県立総合体育館で熊本県高校バスケットのウィンターカップをやっているというので観戦に行った。この体育館に来るのは何年振りだろう。体育館内は午後から行われるBリーグの仕様になっていて華やかだ。観客も多く、こんな舞台で試合ができる高校生は幸せだ。ちょうど女子の決勝が行われていて、熊本商業と熊本国府が対戦していた。実力は互角に見えたが、結局、熊本商業が優勝した。かつて球技をやっていた者として感想を言わせてもらうと、ディフェンスの忠実さで差が出たのかなという感じ。試合を観ていると、どうしても水球のゲームに置き換えて見ている。それは何十年経っても抜けないものだなぁと思う。
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京都祇園のメインストリートである花見小路通周辺が撮影禁止になるらしい。観光客のマナーがひどい状態になっているという話は聞いていたが、とうとうそこまで行ってしまったかという感じだ。今、どこの観光地も同じような問題を抱えているようだ。特に外国人観光客が増えるとこれまでの暗黙のルールみたいなものが通用しなくなる面もある。また、これは外国人観光客だけの問題ではない。先般、番所の棚田に行った時、彼岸花が踏み荒らされたり、ちぎられたり折れたりしている現場も見た。最近のカメラ愛好者の中にはマナーに欠ける人もよく見かける。国はあげてインバウンド、2020年度に4000万人という目標をかかげて旗を振っているが、観光の現場ではこういう問題が多くなっていることについてどういう認識なのだろうか。
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花見小路
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花見小路
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春雨の隣の琴は六段か(明治31年)
大江村(新屋敷)に住んでいた頃の作らしく、春雨そぼ降る中、近隣から筝の「六段の調」が聞こえてくる何とも風情を感じさせる一句だ。
「六段の調」といえば、17世紀半ばに活躍した音楽家八橋検校の作曲と伝えられる。しかし、その原曲はキリスト教音楽である「グレゴリオ聖歌『クレド』」だという説がある。八橋検校の時代には既にキリスト教が禁止されているのでそれは考えにくいという反論もあるが、クレド原曲説者は「だからこそ隠れキリシタンは歌詞のないオラショ(しのび唄)の一つとして密かに伝承していたのだ」という。
ところで、今日の「ドレミ音階」は、紀元前、古代ギリシャの数学者ピタゴラスの発見に始まる。そして、今、われわれが聞いているドレミの音とは少しずれている。中世ヨーロッパの音楽は「ピタゴラス音律」で演奏されていて、その代表的な例の一つが「グレゴリオ聖歌」だという。「六段の調」の系譜を辿って行くと紀元前までさかのぼるのだろうか。
※上の写真は大江村の家と漱石夫妻
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「六段の調」を舞う左からひなた、まい、あい(音源が使用不可のため画像のみ)
今日は「即位礼正殿の儀」の中継や関連番組を見て一日過した。雨がちょっと残念だったけれど、天皇陛下のご即位を全世界に向けて無事発信できたことは何はともあれおめでたい。あの平安時代絵巻を思わせる美しい絵は日本の歴史と伝統を感じさせ、国民の一人として誇りに思う。
明日は内閣総理大臣夫妻主催晩餐会が行われるが、そこで披露される古典芸能は、狂言、歌舞伎、文楽による三様の「三番叟」と能の「石橋(しゃっきょう)」だそうだ。
能勢朝次著「能楽源流考」によれば「三番叟」はそもそも随の時代の中国から散楽が日本に伝わり猿楽となったものの中の一つで、もとは西蔵(チベット)に由来するといい、西蔵には「サンバ・ソウ」という寿ぎの歌舞があるという。西蔵の芸術文化が、中国やインドに伝わり、聖徳太子の時代に日本に入って来たとも考えられるという。「三番叟・揉みの段」のあの特徴的なリズムが、どこか異国のリズムを感じさせるのは当然なのかもしれない。
明日は内閣総理大臣夫妻主催晩餐会が行われるが、そこで披露される古典芸能は、狂言、歌舞伎、文楽による三様の「三番叟」と能の「石橋(しゃっきょう)」だそうだ。
