Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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近未来の脳神経内科 ―神経疾患を発症前から治療する―

2022年04月18日 | パーキンソン病
今朝のカンファレンスで「ニューロフィラメント軽鎖(Nf-L)は近い将来,血液検査の炎症の指標であるC反応性タンパク(CRP)のように使用されるだろう」という最新のNeurology誌に掲載されたコメントを紹介しました.ニューロフィラメントは神経細胞に特異的なタンパク質で,軸索や樹状突起の主要な細胞骨格成分として中枢神経系(脊髄を含む)の神経細胞,末梢神経系の神経節に広く分布しています.4種類のサブユニット,すなわちNf-H,Nf-M,Nf-L,α-interenexinから構成されています.神経細胞が軸索の変性や炎症により破壊されると,Nf-Lは軸索から放出され,血液中にも移行します.超高感度免疫測定法(従来のELISAの約1000倍の感度)を用いることでこれを測定できます.つまり神経変性や炎症,脱髄の程度を客観的に血液検査で評価できることになります(血液バイオマーカーと呼びます).神経変性疾患の発症前から検診などで測定していれば症状が出現する前に,予防療法を開始することができます.

論文を紹介します.米国シカゴから高齢者1254人を16年間追跡して,血清Nf-L濃度とパーキンソン病(PD)の発症の関連を検討した研究です.77人(6.1%)がPDを発症しました.血清Nf-L濃度が2倍高いと,PD発症のオッズ比は2.54倍となり,その相関は診断前の5年間において有意でした.また血清Nf-L濃度が高いほど,身体機能の低下速度が速いことが分かりました.つまり血清Nf-L値は,PDの発症および身体機能の低下と関連していました.

図はこのNf-Lが近未来の脳神経内科の臨床においてどのように使用されるか示したものです.健康診断などで発症前の段階から,血清Nf-L濃度を測定します.この結果,異常な濃度上昇を認めた場合,疾患ごとに特異的な脳脊髄液ないし血液バイオマーカーを用いて早期診断を行います.そして疾患のもっとも初期の段階で疾患修飾薬による治療を開始し,その発症や進行を遅らせます.治療効果の判定は血清Nf-L値を定期的に測定することでモニターできます.つまりNf-Lは神経疾患におけるCRPのような指標になるわけです.



これからの神経疾患はこのような治療が可能になるわけです.カンファレンスで指摘があったように解決すべき倫理的問題も生じはしますが,いずれにしても治療研究は加速し,ますます脳神経内科の領域はエキサイティングなものになると思います.ぜひ多くの若い人にこの領域に参入していただきたいと思います.
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200752)
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200338)

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パーキンソン病の病因タンパクαシヌクレインは炎症・免疫のメディエーターとして作用する

2022年01月17日 | パーキンソン病
αシヌクレイン(αS)は,パーキンソン病(PD)におけるレビー小体の構成タンパクであり,かつPDの発症に関与している.しかしその本来の生理機能は不明であった.これまでの研究で,αSは脳の細胞内に多く存在し,神経細胞間の情報伝達の場であるシナプスの機能に重要な役割を果たしていると考えられてきた.しかしシナプスにおける正確な役割は,ほとんど謎に包まれていた.一方,αSが小児の腸管神経系におけるノロウイルス感染によって神経終末より分泌されること(かつ炎症が強ければ強いほど,その分泌量は多かった),マウスの実験で致死的な神経向性ウイルス感染から保護することが報告されていた.さらに食細胞の強力な走化性活性化因子でもあると報告されていた.

