明日、NHK-BS2でドラマ「火の魚」が再放送される。名場面はいくつもあるが、僕が一番好きなシーンがこれ。瀬戸内の小島に住む老作家・村田省三と編集者の折見とち子が初めてホンネをぶつけ合うシーンだ。
村田省三:原田芳雄
折見とち子:尾野真千子
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折見、最後のページを読み終えると原稿を閉じ、
折見「ありがとうございました。では、またゲラの方を後日・・・」
村田「どう思う」
折見「は」
村田「感想を言え。たまには」
村田、目の奥に敵意を光らせ、折見を見る。
折見、しばらく考えているが、
折見「大変素晴らしいと思います」
村田「どこが」
折見「まず金魚姫の存在感が光っていますし、展開と構成も・・・」
村田「お前の好きな作家は誰だ」
折見「は」
村田「三人あげろ」
折見「カポーティ、チェーホフ、横光利一、でしょうか」
村田「それを読んで素晴らしいと思うお前が、本当にこれを素晴らしいと思うのか?」
村田、折見をにらみつける。
折見、ややあって、口を開く。
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折見「申し上げてよろしいのでしょうか」
村田「言え」
折見「実は思っておりません」
村田「なぜ嘘をつく?!」
折見「仕事でございますので」
村田「バカにするな!!言っとくがな、俺には全部わかってるんだ。自分の書くものが実に下劣な、なんら芸術的価値のない売文に過ぎんということも、お前ら編集者が俺という作家を内心見下していることもな!!お前、どうせ俺の本なんて、一冊たりとも読んだことないだろう?どうだ?!俺をなめるな!全てお見通しだ!バカ野郎!!」
村田、思わず孫の手を壁に投げつける。
折見、村田の目を見据え、口を開く。
折見「・・・お言葉ですが」
村田「なんだ?!」
折見「先生の作品はすべて拝読しております」
村田「まだ俺をコケにするのか?!」
折見「せっかくの機会ですので申し上げますと」
村田「ああ?」
折見「僭越ながら先生の最高傑作は42歳のときに書かれた<陰影>と存じます。とはいえ、あれに限らず当時の作品はどれも素晴らしいです。一見オーソドックスな官能小説でありながら極めて上質な文体。叙情性とアイロニー。まぎれもなく先生にしかお書きになれない小説世界でした。ところがそれが突然劣化するのは、島に引きこもられてからの作品群です。先生、私は先生を見下してはおりませんが失望はしております。や、正直もう腹が立って仕方ありません。あれほどの作家が一体何を怠けているのかと。真面目にやる気があるのかと。仰るとおり、売文の山です。とりわけ女性の描写のひどいこと。特に金魚娘、あれはいただけません。赤いミニスカートと白い太ももの描写ばかりなのはまだよしとして、あまりに頭がからっぽ。あまりに男に都合が良すぎます。あんなのはいわばメイドカフェのメイドと同じでございます」
村田「めいどかふぇのめいど?」
折見「はい。失礼ですが」
村田「・・・」
村田、黙って折見をにらみ続ける。そして心の中で呟く。
村田N「・・・めいどかふぇのめいどってなんだ?」