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沈黙の春, レイチェル・カーソン (訳)青木簗一, 新潮文庫 カ-4-1(2121), 1974年
(SILENT SPRING, Rachel Carson, 1962)
・近年盛んに論じられている『環境問題』を指摘する先駆けとなった古典的名著。主に農薬の害についてのレポート。この本をきっかけに環境問題に興味を持ち、その道へ進んだ人も多いのではないでしょうか。
・著者は、わりと近い将来に科学の発展によって解決の方向に向かうのではないかと楽観していた様子ですが、それから40年以上たった現代でもほとんどその状況は変わっていないところが、問題の根の深さをうかがわせます。自然を破壊せずには生きていけない人間。果たして自然との共存共栄は可能なのか。
・私自身、食物に含まれる薬品の害については無頓着です。せいぜいコンビニ弁当はなるべく口にしない、という程度。本書でも指摘されている事ですが、その害が目に見える形になって現れるまでは、なかなか意識しにくいものです。
・「シュヴァイツァーの言葉―― 未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。そのゆきつく先は、自然の破壊だ。」p.6
・「アメリカでは、春がきても自然は黙りこくっている。そんな町や村がいっぱいある。いったいなぜなのか。そのわけを知りたいと思うものは、先を読まれよ。」p.13
・「合衆国だけでも、毎年五百もの新薬が巷に溢れ出る。実にたいへんな数であって、その組合せの結果がどうなるか、何とも予測しがたい。人間や動物のからだは、毎年五百もの新しい化学薬品に何とか適合してゆかなければならない! そして、私たちのからだに、動物たちのからだにどういう作用を及ばすのか、少しもわからない化学物質ばかり……。」p.16
・「《殺虫剤》と人は言うが、《殺生剤》と言ったほうがふさわしい。」p.17
・「農作物の生産高を維持するためには、大量の殺虫剤をひろく使用しなければならない、と言われている。だが、本当は、農作物の生産過剰に困っている。」p.18
・「殺虫剤の使用は厳禁だ、などと言うつもりはない。毒のある、生物学的に悪影響を及ぼす化学薬品を、だれそれかまわずやたらと使わせているのはよくない、と言いたいのだ。」p.23
・「DDTや、それに近い化学物質のおそろしさは、食物や餌の連鎖によって、有機体から有機体へと移動してゆく事実にうかがわれる。」p.33
・「触媒する空気と日光がありさえすれば、《無害》と銘うたれている化学薬品から、どんなにおそろしい物質が出てくるものやら、だれにもわからない。」p.59
・「《瀬戸物屋に闖入した象のようにまたも自然をふみにじる私たち人間》――聡明なオランダの科学者C.J.ブリーイエによれば、除草剤をふりまく私たちの姿はこんなところだという。《私の考えによれば、当然のことと考えてあやしまないことが多すぎる。畑の雑草すべてが有害なのか、そのうち有用な草もいくらかあるのか、少しもわかっていない》。」p.97
・「健全な植物、動物社会が成立つ鍵は、《多様性の維持》ということなのだ(イギリスの生態学者チャールズ・エルトンが言いだした概念)。」p.143
・「殺虫剤の害は、それにふれた世代のつぎの世代になってあらわれる――こうした事実が、この貴重な研究で明らかになった。」p.148
・「化学薬品スプレーが森林害虫防除の唯一の方法でもなければ、また最上の方法でもないことを、はっきり認識しなければならない。」p.167
・「私たちの世界が汚染してゆくのは、殺虫剤の大量スプレーのためだけではない。私たち自身のからだが、明けても暮れても数かぎりない化学薬品にさらされていることを思えば、殺虫剤による汚染など色あせて感じられる。」p.207
・「いまや、毒薬の時代。人を殺せる薬品を店で買っても、だれひとりあやしむ者はいない。」p.207
・「残留物などたいしたことはない、と見くびったり、また頭から否定するのは工業会社関係の人たちだ。また、殺虫剤がついた食物はいっさいいけないなどというのは、ゆきすぎの狂信家だ、とみなす傾向がある。」p.212
