音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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「ドビュッシーと文学=日本人がドビュッシーを好む理由!?」 ~ 2月18日(土)のつぶやき

2012年02月19日 | ◆一言◆
23:51 from Keitai Web  [ 1 RT ]日本人がドビュッシーの音楽を好む「理由」が、戦慄が走るように閃いた気がしました。それは明治以降、日本が欧米から受けた「文学」の流れ、そのひとつである仏文学の流れ(多少な頽廃的・デカダンス!?明治の文豪たちを思い描いてみると何がしか思い当たりましょうか)に、ドビュッシー自身の文学的背景とが重なりあって、日本人が好むにいたる・・・と!?23:56 from Keitai Web ドビュッシーが印象派ではなく、象徴主義の芸術の影響を受けていたことは、まぎれもない事実。象徴派の権化!?詩人ヴェルレーヌの義母が、ドビュッシーの子供時代のピアノの先生であったという不思議な縁が、この人間の、文学との切り離せない縁がある強い証拠となりましょうか。23:59 from Keitai Web 「印象派ドビュッシー」という大誤解を抱えながらも、我々は、ドビュッシーの音楽の背後にひそむ「文学性」に共鳴している・・・なんていうことは、ないでしょうか?00:00 from Keitai Web う~ん・・・しかし、もちろん、音楽で自然を代弁する新たな技法をドビュッシーが開拓した功績もあります。一概には、言えないところが少なからず・・・00:06 from Keitai Web ドビュッシー生誕150年の今年が始まってまだ1カ月ちょっと。時系列にピアノ作品を勉強している最中の今まだ初期の段階では、ドビュッシーと自然とのつながりは、あまり感じられないのです・・・。それよりも初期ドビュッシーには文学・絵画の影響の方が色濃いようです。00:09 from Keitai Web 象徴主義の芸術の影響を若い内から受けていたドビュッシーが、どのようにして世間一般に言われる「印象派ドビュッシー」と誤解されるに至るか・・・これはドビュッシー研究の大事なテーマのようです。by pianistGS on Twitter
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