今回,Cell Reports誌に米国からの報告で,αSが炎症反応や免疫反応の重要なメディエーターであることが示された.実験では野生型およびαSノックアウトマウスを用いている.まず腹腔内に注入した細菌由来のペプチドグリカンにより惹起した腹膜の炎症が,腹膜を支配する神経細胞からのαS産生を誘発することを確認した(図).具体的には,注入後わずか数時間で,大腸および横隔膜の神経終末がαSを分泌し始めた(その濃度は注射部位に近い横隔膜でより高かった).そしてαSは,Toll-like receptor 4(TLR4)をトリガーとして抗原提示細胞を活性化し,腹腔内免疫後の抗原特異的反応およびT細胞反応の発現を促進した(自然免疫および獲得免疫が活性化させる).つまり神経細胞が供給源となるαSは,腹膜炎の誘発と免疫応答に必要と言える.一方,αSノックアウトマウスでは,これらの反応が限定的で遅かった.さらに注目すべきは,白血球もαSを産生できるが,この系ではほとんど産生していなかったことである.つまり炎症反応を起こしているのは,腸における免疫細胞ではなく神経細胞であった!



今回の報告は,αSは腸における免疫や炎症反応に不可欠な役割を果たすというだけでなく,著者らはPD患者の神経系内にαSが蓄積するのは,炎症/免疫反応のためであるという仮説を支持するものと考えている(こうなると腹膜炎後の脳の変化が気になるが,本論文ではマウスの脳は検索していない).PDでは以前から感染症に伴い症状が悪化することが言われていたが,単に廃用ではなく,シヌクレイン病理が増悪するのかもしれない.しかしウェブ上の研究者の意見を読んでいると,αSの本来の役割は興味深いが,ミスフォールドしたαSが凝集して新たな毒性を獲得することが本態であるため,αSの生理機能は直接関係はなく,必要な治療法を追求するには無関係であるという意見も認める.確かに正常の機能を果たすαSが,PDを引き起こす病原性をもつαSに変化するメカニズムは最大の関心事である.そうなると,腸の炎症や環境が,αSのコンフォーメーションを変えうるのか今後,検討されるものと思われる.

最後にこの論文を読み,印象深く思った点を2つ示したい.①調べつくされたと思われるテーマでも,過去の研究を丹念に紡いでいけば新たなアイデアの糸口を見いだせること,②神経変性疾患の病態解明にはやはり神経免疫学的アプローチも必要であることである.

Alam MM, et al. Alpha synuclein, the culprit in Parkinson disease, is required for normal immune function. Cell Rep. 2022 Jan 11;38(2):110090.(doi.org/10.1016/j.celrep.2021.110090)

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神経変性疾患研究を変えるかもしれない1枚の写真  ―パーキンソン病に立ち向かうミクログリアたち―

2021年09月28日 | パーキンソン病
最新号のCell誌に驚くべき写真がありました.パーキンソン病はαシヌクレイン(αSyn)というタンパク質が凝集することで発症すると考えられています.脳内に常駐する免疫細胞ミクログリアは,このαSynを分解しようとしますが,今回,その仕組みが報告されました.まずミクログリアはαSynを迅速に取り込みます.しかし取り組むにつれ分解能力は低下するだけでなく,炎症性サイトカインや活性酸素種を放出し,自身の細胞死につながります.これを防ぐため,瀕死のミクログリアの周りに元気なミクログリアが集まり,トンネル状の連絡路(ナノチューブ)によって繋がります.図の緑がαSyn,青がミクログリアの核,赤がミクログリアの細胞骨格のFアクチンを示しますが,αSynを取り込んだ中央下のミクログリアの周囲に元気なミクログリアが複数集まって,連絡路でつながっています.



ミクログリアたちの協力など見るのは初めてですが,驚くのはその連絡路を使って,瀕死のミクログリアは元気なミクログリアにαSynを送り込み,分解の手助けをしてもらっているというのです.その結果,αSynが減少すると,瀕死のミクログリアの炎症性変化は軽減し,細胞死が起きにくくなります.さらに,元気なミクログリアは,その連絡路を使って,瀕死のミクログリアにミトコンドリアを送り込むのだそうです(ミトコンドリアは細胞にエネルギーを供給します).

一方,家族性パーキンソン病(PARK8)を引き起こす遺伝子変異LRRK2 G2019Sでは,αSynの分解能が低下していることが知られていましたが,この変異を持つミクログリアでは,上記の連絡路を介するαSynの分解が損なわれていることが示されました.孤発性パーキンソン病でもミクログリアの分解能の個人差が影響しているのかもしれません.本研究はパーキンソン病のみならず神経変性疾患全体にも影響を与える重大な発見です.今後,神経変性疾患研究はミクログリアを標的とした神経炎症の研究,つまり免疫学的アプローチによる病態・治療研究に移行していく可能性があります.