・「この仮定をたしかめるために、合衆国公衆衛生局の調査班がレストランや会社、官庁などの食堂の食品検査をした。そのとき、どの食物からもDDTが検出された。調査団は結論として言う――《DDTが全然ついていないと称する食物がたとえあったにしても、ごくまれだ》と。」p.213
・「はじめは無害と思われていた化学薬品でも、ほかとの組合せしだいで、急におそろしい毒をもつようになる。」p.230
・「生物学者ジョージ・ウォールドは、目の視覚色素というきわめて特殊な研究をしたが、自分のやっていることは、「狭い窓」のようなものだと言っている――窓といっても《ちょっと離れると、ただ光のもれる裂け目にすぎない。だが、近くへ寄れば寄るほど視野がひらけ、ぴたりと目をつければ、ほかならぬこの狭い窓から全世界が看取できる》。」p.235
・「遊離状態にある燐酸基とADPが結合してATPに可逆的に変化する反応(バッテリーの充電)は、酸化プロセスと結びついている。酸化プロセスとの関連が強い場合は、共軛燐酸化と呼ばれる。この連合反応がなければ、必要なエネルギーを供給できなくなってしまう。」p.239
・「いまや、私たちの世界は、発癌因子でいっぱいだ。(癌を押える《奇跡の治療法》がそのうち見つかると思って)治療の面ばかりに力を入れ、発癌物質の海がひろがるのにまかせておけば、癌征服も夢に終わるだろう、とヒューパー博士は言う。たとえ、《夢の治療法》が見つかって癌を押えられたにしても、それをうわまわる速さで、発癌物質の波は、つぎからつぎへと犠牲者をのみこんでゆくだろう。」p.279
・「四人にひとりがいずれ癌になるという脅威も、少なくとも大幅に弱まるだろう。不退転の決意をもってなすべきことは、何よりも、発癌物質をとりのぞくことだ。私たちの食物、私たちの水道、私たちのまわりの空気――すべてが発癌物質で汚染している。」p.281
・「種類の数のうえから見れば、地球上の被造物のうち、70パーセントから80パーセントが昆虫なのだ。人間が何一つ手を下さなくても、このたくさんの昆虫たちは、自然のコントロールをうけている。」p.287
・「またどうして著名な昆虫学者が化学薬品を熱心に擁護するのだろう――この不思議な事実も、こうしたことを考えてみれば、むしろあたりまえなのだ。みんな化学工業関係の会社から援助をうけている。」p.300
・「《昆虫が化学薬品に抵抗力をもつようになれるなら、人間だって、それと同じにはならないのか?》――と尋ねる人がときどきいる。理屈の上では、たしかにそのとおりだ。だが、人間の場合には、何百年、何千年とかかるから、いまの人間にはほとんどなんのなぐさめにもならない。」p.319
・「不妊化した人工飼育のアブが35億匹、フロリダ州とジョージア州さらにアラバマ州の一部に放たれた。」p.327
・「驚異の電子工学の力をかりて、いままで考えもつかなかった新しい防除学がそのうちうちたてられるだろう。」p.335
・「クモの寿命はふつう18ヶ月だが、そのあいだに一匹のクモが殺す虫の数は平均二千匹と考えられている。」p.343
・「《自然の征服》――これは、人間が得意になって考え出した勝手な文句にすぎない。生物学、哲学のいわゆるネアンデルタール時代にできた言葉だ。自然は、人間の生活に役立つために存在する、などと思いあがっていたのだ。」p.346
・以下、解説(筑波常治)より「初版(単行本)の題名は『生と死の妙薬』となっていた、化学薬品は一面で人間の生活にはかりしれぬ便宜をもたらしたが、一面では自然均衡のおそるべき破壊因子として作用する。初版の題名はその意味でなかなか含蓄にとんでいたのだが、一般読者には科学書でなくてミステリー物のような印象をあたえてしまい、不評であった。そこでこんどの文庫版では、原題をそのまま日本語になおして、『沈黙の春』と題された。」p.348
・「最近のいわゆる公害問題を、もっとも早い時期に先取りして論じたものであり、極言すると二十世紀後半の科学技術史上、とくに注目されてしかるべき業績のひとつであろう。」p.349
・「日本の米作りは、世界のあらゆる農業のうちで、もっとも多くの人手間を要し、もっとも多く土地あたりの生産高をあげてきた。つまりほんらいの自然からいえば、もっともはなはだしいバランスの破壊を前提にしている。それゆえ右のような問題が、もっとも早い時期に露呈する危険も大きい。」p.357
