十二月ついたちごろなりしやらん、夜に入りて、雨とも雪ともなくうち散りて、むら雲さわがしく、ひとへに曇りはてぬものから、むらむら星うち消えしたり。ひきかづき臥したる衣(きぬ)を、ふけぬるほど、(略)ひきのけて、空をみあげたれば、ことに晴れて、浅葱色なるに、ひかりことごとしき星のおほきなる、むらなく出でたる、なのめならずおもしろくて、花の紙に箔をうち散らしたるによう似たり。こよひはじめてみそめたる心ちす。さきざきも星月夜みなれたることなれど、これはをりからにや、ことなる心ちするにつけても、たゞ物のみおぼゆ。
月をこそながめなれしか星の夜のふかきあはれをこよひしりぬる
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に、人の御容貌も光まさりて見ゆ。(略)
月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭 心苦しう、遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ。
(源氏物語・朝顔~バージニア大学HPより)
師走の十余日のほどに、雪いみじう降りたるを、女官どもなどして、縁にいと多く置くを、
「おなじくば、庭に、まことの山をつくらせはべらむ」
とて、侍召して、仰せ言にていへば、集まりてつくる。主殿の官人の、御きよめにまゐりたるなども、みな寄りて、いと高うつくりなす。宮司などもまゐり集まりて、言加へ興ず。三、四人まゐりつる主殿寮のものども、廿人ばかりになりにけり。里なる侍、召しにつかはしなどす。
「今日、この山つくる人には、日三日賜ぶべし。また、まゐらざらむものは、またおなじ数とどめむ」
などいへば、ききつけたるは、まどひまゐるもあり。里遠きは、得告げやらず。
つくりはてつれば、宮司召して、絹二結とらせて、縁に投げ出だしたるを、一つ取りに取りて、拝みつつ、腰に挿して、みなまかでぬ。袍など着たるは、さて、狩衣にてぞある。
「これ、いつまでありなむ」
と、人々にのたまはするに、
「十日はありなむ」
「十余日はありなむ」
など、ただこの頃のほどを、あるかぎり申すに、
「いかに」
と、問はせたまへば、
「睦月の十余日までははべりなむ」
と申すを、御前にも、「得さはあらじ」と思しめしたり。女房はすべて、
「年のうち、晦までも、得あらじ」
とのみ申すに、「あまり遠くも申しつるかな。げに、得しもやあらざらむ。『朔』などぞ、いふべかりける」と、下には思へど、「さばれ。さまでなくとも、いひそめてむことは」とて、固うあらがひつ。
廿日のほどに、雨降れど、消ゆべきやうもなし。すこし、たけぞ劣りもてゆく。
「白山の観音、これ、消えさせたまふな」
など祈るも、もの狂ほし。
さて、その山つくりたる日、御使に、式部丞忠孝まゐりたれば、茵さし出だして、ものなどいふに、
「今日、雪の山つくらせたまはぬ所なむなき。御前の壼にもつくらせたまへり。春宮にも、弘徽殿にも、つくられたり。京極殿にも、つくらせたまへりけり」
などいへば、
ここにのみめづらしと見る雪の山ところどころにふりにけるかな
と、かたはらなる人していはすれば、たびたびかたぶきて、
「返しは、つかうまつり汚さじ。あ、されたり。御簾の前にて、人にを、語りはべらむ」
とて、起ちにき。歌いみじう好むときくものを、あやし。御前にきこしめして、
「『いみじうよく』とぞ思ひつらむ」
とぞ、のたまはする。
晦がたに、すこし小さくなるやうなれど、なほ、いと高くてあるに、昼つかた、縁に人々出でゐなどしたるに、常陸のすけ出で来たり。(略)
(枕草子~新潮日本古典集成)
比は十二月十日餘の事なれば、雪降積り、つらゝいて、谷の小川も音もせず、峯の嵐吹凍り、瀑の白絲垂氷と成り、皆白妙に押竝べて、四方の梢も見え分かず。
(平家物語~バージニア大学HPより)
雪ばかり主(あるじ)げに降り積みたる庭の面(おも)、はるばると心ぼそげなるを、(略)
(狭衣物語~岩波・日本古典文学大系)
しはすに月のあかき夜きゝに雪のふりかゝりたるを
月影は花の色かとみゆれともまたふるとしの雪にさりける
(赤染衛門集~群書類従15)
師走になりぬ。横川にものすることありてのぼりぬ。「人雪にふりこめられていとあはれにこひしきことおほくなん」とあるにつけて
こほるらんよがはのみづにふるゆきもわがごときえてものはおもはじ
などいひてそのとしはかなくくれぬ。
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)
前大納言公任なが谷に住みける比、十二月ばかり言ひつかはしける 中納言定頼
故郷の板間の風に寝覚つつ谷の嵐を思ひこそやれ
返し 前大納言公任
谷風の身にしむごとにふる郷の木のもとをこそ思ひやりつれ
(続詞花和歌集~校註国歌大系)
おもひすてにしうき世ぞかしと思へども、なれこし宮のうちも恋しく、をりをりの御なさけも忘られたてまつらねば、ことのたよりには、まづ、こととふ袖の涙ぞ色ふかく侍る。雪さへかきくらしふりつもれば、眺めのすゑさへ、道たえはつる心ちして眺めゐたるに、あるじの尼君がかたより、「雪のうちいかに」と申したりしかば、
おもひやれうきことつもるしら雪のあとなき庭にきえかへる身を
(問はず語り~岩波文庫)
雪いたう降りて、まめやかに積もりにけり。(略)
梅の花の、わづ かにけしきばみはじめて雪にもてはやされたるほど、をかしきを、御遊びなどもありぬべけれど、なほ今年までは、ものの音もむせびぬべき心地したまへば、時によりたるもの、うち誦じなどばかりぞせさせたまふ。
(源氏物語・幻~バージニア大学HPより)