Microglia jointly degrade fibrillar alpha-synuclein cargo by distribution through tunneling nanotubes. Cell. 2021 Sep 21:S0092-8674(21)01054-0.(doi.org/10.1016/j.cell.2021.09.007)

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第15回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2021)ビデオセッション症例解説

2021年07月05日 | パーキンソン病
標題の学会(大会長.仙台西多賀病院 武田篤先生)が7月1日から3日にかけて行われました.WEBでの参加になりましたが,大変,勉強になった素晴らしい学術集会でした.私は「COVID-19と運動異常症update」という特別プログラムで講師を務めさせていただきました.私のMDSJの一番の楽しみは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するビデオセッションです.今年の12症例の一覧をご紹介します.議論の時間も限られており,少々残念でしたが,GNAO1異常症など勉強になりました.

▶EV-1:治療可能な病態と考えられた進行性歩行障害を呈した50歳男性例

尿閉,便秘,下肢痙性と四肢腱反射亢進,足クローヌスにアキレス腱肥厚を認めた.血清コレスタノール若干高値.脳腱黄色腫症(CTX)を疑うもCYP27A1遺伝子変異なし.しかしケノデオキシコール酸の補充療法後進行はなし.
(回答)診断? 議論ではNiemann-Pick disease type C(NPC)の可能性が議論された.
→ やはりコレスタノールが上昇し,ケノデオキシコール酸の補充療法が有効であることを考えると,アセチル Co-A からコレステロールを経て胆汁酸が合成される経路で唯一,27-hydroxylaseをコードする CYP27A1 遺伝子が原因になるはずではないか?文献検索でもCTX mimicsとなる遺伝子変異の報告はないが・・・

▶EV-2:左大腿の不随意運動を呈した49歳男性

4年前から左大腿の筋肉がもこもこと動く.睡眠時も持続する.ミオキミア?半年前から左下肢痙性,左のlimping gait.自律神経症状あり.筋電図的にもミオキミア.
(回答)脊柱管内に石灰化を伴うL2-4高位に一致する髄膜腫.術後に不随意運動は消失した.

▶EV-3:手が勝手に動くことを主訴に受診した83歳男性例

本年2月から起床時から左手指の異常な動き(おでこを触るとき握るような動き)が出現.ふらつきもあり.左同名半盲と左上肢温痛覚消失.左手のAlien hand?偽アテトーゼ?舞踏運動?
(回答)右頭頂葉(中心後回病変)の脳梗塞.

▶EV-4:頻回に体をビクッとさせ書痙を呈した16歳男性

書字の際に筋緊張にて手が止まる.実際に筋トーヌス↑.局所性ジストニアと考えられるが,体幹のミオクローヌス,下肢振動覚低下もあり.さらに腹直筋にもミオクローヌスあり.全身性のミオクローヌス・ジストニア症候群.ゾニサミドで顕著に改善した.
(回答)診断? ミオクローヌス・ジストニア症候群で頻度の高いDYT11;SGCE (Sarcoglycan Epsilon)遺伝子変異なし.下肢振動覚低下はミオクローヌス・ジストニア症候群ではまれ.ADCY5遺伝子変異,瀬川病?むしろ腹直筋ミオクローヌスを認めることから脊髄病変のチェック,また固有脊髄性ミオクローヌスの鑑別診断である機能性障害の除外が必要.

▶EV-5:左右差のある静止時振戦を呈した67歳男性例

30歳初発のてんかん発作の既往,以後,バルプロ酸で治療.3年前から右上肢の安静時振戦.姿勢時にもあり.しかし再現性振戦ではなく,本態性振戦的だが,両上肢筋強剛,運動緩慢あり.MRI正常,DAT正常.スルピリド内服中で薬剤性パーキンソニズムを疑い,スルピリド1週間中止したが不変(本人の希望ですぐに再開).
(回答)バルプロ酸による薬剤性パーキンソニズム.バルプロ酸中止3ヶ月後に急速に改善した.バルプロ酸による振戦は有名だが,極めて稀.上肢の姿勢時振戦が多い.パーキンソニズムも生じる.