能勢朝次著「能楽源流考」によれば「三番叟」はそもそも随の時代の中国から散楽が日本に伝わり猿楽となったものの中の一つで、もとは西蔵(チベット)に由来するといい、西蔵には「サンバ・ソウ」という寿ぎの歌舞があるという。西蔵の芸術文化が、中国やインドに伝わり、聖徳太子の時代に日本に入って来たとも考えられるという。「三番叟・揉みの段」のあの特徴的なリズムが、どこか異国のリズムを感じさせるのは当然なのかもしれない。
平安時代の閨秀歌人、檜垣嫗にまつわる伝説が熊本にはいくつか残っていますが、その中の一つに、白川べりの、今の蓮台寺辺りの草庵から、篤く信仰する岩戸観音へ閼伽の水を供えるため、水桶を担いで四里の道を日参したと伝えられます。室町時代に世阿弥によって創作された能「檜垣」のモデルでもあります。世阿弥の能では檜垣は百歳に及ぶと思しき老女として登場しますが、日本古代中世文学の研究家である妹尾好信教授(広島大学)の研究論文「桧垣説話と『桧垣嫗集』」によれば、「後撰集」に選ばれている
「年ふればわが黒髪も白河の みづはくむまで老いにけるかも」
という歌について、旧知の藤原興範と白川辺りで再会した時詠んだとされるこの檜垣の歌は、その時挨拶として詠まれた当意即妙の歌なのであって、決して実際に彼女が「みずはぐむ」老女であったわけではなく、女盛りを過ぎた年齢になったことを誇張して言ったまでで、実際の年齢は三十代かせいぜい四十歳くらいだったのではないかという説をたてています。
となると、岩戸観音へ向かう険しい山道を、水桶を担いで登っていた檜垣は、実はまだ三十代だったのかもしれません。そう考えますと、水をこぼしこぼし登ったという「檜垣のこぼし坂」(熊本市西区松尾町平山)のイメージもずいぶん違ったものになりそうです。後に檜垣は、岩戸観音の近くの山下庵に移り住みますが、むべなるかなといった感じです。
下の映像「檜垣水汲をどり」は「2013年春のくまもとお城まつり」における「くまもとをどり」の一演目として創作された舞踊曲です。作詞・作曲を杵屋六花登さん、作調と振付を中村花誠さんが担当しています。能「檜垣」の老女とは大きく異なり、若く美しい水汲女たちが華やかに舞い踊ります。
▼檜垣のこぼし坂(熊本市西区松尾町平山)
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▼檜垣水汲をどり
「年ふればわが黒髪も白河の みづはくむまで老いにけるかも」
という歌について、旧知の藤原興範と白川辺りで再会した時詠んだとされるこの檜垣の歌は、その時挨拶として詠まれた当意即妙の歌なのであって、決して実際に彼女が「みずはぐむ」老女であったわけではなく、女盛りを過ぎた年齢になったことを誇張して言ったまでで、実際の年齢は三十代かせいぜい四十歳くらいだったのではないかという説をたてています。
となると、岩戸観音へ向かう険しい山道を、水桶を担いで登っていた檜垣は、実はまだ三十代だったのかもしれません。そう考えますと、水をこぼしこぼし登ったという「檜垣のこぼし坂」(熊本市西区松尾町平山)のイメージもずいぶん違ったものになりそうです。後に檜垣は、岩戸観音の近くの山下庵に移り住みますが、むべなるかなといった感じです。
下の映像「檜垣水汲をどり」は「2013年春のくまもとお城まつり」における「くまもとをどり」の一演目として創作された舞踊曲です。作詞・作曲を杵屋六花登さん、作調と振付を中村花誠さんが担当しています。能「檜垣」の老女とは大きく異なり、若く美しい水汲女たちが華やかに舞い踊ります。
▼檜垣のこぼし坂(熊本市西区松尾町平山)
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▼檜垣水汲をどり
第67回全日本吹奏楽コンクールの高校の部が20日、名古屋市の名古屋国際会議場で開かれ、九州支部代表の玉名女子高校吹奏楽部は今年も見事金賞に輝いた。なお、演奏曲は課題曲が「マーチ「エイプリル・リーフ」、自由曲が「GR」よりシンフォニック・セレクション(天野正道)。
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今年5月の熊本県高校総文祭パレードでマーチングを披露する玉名女子高吹奏楽部
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今年5月の熊本県高校総文祭パレードでマーチングを披露する玉名女子高吹奏楽部
花園町の図書室から本妙寺へまわったついでに、松尾町平山の岩戸の里まで足を伸ばしてみた。峠の茶屋から漱石の「草枕の道」に入り、路傍の石仏を拝んだ後、河内へ向かう県道へ戻った。いつものように鼓ヶ滝をのぞいてから一気に黒岩展望所へ登る。ここから有明海の向こうに望む雲仙はいつ見ても絶景だ。いつものように世阿弥の謡曲「桧垣」の一節を思い出す。
