ヨーロッパ鉄道旅行写真デジタル・アーカイブス 1995年夏、ドイツ&オーストリアの旅、その2
ウルムからミュンヘン経由でザルツブルクへ。国境の街で、ドイツからオーストリアへ入国しています。ホームに降り立つと目の前に「ガラス電車」(Glaeserner Zug)が停車していました。
団体旅行用の観光電車で、1935~36年にかけて2両製造。しかし、1両は戦時中に爆撃で被災、残る虎の子の1両(ET90-01、のちに491-001-4 と改番)が南ドイツやオーストリアで観光客を運んでいました。しかし、この写真を撮影した4か月後の1995年12月12日に、有名な保養地で冬季オリンピックが開催されたこともあるガルミッシュ=パルテンキルヒェン Garmisch Partenkirchen でほかの列車と衝突事故を起こし大破。以後、走行することなく今に至っているようです。現在は、アウクスブルクの博物館 Bahnpark Augsburg にて保管中とのこと。貴重な1枚になってしまいました。もう何枚か撮っていたらと悔やまれます。フィルム時代とは、そんなものでした。
写真が1枚だけというのも寂しいので、ザルツブルク中央駅の駅舎と市内のモーツァルト像の写真を掲載しておきます。
(撮影=1995年7月29日)
<参考>
ヨーロッパ鉄道旅行写真 デジタルアーカイブス、ポータルサイトは、こちら
ウルムからミュンヘン経由でザルツブルクへ。国境の街で、ドイツからオーストリアへ入国しています。ホームに降り立つと目の前に「ガラス電車」(Glaeserner Zug)が停車していました。
団体旅行用の観光電車で、1935~36年にかけて2両製造。しかし、1両は戦時中に爆撃で被災、残る虎の子の1両(ET90-01、のちに491-001-4 と改番)が南ドイツやオーストリアで観光客を運んでいました。しかし、この写真を撮影した4か月後の1995年12月12日に、有名な保養地で冬季オリンピックが開催されたこともあるガルミッシュ=パルテンキルヒェン Garmisch Partenkirchen でほかの列車と衝突事故を起こし大破。以後、走行することなく今に至っているようです。現在は、アウクスブルクの博物館 Bahnpark Augsburg にて保管中とのこと。貴重な1枚になってしまいました。もう何枚か撮っていたらと悔やまれます。フィルム時代とは、そんなものでした。
写真が1枚だけというのも寂しいので、ザルツブルク中央駅の駅舎と市内のモーツァルト像の写真を掲載しておきます。
(撮影=1995年7月29日)
<参考>
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