10年前に亡くなった父は自分の歩んだ道を書き残している。たまにそれを引っ張り出して読むのだが、中にはとても興味深い記述がある。下の文は昭和11年頃、天草の上村尋常高等小学校に勤務していた時の思い出の一部であるが、山崎朋子の「サンダカン八番娼館」を思い出す。
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翌朝のことである。出勤すると早速学校長に呼ばれた。そして曰く「昨夜は全く冷汗三斗、父兄とまともに顔を合わすのが辛かった・・・」。小生には皆目その意味が判らぬので問い質したところ、それは小生が小面憎く「人身売買」を非難した昨夜の話にあるように受け取られた。そこで「あの場であの様なことは言ってよくないのですか。どうも失礼しました」と謝ると、校長は相好を崩し、「君の発言には心の底で深く感謝し、大変嬉しく思っている。だがね、あの会の席に部落の有志然として座っていた面々の中にも、人身売買の張本人が何名かいた。同じ学校に永く勤め、それらの人と懇ろになると、教育者としてその非を咎める勇気もなくなってくる。まして面と向かっていてはね。本当に不甲斐ないと思う・・・」と述懐された。そして最後に「君達の宿にも時々人買族が泊まるらしい」と付け加えられた。天草と言えば江戸時代から「からゆきさん」で特に女の出稼ぎの多い所とは聴いていたが、昭和の御世になって、しかも熊本に最も近いこの地で白昼然として非人道的な蛮行が続けられていることに異常な驚きと痛憤を覚えたのだった。それからというもの、宿泊者に人買と思しき人が現れると、宿の使用人になりすまし、立山君と交互に宿帳つけをお願いに出たものである。その住所は大連、奉天、上海など中国の各地から香港、シンガポール、インドネシアなど東南アジア各地に亘っていた。彼らは必ず煌びやかに着飾った女を同伴していた。それは妻であったり、第◯号夫人であったり、妾であったりするが、その多くが出稼ぎ娘からの登用者であり、こんな豊かで幸せな生活ができるぞという見せかけであり、乙女達に憧れを抱かせるための携行品と言ってもよかった。もちろん娘を売る主な原因は生活苦であり、泣く泣く家の犠牲になった者が多いが、中には何十人か何百人に一人の玉の輿を夢見て買われていく軽薄な娘もいたろう。また、さほど生活に困ってもいないのに、新しい漁船の購入代金800円を娘を売って償ったと広言する破廉恥親父に出会ったこともある。
映画「サンダカン八番娼館 望郷」(1974年 熊井啓監督作品)

田中絹代と高橋洋子
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翌朝のことである。出勤すると早速学校長に呼ばれた。そして曰く「昨夜は全く冷汗三斗、父兄とまともに顔を合わすのが辛かった・・・」。小生には皆目その意味が判らぬので問い質したところ、それは小生が小面憎く「人身売買」を非難した昨夜の話にあるように受け取られた。そこで「あの場であの様なことは言ってよくないのですか。どうも失礼しました」と謝ると、校長は相好を崩し、「君の発言には心の底で深く感謝し、大変嬉しく思っている。だがね、あの会の席に部落の有志然として座っていた面々の中にも、人身売買の張本人が何名かいた。同じ学校に永く勤め、それらの人と懇ろになると、教育者としてその非を咎める勇気もなくなってくる。まして面と向かっていてはね。本当に不甲斐ないと思う・・・」と述懐された。そして最後に「君達の宿にも時々人買族が泊まるらしい」と付け加えられた。天草と言えば江戸時代から「からゆきさん」で特に女の出稼ぎの多い所とは聴いていたが、昭和の御世になって、しかも熊本に最も近いこの地で白昼然として非人道的な蛮行が続けられていることに異常な驚きと痛憤を覚えたのだった。それからというもの、宿泊者に人買と思しき人が現れると、宿の使用人になりすまし、立山君と交互に宿帳つけをお願いに出たものである。その住所は大連、奉天、上海など中国の各地から香港、シンガポール、インドネシアなど東南アジア各地に亘っていた。彼らは必ず煌びやかに着飾った女を同伴していた。それは妻であったり、第◯号夫人であったり、妾であったりするが、その多くが出稼ぎ娘からの登用者であり、こんな豊かで幸せな生活ができるぞという見せかけであり、乙女達に憧れを抱かせるための携行品と言ってもよかった。もちろん娘を売る主な原因は生活苦であり、泣く泣く家の犠牲になった者が多いが、中には何十人か何百人に一人の玉の輿を夢見て買われていく軽薄な娘もいたろう。また、さほど生活に困ってもいないのに、新しい漁船の購入代金800円を娘を売って償ったと広言する破廉恥親父に出会ったこともある。
映画「サンダカン八番娼館 望郷」(1974年 熊井啓監督作品)


田中絹代と高橋洋子
この映画まだ 見ていませんけれど
ラストシーンを 違う方のプログで 読んでしまいました。悲しい話ですね。戦争 嫌ですね。今 動画で サンダカン~映画予告編を見ようと思ったら 私の パソコンでは 視聴できませんでした。動画 栗原小巻 田中絹代(サンダカン八番娼館 望郷 別れの場面
1974 を 視聴しました。昔 タオル ハンカチをプレゼントするのが流行ったのを 思い出しました。晩年の田中絹代さんが 声をあげて泣くシーン すごいですね。
栗原小巻さん 綺麗ですね。映画同好会(名前検討中
戦前の天草の悲しい話ですが、貧困にあえいでいた当時の天草の農漁村のことを考えますと、家族が、そして自分が生きていくためにはしかたがなかったのかなとも思います。
本当に!ありがたいことだと思っていますけれど
贅沢を贅沢と思えず
親に感謝する気持ちも忘れ・・・
なんとも はや 悲しい時代です