▶EV-6:四肢の筋緊張が亢進し会話も困難となった47歳女性

3日前から話をしなくなった.唸り声のみ.開口障害,上肢反射亢進,フルニトラゼパムが有効.ステロイドパルス療法を行ったが精神症状持続.下肢にも痙性.progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM)?セロトニン症候群?
(診断)診断? 精神疾患を背景とした悪性カタトニア.機序不明.コメントとして,自己免疫疾患で,ある時点からステロイド精神病になった可能性が指摘された.

▶EV-7:振戦を主訴としてパーキンソン病が疑われていた60 歳代男性

右手の震えにて発症し,本態性振戦と言われた.しかし認知機能障害(HDS-R 13点)を合併していた.L-DOPAは効果が乏しかった.ある薬剤を追加したらある程度振戦は改善した.姿勢時に振戦が増強し, wing beating tremor様.hyperkinésie volitionnelle的で小脳性の要素もあるかもしれない.ミオクローヌスではないかという意見もあり.DAT左有意で低下
(回答)神経核内封入体病(NIID).皮膚生検で核内封入体.アマンタジンが有効であった.NIIDの振戦は歯状核の機能障害の可能性がある. 

▶EV-8:眼球運動障害,随意運動の持続性低下,失立失歩を呈し,Blink reflexで脳幹部機能障害を認めた一例

20歳代女性.左上下肢脱力により立てなくなった(失立失歩).失調,眼球運動障害,眼瞼下垂も認めた.免疫療法は有効だが繰り返す必要があった.運動は繰り返すと症状が目立つようになる.血漿交換を含む免疫療法前後で一過性に改善する.核酸テンソル画像でFA(fractional anisotropy)値に異常を認めたが,血漿交換を含む免疫療法前後で変化が生じる.
(回答)診断? 重症筋無力症では?という意見もあったが,自己抗体陰性,反復刺激陰性とのこと.診断不明.画像も重要だが,まずは症候学の議論が大切と考えさせられた症例.

▶EV-9:発作性ジストニア / ジストニア痛を呈する知的障害 45歳女性

小児期からの有痛性ジストニア.軽度の失調歩行を合併.ジストニアに対し,ガバペンチンが有効.てんかん発作合併なし.
(回答)ATP1A3遺伝子関連疾患.小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC)に近いとのこと.しかしてんかん発作がなく,軽度の小脳症状を認めた点が本例の特徴.

▶EV-10:喘鳴を伴う痙攣様吸気動作と呼気開始困難による呼吸苦を認めた 1例

73歳男性.主訴は呼吸がしにくい.浅い呼吸は困難で,喉頭内視鏡では声門の吸気時の狭窄を認めた.以前で言うspasmodic dysphonia(最近はlaryngeal dystoniaに統一された).頸部筋のジストニア?もみられる.画像や検査所見など明らかな異常はなし.アーテンとリボトリールでかなり改善,遺伝子診断未.
(回答)respiratory laryngeal dystonia(特発性).→ 遺伝子変異に加えて,再発性上気道感染症,胃食道逆流,頸部損傷なども誘因になるので気になるところ.

▶EV-11:Guitarist's crampで発症した局所性ジストニアの一例

回線不良となり病歴聴取できず.
(回答)職業性ジストニアで発症した初めての瀬川病(DYT5a).