南西は海雲漫漫として萬古心のうちなり
みかん畑は収穫の時季で運搬の軽トラがさかんに行き交うなか、「桧垣のこぼし坂」を通って山を下る。秋色が濃くなるまでもうちょっとかかりそうだ。
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岩戸の里・黒岩展望所からはるか雲仙を望む
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草枕の道沿いのお地蔵さんに手を合わせる
南西は海雲漫漫として萬古心のうちなり
みかん畑は収穫の時季で運搬の軽トラがさかんに行き交うなか、「桧垣のこぼし坂」を通って山を下る。秋色が濃くなるまでもうちょっとかかりそうだ。
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岩戸の里・黒岩展望所からはるか雲仙を望む
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草枕の道沿いのお地蔵さんに手を合わせる
昨夜は玄宅寺舞踊会を見に行く。ちょうど一昨日、「かっぽれ」の音源を提供した静岡県掛川市のKさんから、本番の祭りが無事終わったことと、その時の映像をアップしたことの連絡があったので、音源制作者である舞踊団花童の中村花誠先生に報告すると、先生は既に小堀さんの手回しでその映像をご覧になっており、とても喜んでおられた。
家を出る頃から降り始めた雨は、玄宅寺に着く頃には激しい雨に変わり、雷鳴も鳴り響き始めた。そんな天候にもかかわらずいつものように多くの花童ファンが集まった。しかも、大分、宗像、北九州など遠方からおこしいただいたファンもおられた。ありがたいことだ。舞踊の最中、雷鳴は益々激しくなる。
舞踊会が終わり帰路に着く頃、雷鳴はおさまったが雨は依然強く降り続いた。帰宅後、11時からは楽しみにしていた「にっぽんの芸能」を見る。本條秀五郎さんの「綱は上意」を見るのは6月の熊本でのコンクール以来二度目。見事な演奏とともに、師匠である本條秀太郎さんの教え「行儀のよい芸」という言葉が強く印象に残った。
家を出る頃から降り始めた雨は、玄宅寺に着く頃には激しい雨に変わり、雷鳴も鳴り響き始めた。そんな天候にもかかわらずいつものように多くの花童ファンが集まった。しかも、大分、宗像、北九州など遠方からおこしいただいたファンもおられた。ありがたいことだ。舞踊の最中、雷鳴は益々激しくなる。
舞踊会が終わり帰路に着く頃、雷鳴はおさまったが雨は依然強く降り続いた。帰宅後、11時からは楽しみにしていた「にっぽんの芸能」を見る。本條秀五郎さんの「綱は上意」を見るのは6月の熊本でのコンクール以来二度目。見事な演奏とともに、師匠である本條秀太郎さんの教え「行儀のよい芸」という言葉が強く印象に残った。
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今夜、Eテレで放送される「にっぽんの芸能」(午後11:00~)は「令和にかがやく若手たち」と題して、古典芸能の3つの大会で最高位を得た若手4人が登場し、その卓越した演奏や舞踊を披露する。
なかでも僕のお薦めは、今年6月2日に熊本市で行われた「第25回くまもと全国邦楽コンクール」において最優秀賞を受賞、審査員に「音楽の理解と表現力の次元が違う」とまで言わしめた三味線の本條秀五郎さんだ。「くまもと全国邦楽コンクール」は平成23年の大会から毎回見ているが、邦楽のコンクールで端唄が上位を占めるのは難しいと思われていた常識を覆した。その圧倒的な演奏はこのコンクール史に残る名演奏だったと思う。今夜の演目もその時の「綱は上意」。じっくりと再演奏を楽しみたい。
なお、本條秀五郎さんは11月24日(日)に熊本県立劇場で行われる「邦楽新鋭展Vol.5」にも出演が決まっている。
▼2019年6月3日の熊日新聞朝刊より
なかでも僕のお薦めは、今年6月2日に熊本市で行われた「第25回くまもと全国邦楽コンクール」において最優秀賞を受賞、審査員に「音楽の理解と表現力の次元が違う」とまで言わしめた三味線の本條秀五郎さんだ。「くまもと全国邦楽コンクール」は平成23年の大会から毎回見ているが、邦楽のコンクールで端唄が上位を占めるのは難しいと思われていた常識を覆した。その圧倒的な演奏はこのコンクール史に残る名演奏だったと思う。今夜の演目もその時の「綱は上意」。じっくりと再演奏を楽しみたい。
なお、本條秀五郎さんは11月24日(日)に熊本県立劇場で行われる「邦楽新鋭展Vol.5」にも出演が決まっている。
▼2019年6月3日の熊日新聞朝刊より
