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永井荷風の訳詩

2012年10月02日 | 読書日記

沼 ピエエル・ゴオチェ

茂りし林の奧深く
黒く声なく沼は眠れり。
一度(ひとたび)も微風(そよかぜ)は水の面(おも)を拭(ぬぐ)はず。
いささかの波の動きも其の底より起りし事なし。

枯れたる枝の繁きがもとに
空には隠れ、日に遠く、
重き月日の平和の底、
山毛欅(ぶなのき)の暗き木蔭に沼は眠れり。

秋のあらしに、影の中(うち)、
衣(ころも)剥がれし梢は、
濁りて曇りし鏡の上に、
冷(ひや)やかなる其の冠(かんむり)をぬぐまもあらず。

落(おつ)る木の葉の一(ひと)ひらごとに
皺の刻(きざ)みは眠れる水にひろがりて、
凋落(てうらく)を迎ふる水の面(おもて)に、
落(おつ)る木の葉はゆるやかに流る。

一羽の小鳥も水飲まんとて来(きた)りし事なく、
いかなる眼(まなこ)も其の水底(みなそこ)を覗(うかゞ)ひし事なし。
――茂りし林の奥深く
黒く声なき沼は眠れり。

(「珊瑚集(仏蘭西近代抒情詩選)」より)


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