三日月村の黒猫/安房直子コレクション4 まよいこんだ異界の話/安房 直子/偕成社/2004年 1986年初出
同じコレクション4の「丘の上の小さな家」とは対照的な物語。
丘の家では、母親と少女ですが、「三日月村の黒猫」では、父親とうまれてまもなく母親をなくした少年です。
父親が借金のため朝逃げ?し、少年は一人残されるが、少年を助けてくれたのは、ネクタイをした片目の黒猫でした。三日月村には、黒猫の帰りをまつ、エプロンをかけた奥さんがいます。
丘の家でも主人公の話し相手になるのは猫です。
丘の家では、主人公がレース編みを習ったレース学院からかえってくると、40年がたっていましたが、三日月村では、ダムの湖底に沈んだまぼろしの村で、ボタンづくりを覚えますが、もとにもどっても歳を重ねることはありません。
二つの作品には、未来と過去が交錯して、同時に読むと一層の魅力があります。
たくさんの借金をかかえて、三代続いた老舗の山本洋服店をつぶしてしまったお父さんが、おまえのことは三日月村のおばあさんに頼んでおいたと言い残して、どこかへ行ってしまいました。残されたのは12歳のさちお。
借金取りにおわれ、途方にくれるさちおのもとへ、おばあさんの使いでやってきたという黒猫があらわれます。
黒猫は、たったひとつ残された古い手まわしミシンを使って、洋服の寸法直し、縫い直し、ボタンのつけかえなど、修繕をはじめるよういいます。
なんとか洋服店が軌道に乗り、どうやらこうやら暮らしていくことができるようになったある日、十五年前にこの店で作った洋服のボタンかけをたのまれ、家じゅうのなかを探しますが同じボタンはみつかりません。そこで、ボタンを作った、おばあさんのいる三日月村にいくことに・・。
ボタンをさがしているとき、みつかった四角いかん。そこには森の夜の林の絵があって<三日月村のボタン>と書かれてありました。この絵をずっとみつめていると、林の奥にあかりがともり、いつのまにかさちおは夜の林のなかに立っていました。
ここでさちおは、ボタンづくりをはじめます。
首都圏のみずがめになっているダムですが、ダムをつくるなかで、どのくらいの村が湖底に沈んでいったのでしょうか。豊かさのなかで、何かを失ってきてはいないのでしょうか。
生まれ育った村をおわれた人々にはどんな未来があったのでしょう。
湖底に沈んだ村への鎮魂歌のようです。
さちをのおばあさんは村での暮らしを望んで、猫の夫婦とボタンづくりを再開します。
けっして入ってはいけなといわれた二階の部屋。しかしさちおはどうしてもきになって、のぞくだけならいいだろうとかぎ穴に目をやります。そこには<外>がひろがって山の谷間にある草原。鳥たちがさえずり、たくさんの花。じつは工房でつくられたボタンが、みんな本物にかわっていました。十何年も前の三日月村の景色でした。(昔話「みるなの座敷」では、タンスをあけると春夏秋冬の景色がうかびあがってきます。)
黒猫は「わたしたちは、むかしの明るかった三日月村をなつかしく思っています。だから二階のへやに、ほんのひとかけら、むかしの三日月村をこしらえて、だいじにだいじにしているんですよ」といいます。
ぼくもはいってみたいというさちおに、へやに入ったらへやのとりこになってこの家から動けなくなると黒猫は忠告しますが・・・・。
さちおが三日月村にいくとき、ふくろう、シラカバの木の歌
朝つゆのボタンをつくるときのさちおの歌、ふくろうの歌
朗読のときは、どんな風にうたうのでしょうか。
ー三日月村のぼたんづくりー
三日月村のボタンの着いた服を着たひとは、なんともいえず、いい気分になれます。春の山の緑を歩いているみたいな、秋の林の中で落ち葉の風にふかれているみたいな、ときには耳に鳥の声が聞こえてきたり、谷川のせせらぎの音が聞こえてきます。
花、木の葉、虫、鳥のボタンなどがありますが、花のボタンはどうでしょう。リスたちがつくるのは、きすげ、すみれ、ふでりんどう、野ばら、山ゆり、まつむし草など。
木の葉のボタンは、葉脈のひとつひとつまで彫られています。
ーおばあさんの家ー
<三日月村ボタン工房>の木の看板がかかって、昔 大家族で暮らしたことを思い出させるどっしりした古い大きな家。しかし、今はおばあさんと猫の二人暮らしです。
大きなストーブにはおおきな鍋がのせてあります。カーテンは緑色、壁には木でできた壁掛け、二階に上がる階段の下には古いオルガンがひっそりおかれています。いまこのオルガンをひいているのは黒猫でした。