好き嫌いとはちがって、ややどこかひっかかる話。
ひっかかりかたも人によっていろいろあるようです。
”殺す、殺される”話をしないというのは、その人のポリシーで納得できるもの。
・エパミナンダス
ストーリーテリングのなかでは欠かせない話のようですが・・・・。
まぬけな子が失敗を繰り返し、笑いをさそいます。しかし、最後まで救いがなく好きになれない一つ。
まぬけ、ばかといったキャラクターの人物がでてきても、最後の部分で何かしらの救いがあると納得できますが、エパミナンダスには、こうしたものがなく、なにか好きになれない思いが残ります。
創作にかぎらず、物語の中にはなんらかのメッセージが感じられるはずですが・・・・。
この子の立場からすると、とてもみじめなものを感じます。そして、こどもに「あたまがないね」という母親。こどもことを何一つわかっていないのも困りものです。
この話は多くの方が話されていて、子どもたちの反応がいいのでよしとされているようですが、子どもの笑いだけで選んでいいものでしょうか。
話される方は、障がい者やそうした子をもつ親から受け入れられる自信があるでしょうか・・?。
・ジャックと豆のつる
ジャックが3度も人食い鬼のところに”盗み”にはいるところに抵抗があると言った人がいました。そういわれれば、二度目に金の卵をうむめんどりを手に入れていますので、3度目は”盗み”の必要がないところ。
しかし、二度目が物質的欲求を、三度目はハープで文化的欲求を満たすと考えれば、話の完成度の点ではやはりほしい場面でしょうか。
・部屋の起こり
大変な屁こきよめが、あまりにひどい屁をしたので、里にかえることになりますが、途中、ナシの実を落とせるかかけをし、屁のいきおいでナシの実をおとし、一財産手に入れると再びもとにもどる。
話を聞いて個人的には単純に面白いと大笑いしましたが、藤田浩子さんのコメントでは、よめの人権が無視されているようで、後半部は、語る気にならないといいます。
こういうこだわりもあるのかと考えさせられました。
また”嫁”という漢字は、女と家がついていて、使う気になれないという指摘も考えさせられるところです。自分でも知らずに使っているかもしれません。気がついたものは直していきます。
ひっかかりかたも人によっていろいろあるようです。
”殺す、殺される”話をしないというのは、その人のポリシーで納得できるもの。
・エパミナンダス
ストーリーテリングのなかでは欠かせない話のようですが・・・・。
まぬけな子が失敗を繰り返し、笑いをさそいます。しかし、最後まで救いがなく好きになれない一つ。
まぬけ、ばかといったキャラクターの人物がでてきても、最後の部分で何かしらの救いがあると納得できますが、エパミナンダスには、こうしたものがなく、なにか好きになれない思いが残ります。
創作にかぎらず、物語の中にはなんらかのメッセージが感じられるはずですが・・・・。
この子の立場からすると、とてもみじめなものを感じます。そして、こどもに「あたまがないね」という母親。こどもことを何一つわかっていないのも困りものです。
この話は多くの方が話されていて、子どもたちの反応がいいのでよしとされているようですが、子どもの笑いだけで選んでいいものでしょうか。
話される方は、障がい者やそうした子をもつ親から受け入れられる自信があるでしょうか・・?。
・ジャックと豆のつる
ジャックが3度も人食い鬼のところに”盗み”にはいるところに抵抗があると言った人がいました。そういわれれば、二度目に金の卵をうむめんどりを手に入れていますので、3度目は”盗み”の必要がないところ。
しかし、二度目が物質的欲求を、三度目はハープで文化的欲求を満たすと考えれば、話の完成度の点ではやはりほしい場面でしょうか。
・部屋の起こり
大変な屁こきよめが、あまりにひどい屁をしたので、里にかえることになりますが、途中、ナシの実を落とせるかかけをし、屁のいきおいでナシの実をおとし、一財産手に入れると再びもとにもどる。
話を聞いて個人的には単純に面白いと大笑いしましたが、藤田浩子さんのコメントでは、よめの人権が無視されているようで、後半部は、語る気にならないといいます。
こういうこだわりもあるのかと考えさせられました。
また”嫁”という漢字は、女と家がついていて、使う気になれないという指摘も考えさせられるところです。自分でも知らずに使っているかもしれません。気がついたものは直していきます。