▶EV-12:乳児期よりアテトーゼ型脳性麻痺と診断されたが経時的に不随意運動が増悪し集中治療を要した11歳男児

もともと精神発育遅延がある.低トーヌス.絶え間ない激しい全身の不随意運動.後弓反張を呈する.ジストニア重積?舞踏運動?治療としてGPi-DBSが有効であった.
(診断)GNAO1 異常症.2013年に本邦からはじめて報告された.GNAO1(Gタンパク質サブユニットαO1のこと)をコードする遺伝子変異により発症する.GNAO1 遺伝子は3 量体 G タンパク質による細胞内のシグナル伝達に関与し,シグナル伝達の異常がてんかんを引き起こす.てんかんを伴わずジストニアを主とすることもある(図は遺伝子変異と表現型の関係).運動異常症を呈する患者では,筋トーヌス低下と精神運動発達遅滞がみられ,のちにジストニアと知的障害が明らかになる.アテトーゼ型脳性麻痺と誤診されることが多いが,周産期異常や頭部MRI異常はない.検査費用が安価になれば世界中でもっとも多い希少疾患の一つになるだろうと言われている.




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本当に最初のパーキンソン病患者さんの写真

2021年03月19日 | パーキンソン病
昨年「世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像」というブログを書きました.教科書で目にしてきた有名なパーキンソン病のイラストに,Pierre Dさんというモデルが実在したという論文の紹介でした.タイトルは「Pierre D. and the first photographs of Parkinson's disease」で,左図が世界で最初のパーキンソン病患者さんの写真と書かれています(Mov Disord. 2020;35:389-391).このPierre Dさんは,1876~9年にかけて,パリのSalpêtrière病院に通院しています.そして臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarが,1879年の論文のなかにその写真を残しました.それをもとに,ガワーズ徴候で有名な「史上最高の臨床神経学者」William R. Gowersがイラストに書いたものを,今日の私達はよく目にしているわけです.

ところがこの論文には複数の歴史学的な誤認があったようです.学会でご挨拶をさせて以来,親交のある神経学史研究で有名なOlivier Walusinski先生は,この論文に対するレターを執筆し,その中で以下の3点を指摘しています.Pierre Dさんは非パーキンソン性の振戦を有し,後年,症状はだいぶ回復していたこと,考察におけるJames Parkinson先生の医学的貢献に対し認識の誤りがあること,そして驚いたのはPierre Dさんの写真は最も古い写真ではないということです.正しくはAnne-Marie Gavrという女性の写真(右図)が最も古いもので,Charcot先生が実際に治療を行い,1875年の『L'Iconographie de la Salpêtrière』の第1巻に掲載されているのだそうです.Walusinski先生はとても穏やかな先生ですが,学問に対する厳しさを感じさせるレター論文でした.あらためて論文は,徹底的に勉強した上で書かねばならないと思いました.
Hurwitz B, et al. Light and Shade in Patrick Lewis et al's Paper on the First Photographs of Parkinson's Disease. Mov Disord. 2020 Oct;35(10):1880-1881.




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第14回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2021)ビデオセッション症例解説

2021年02月24日 | パーキンソン病
標題の学会(大会長.福岡大学坪井義夫教授)が2月22日から24日にかけて行われました.WEBでの参加になりましたが,非常に勉強になった素晴らしい学術集会でした.私は「COVID-19と運動異常症」「PSP/CBD治療研究update」という2つセミナーで講師を務めさせていただきました.メインイベントは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するビデオセッションです.今年の12症例の一覧をご紹介します.当教室からも発表し,伏屋公晴先生の行ったプレゼンテーション(治療が奏功した大脳皮質基底核症候群:抗IgLON5抗体陽性関連疾患)が金賞を受賞しました.とても嬉しく思いました.

1.急性に発症し持続性左下肢限局性強直性けいれんを生じた70歳男性例
70歳男性.入院2週間前から旧に左下肢全体の突っ張りが出現.左下肢は強直し,自動・他動できず,有痛性で1~2Hzの筋痙攣を伴う.髄液,腰部MRI異常なし.
(回答)肺小細胞癌に伴うStiff-limb症候群(抗amphiphysin抗体陽性)・・・Stiff-person症候群の一側下肢限局型.免疫疾患で片側に症候が出現するメカニズムは不明.

2.舌の律動的不随意運動をエコーで評価しえた一例
72歳男性.1年前から喉の違和感.ふるえてしゃべりにくい.安静時に強い舌の不随意運動.下顎の舌からエコーを当てると,安静時に律動性5Hz,挺舌ないし歯を食いしばると3~4秒間止まるが,また再開する.
(回答)パーキンソン病の舌振戦(re-emergent tremor)・・・全身にも軽度のパーキンソニズムを認め,L-DOPA内服で改善した.

