こんな夢を見た。これは漱石の「夢十夜」の書き出しだが、そんな不思議な夢を見た。
シチュエーションがよくわからないのだが、どうやら僕が防府に勤務していた45、6年前のようだ。当時所属していた課の慰安旅行で木造の洋風建築に宿泊している。まるで学校の一室のようだ。もちろん実際にはそんなところに泊ったことはない。そして気が付くと僕のそばに一人の女性が寄り添っている。彼女は会社で僕と机を並べていたOさんだ。当時、高校卒業したばかりの18歳だった。
実は彼女は15年前に48歳で他界している。だが夢の中の彼女は初々しい18歳のままだ。そのうち同僚たちは町へ繰り出していった。そして部屋に残されたのは僕と彼女の二人だけ。この状況はマズいぞ、と思っているうちに目が覚めた。
2009年の正月、防府時代の同僚からの年賀状によって彼女の死を知った。まだ48歳、あまりにも早過ぎる旅立ちだった。
1976年の5月、僕は熊本から防府へ転勤し、そこで机を並べたのが新入社員のOさんだった。まだ女子高生そのままの雰囲気だった。明るくて笑顔がチャーミングな娘だった。転勤したばかりで様子がわからない僕に、自分も入社したばかりなのに一生懸命サポートしようとする姿がいじらしかった。その2年後、僕が東京へ転勤した後、しばらくして寿退社をしたという知らせを聞いた。ご主人も僕が知っている人で、子どももでき幸せな家庭を築いていると思っていた。
訃報を聞いてから数ヶ月後、僕は防府へ墓参りに行った。周防灘へつながる中浦湾を見下ろす小高い丘の上に彼女は眠っていた。28年ぶりの悲しい再会だった。五十路にもまだ届かぬ歳で愛する家族と別れなければならなかった胸中を察するにあまりあるものがあった。真新しいお墓に香華を手向け手を合わせると、机を並べていた頃の、愛らしい顔が微笑んだように思えた。
今まで彼女が夢に出てきたことは一度もない。なぜ今?あれこれ思いめぐらすうちに夜が明けた。
彼女が眠る丘から中浦湾を望む。遠くに浮かぶ佐波島が寂しげに見えた。