(SILENT SPRING, Rachel Carson, 1962)
・近年盛んに論じられている『環境問題』を指摘する先駆けとなった古典的名著。主に農薬の害についてのレポート。この本をきっかけに環境問題に興味を持ち、その道へ進んだ人も多いのではないでしょうか。
・著者は、わりと近い将来に科学の発展によって解決の方向に向かうのではないかと楽観していた様子ですが、それから40年以上たった現代でもほとんどその状況は変わっていないところが、問題の根の深さをうかがわせます。自然を破壊せずには生きていけない人間。果たして自然との共存共栄は可能なのか。
・私自身、食物に含まれる薬品の害については無頓着です。せいぜいコンビニ弁当はなるべく口にしない、という程度。本書でも指摘されている事ですが、その害が目に見える形になって現れるまでは、なかなか意識しにくいものです。
・「シュヴァイツァーの言葉―― 未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。そのゆきつく先は、自然の破壊だ。」p.6
・「アメリカでは、春がきても自然は黙りこくっている。そんな町や村がいっぱいある。いったいなぜなのか。そのわけを知りたいと思うものは、先を読まれよ。」p.13
・「合衆国だけでも、毎年五百もの新薬が巷に溢れ出る。実にたいへんな数であって、その組合せの結果がどうなるか、何とも予測しがたい。人間や動物のからだは、毎年五百もの新しい化学薬品に何とか適合してゆかなければならない! そして、私たちのからだに、動物たちのからだにどういう作用を及ばすのか、少しもわからない化学物質ばかり……。」p.16
・「《殺虫剤》と人は言うが、《殺生剤》と言ったほうがふさわしい。」p.17
・「農作物の生産高を維持するためには、大量の殺虫剤をひろく使用しなければならない、と言われている。だが、本当は、農作物の生産過剰に困っている。」p.18
・「殺虫剤の使用は厳禁だ、などと言うつもりはない。毒のある、生物学的に悪影響を及ぼす化学薬品を、だれそれかまわずやたらと使わせているのはよくない、と言いたいのだ。」p.23
・「DDTや、それに近い化学物質のおそろしさは、食物や餌の連鎖によって、有機体から有機体へと移動してゆく事実にうかがわれる。」p.33
・「触媒する空気と日光がありさえすれば、《無害》と銘うたれている化学薬品から、どんなにおそろしい物質が出てくるものやら、だれにもわからない。」p.59
・「《瀬戸物屋に闖入した象のようにまたも自然をふみにじる私たち人間》――聡明なオランダの科学者C.J.ブリーイエによれば、除草剤をふりまく私たちの姿はこんなところだという。《私の考えによれば、当然のことと考えてあやしまないことが多すぎる。畑の雑草すべてが有害なのか、そのうち有用な草もいくらかあるのか、少しもわかっていない》。」p.97
・「健全な植物、動物社会が成立つ鍵は、《多様性の維持》ということなのだ(イギリスの生態学者チャールズ・エルトンが言いだした概念)。」p.143
・「殺虫剤の害は、それにふれた世代のつぎの世代になってあらわれる――こうした事実が、この貴重な研究で明らかになった。」p.148
・「化学薬品スプレーが森林害虫防除の唯一の方法でもなければ、また最上の方法でもないことを、はっきり認識しなければならない。」p.167
・「私たちの世界が汚染してゆくのは、殺虫剤の大量スプレーのためだけではない。私たち自身のからだが、明けても暮れても数かぎりない化学薬品にさらされていることを思えば、殺虫剤による汚染など色あせて感じられる。」p.207
・「いまや、毒薬の時代。人を殺せる薬品を店で買っても、だれひとりあやしむ者はいない。」p.207
・「残留物などたいしたことはない、と見くびったり、また頭から否定するのは工業会社関係の人たちだ。また、殺虫剤がついた食物はいっさいいけないなどというのは、ゆきすぎの狂信家だ、とみなす傾向がある。」p.212
・「この仮定をたしかめるために、合衆国公衆衛生局の調査班がレストランや会社、官庁などの食堂の食品検査をした。そのとき、どの食物からもDDTが検出された。調査団は結論として言う――《DDTが全然ついていないと称する食物がたとえあったにしても、ごくまれだ》と。」p.213