3.顔面と下肢の進行性不随意運動を呈した59歳男性
59歳男性.10日ほどの経過で,顔面と下肢の不随意運動(ミオクローヌス)が進行した.また眼瞼下垂,失調,筋力低下,腱反射亢進に加え,高血圧,尿閉,便秘を合併した.頭部,脊髄MRIは異常なし.3Hz反復刺激でwaningなし.血中カテコラミン濃度上昇.眼輪筋の強い収縮,球麻痺,呼吸不全が出現し,人工呼吸器管理.
(回答)抗グリシン受容体抗体を有する progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM)・・・この不随意運動はspasmodic reflex myoclonusと呼ばれている(Stayer C et al. Neurologia. 1998 Feb;13(2):83-8).種々の免疫療法を行い,人工呼吸器は離脱した.

4.突然発症の片麻痺と対側に出現した不随意運動を呈した一例
89歳女性.膵癌の既往.突然の左片麻痺にて発症(左下肢不全麻痺).同時に右上下肢に不随意運動出現(ヘミコレア).MRAで右MCA水平部近位から途絶.DWIで右被殻,淡蒼球,前頭葉皮質に異常信号.なぜ右半身に不随意運動が出現したか?
(回答)一側の視床下核病変で,両側のヘミバリズム・ヘミコレアが出現するが,左片麻痺があるため,右側にのみ不随意運動が出現する.STN-DBSでも同側にジスキネジアが出現することがあるとのこと.

5.ふらつきと物忘れを主訴に受診した男性例(銀賞)
60歳男性.16年前から歩行時のふらつき.徐々に増悪した.四肢失調に加え,コレア,変動性の物忘れも見られた.顔面の小色素沈着(しみ,そばかす)と一部,皮膚がんも見られた.日光過敏あり.頭部MRIで,小脳,脳幹,大脳の萎縮.
(回答)小脳萎縮を合併した色素性乾皮症・・・通常,生命予後は不良で,罹病期間30年程度のことが多く,本例のような症例は稀である.

6.不規則な足趾の不随意運動をきたし拡大胸腺摘除術後に消失を認めた後天性自己免疫性Rippling muscle diseaseの64歳男性例
64歳男性.運動後の筋強直にて発症.筋の叩打後の隆起(筋の過興奮現象)あり.CK上昇.筋生検にて,Rippling muscle diseaseで認められるcaveolin-3のモザイク状の発現低下あり.多くの症例で認めるcaveolin-3遺伝子変異はエクソーム解析でなし.合併して認められた下肢の有痛性の不随意運動は何か?
(回答)いろいろな意見が出たが,胸腺摘出術後に改善したことから自己免疫性の病態が考えられる.不随意運動については,主治医はpainful legs and moving toe syndromeの合併を考えている.

7.下肢に強い左半身失行の1例(金賞)
岐阜大学からの症例.4年の経過で,左半身の失行(動画では時間がなく示せなかったが上肢にも肢節運動失行や観念運動失行あり),右上肢筋強剛,右下肢ジストニア,腰を引く小刻み歩行,皮質性感覚障害を呈するが,認知機能障害なし.ある治療を行い,症候は顕著に改善した.右半球優位の萎縮,DATシンチで左右差.
(回答)CBSの表現型を呈した抗IgLON5抗体関連疾患・・・IVIGにて症候はかなり軽減した.

8.振戦とジストニアを呈し、脳波異常、DAT SCAN低下を示した15歳男児
15歳男児.言語発達の遅れ.13歳で右手の振戦と歩行障害が出現.徐々に増悪した.下肢および左手にジストニア.夕方に症状は悪化傾向.知能も軽度低下.DATシンチ両側で低下.
(回答)瀬川病(DYT5A)・・・L-DOPAが有効であった.

