に特有のメンタリティが重なる、というわけだ。もっとも完全な陰謀論だと言うつもりはない。オレンジ革命やマイダン革命において、西側の何等かの関与があったことは事実のようだが、それが結果としてどの程度の影響があったのかはよく分からない。

 閑話休題。外交官は(倉井氏のような)「事情通」でなければならないと思う。私がいた会社にも、地域や製品事業についての「事情通」が多く、そのためにやや事業が停滞したようなところがあった(笑)。企業では「事情通」がえてして抵抗勢力として弊害をもたらすことがあるが、外交・安全保障の世界ではむしろ保守的である方が望ましいように思う。そして、倉井氏の思いは、半世紀以上前に外交官だったジョージ・ケナンに通じるものがあるように思う。だからこそ、ケナンはNATOの東方拡大に反対したのだった。それは政治技術的には全く正しい、と思う。

 だからと言って、ロシアによるウクライナ侵攻はアメリカが撒いた種だと、今、ミアシャイマー教授が唱えるのは、(文藝春秋6月号のインタビュー記事にもあるように)容易いことではあるが、大国政治をそのまま認めて、現実主義どころか余りに現実追随主義で、庶民感情としてはなかなか納得できるものではない。

 このあたりの葛藤は、私の中でなかなか解消されることはないのだが、このウクライナ戦争は私だけでなく日本人全般にとってロシア研究にうってつけの題材となっていることは間違いないところだろう(ウクライナの不幸を前にして、甚だ不謹慎ではあるが)。

(*) https://president.jp/articles/-/58281

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