・「はじめは無害と思われていた化学薬品でも、ほかとの組合せしだいで、急におそろしい毒をもつようになる。」p.230
・「生物学者ジョージ・ウォールドは、目の視覚色素というきわめて特殊な研究をしたが、自分のやっていることは、「狭い窓」のようなものだと言っている――窓といっても《ちょっと離れると、ただ光のもれる裂け目にすぎない。だが、近くへ寄れば寄るほど視野がひらけ、ぴたりと目をつければ、ほかならぬこの狭い窓から全世界が看取できる》。」p.235
・「遊離状態にある燐酸基とADPが結合してATPに可逆的に変化する反応(バッテリーの充電)は、酸化プロセスと結びついている。酸化プロセスとの関連が強い場合は、共軛燐酸化と呼ばれる。この連合反応がなければ、必要なエネルギーを供給できなくなってしまう。」p.239
・「いまや、私たちの世界は、発癌因子でいっぱいだ。(癌を押える《奇跡の治療法》がそのうち見つかると思って)治療の面ばかりに力を入れ、発癌物質の海がひろがるのにまかせておけば、癌征服も夢に終わるだろう、とヒューパー博士は言う。たとえ、《夢の治療法》が見つかって癌を押えられたにしても、それをうわまわる速さで、発癌物質の波は、つぎからつぎへと犠牲者をのみこんでゆくだろう。」p.279
・「四人にひとりがいずれ癌になるという脅威も、少なくとも大幅に弱まるだろう。不退転の決意をもってなすべきことは、何よりも、発癌物質をとりのぞくことだ。私たちの食物、私たちの水道、私たちのまわりの空気――すべてが発癌物質で汚染している。」p.281
・「種類の数のうえから見れば、地球上の被造物のうち、70パーセントから80パーセントが昆虫なのだ。人間が何一つ手を下さなくても、このたくさんの昆虫たちは、自然のコントロールをうけている。」p.287
・「またどうして著名な昆虫学者が化学薬品を熱心に擁護するのだろう――この不思議な事実も、こうしたことを考えてみれば、むしろあたりまえなのだ。みんな化学工業関係の会社から援助をうけている。」p.300
・「《昆虫が化学薬品に抵抗力をもつようになれるなら、人間だって、それと同じにはならないのか?》――と尋ねる人がときどきいる。理屈の上では、たしかにそのとおりだ。だが、人間の場合には、何百年、何千年とかかるから、いまの人間にはほとんどなんのなぐさめにもならない。」p.319
・「不妊化した人工飼育のアブが35億匹、フロリダ州とジョージア州さらにアラバマ州の一部に放たれた。」p.327
・「驚異の電子工学の力をかりて、いままで考えもつかなかった新しい防除学がそのうちうちたてられるだろう。」p.335
・「クモの寿命はふつう18ヶ月だが、そのあいだに一匹のクモが殺す虫の数は平均二千匹と考えられている。」p.343
・「《自然の征服》――これは、人間が得意になって考え出した勝手な文句にすぎない。生物学、哲学のいわゆるネアンデルタール時代にできた言葉だ。自然は、人間の生活に役立つために存在する、などと思いあがっていたのだ。」p.346
・以下、解説(筑波常治)より「初版(単行本)の題名は『生と死の妙薬』となっていた、化学薬品は一面で人間の生活にはかりしれぬ便宜をもたらしたが、一面では自然均衡のおそるべき破壊因子として作用する。初版の題名はその意味でなかなか含蓄にとんでいたのだが、一般読者には科学書でなくてミステリー物のような印象をあたえてしまい、不評であった。そこでこんどの文庫版では、原題をそのまま日本語になおして、『沈黙の春』と題された。」p.348
・「最近のいわゆる公害問題を、もっとも早い時期に先取りして論じたものであり、極言すると二十世紀後半の科学技術史上、とくに注目されてしかるべき業績のひとつであろう。」p.349
・「日本の米作りは、世界のあらゆる農業のうちで、もっとも多くの人手間を要し、もっとも多く土地あたりの生産高をあげてきた。つまりほんらいの自然からいえば、もっともはなはだしいバランスの破壊を前提にしている。それゆえ右のような問題が、もっとも早い時期に露呈する危険も大きい。」p.357
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