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▼Kさんからのお便り
台風19号も通りすぎ、東日本では大きな被害がでていますが静岡県は他県に比べると被害も少なく、11日・12日・13日の三日間のお祭りのうち最終日の13日の踊りを披露するお祭り広場を開催する事ができました。8月から練習を始めて10月までの3ヶ月間本格的な踊りに戸惑い、はじめは皆この踊りの振付を覚えるのに精一杯で曲のスピードに全くついていけませんでした。しかし練習を重ねると少しずつスピードにもついていけるようになり、何とか踊りを踊れるようになりました。今回台風で祭典自体開催が危ぶまれた中、何とか自地区には災害がなっかったので無事に祭典が開催できました。花童さんには及びませんが地区民で精精一杯踊りましたYouTubeに動画をアップロードしたので見てください。今回は本当にありがとうございました。
▼縁を結んだ映像
2015年10月、細工町の西光寺で行われたはつ喜月若さんの名取披露における「かっぽれ」
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篠島は加藤清正公ゆかりの島。愛知県知多半島の先端沖3㌔に浮かぶ周囲8㌔ほどの小さな離島である。この島は名古屋城築城の際、天守石垣の普請を担当した清正公が、この島特産の花崗岩を切り出した。ここから石を船に乗せ、伊勢湾を北上、当時は海岸線にあった熱田神宮の南側、七里の渡し辺りで陸揚げし、あとは名古屋城まで伝説の「清正公石曳き」となるわけである。篠島には今でも、あまりの大きさにどうしても切り出せなかった「清正の枕石」が残っているという。そういえば、熊本の花岡山にも清正公が切り出そうとして山上の狐から止められたという「八枚石」の伝説があり、石の切り出しには大変な苦労が伴ったのだろう。
篠島の「清正の枕石」伝説は、この「篠島さのさ」にも唄い込まれている。「さのさ」の歴史については本條秀五郎さんがビデオの中で説明されているが、幕末から明治にかけて長崎に中国から伝わった明清楽の「九連環」という音楽が日本人によって「法界節」となり、さらにお座敷音楽としてアレンジされて「さのさ」となった。「さのさ」は明治30年代に流行し、日本各地でそれぞれのバージョンが作られた。 そんな歴史に思いを馳せながら「篠島さのさ」を聴いていると趣深いものがある。
昨夜の熊本城薪能は3年ぶりの開催なので大いに期待したのだが、まぁヒドかった。メイン演目の金春流「半蔀」がブチ壊してしまった。どうヒドかったかはあえて言わないが、金春流の皆さんには厳しく反省してもらわなければならない。おそらくシテだけの責任ではないと思う。不満足な思いで帰路についたが、ふと19号台風のことを思い出し、被災者の皆さんのご苦労を思えば、こんなことなど屁でもないなと思い直した。
ただ、今回の救いは観世流の女性能楽師・菊本澄代さんの舞囃子「経正」を観ることができたことだ。12分40秒におよぶ舞は、一瞬たりとも目が離せない気迫の舞だった。これが観れただけで今回行った価値があった。
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観世流 舞囃子「経正」(菊本澄代)
ただ、今回の救いは観世流の女性能楽師・菊本澄代さんの舞囃子「経正」を観ることができたことだ。12分40秒におよぶ舞は、一瞬たりとも目が離せない気迫の舞だった。これが観れただけで今回行った価値があった。
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観世流 舞囃子「経正」(菊本澄代)
今日は東海や関東地方が台風で酷い目にあっているというのに、秋のイベントを楽しんでいいんだろうかと、少々うしろめたい気持を抱きつつ熊本城へ出かけた。会場でも同じような会話が聞こえてくる。最小限の被害で収まってくれればいいが。
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第18回熊本城島唄コンサート
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坪井川園遊会・くまもと花魁道中秋明
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第18回熊本城島唄コンサート
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坪井川園遊会・くまもと花魁道中秋明