9.自己免疫機序が想定される半側舞踏病の68歳女性の例
68歳女性.2年ほど前から左手足が勝手に動くようになった.当初,年数回であったが,徐々に増加した.家族歴はなく,既往歴にGraves病があった.左上肢の筋トーヌス低下.認知症なし.髄液異常なし,腫瘍検索異常なし.抗TPO抗体陽性.DATシンチ正常.
(回答)抗TPO抗体に関連した自己免疫性舞踏運動・・・抗TPO抗体が病因となる自己抗体かは不明.非腫瘍性の自己免疫性コレアとしては,IgLON5やCASPR2,GAD65,CRMP-5/CV2といった報告がある.

10. 階段を下りる際に脚が勝手に動く女性(銅賞)
59歳女性.20歳ごろから階段を降りる際にのみ,右足を前に蹴り出すような不随意運動が見られる.股関節が過屈曲し,膝関節は過伸展する.
(回答)task-specific dystonia of stepping down stairs・・・動作特異的ジストニアである.狭い家屋のため,階段が急である京都において認めることがあるジストニアとのこと.トリヘキシフェニジルが半数で有効.階段を緩やかにすると良い.

11. 1歳からの精神運動退行と小脳萎縮を認めた4歳女児~小児と成人で異なる表現型を示す ある遺伝性疾患~
4歳女児(インドネシア人).家族歴なし.1歳で歩行や会話が困難になった.眼振,嚥下障害,視神経萎縮,痙性と腱反射亢進,筋トーヌス低下を認めた.1歳の時点で小脳萎縮あり.両側淡蒼球の異常信号(鉄沈着).
(回答)PLAN(PLA2G6-associated neurodegeneration)のうちのINADタイプ(infantile neuroaxonal dystrophy)・・・成人の表現型であるPARK14(ジストニア・パーキンソニズム)とは異なる.

12. 慢性片頭痛患者に発現した持続性不随意運動:ブレクスピプラゾールによるアカシジア?
50歳女性.20歳から頭痛.40歳から連日となり,慢性片頭痛と診断される.スマトリプタン,バルプロ酸,トピラマートにて改善.7年前から抑うつ.オランザピンおよびブレクスピプラゾールにて改善.しかし坐位で左下肢の貧乏ゆすり状の不随意運動出現,立位で消失.歩行も遅くなった.MRI,MIBG心筋シンチ異常なし.
(回答)薬剤性遅発性ジスキネジア・・・薬剤中止2週間で改善した.




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MDS バーチャル・ビデオ・チャレンジ

2020年09月15日 | パーキンソン病
パーキンソン病・運動障害疾患コングレスの目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の不随意運動の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するビデオ・チャレンジです.例年と違って事前収録で行われました.今回は日本を含む10カ国12演題が発表されました.「症例提示→第1討論者による臨床推論→解答提示→第2討論者による解説」と時間をかけて行い,予定の3時間を大幅に超過し5時間近くかかりました.名物司会のLang教授とSethi教授も今回はエンタメ要素を廃して,通常の2人のカンファレンスを見ているようでした.私もじっくり勉強しました.さて症例を見ていきましょう.まれな遺伝性疾患はやはり診断は難しいですが,免疫疾患や古典的疾患の意外な症候なども見られます.



◆Case 1 - India
【症例】48歳女性.9年前から,多くは朝に生じる1日3~4回の全身の異常運動.7年前から月3~4回の全身性強直間代発作.発作時の動画はねじるように大きく足首で円を描くなどのchoreo-ballisticな不随意運動.顔面はgrimacing,加えて持続性(非発作時にも見られる)体幹失調・失調歩行.ある治療後,発作消失したが,失調・ジストニアは残存した.
【解答】発作中低血糖が認められ,治療はグルコース静注.膵体部に9×10 mmのインスリノーマ.診断はインスリノーマに伴う上肢・顔面の発作性舞踏運動とジストニア+持続性小脳性運動失調.腫瘍摘出術後,発作は消失したが,失調とジストニアは持続した点がインスリノーマでは非典型的(グルコーストランスポーター欠損症ではしばしば認めるが・・・).

◆Case 2 – Japan(順天堂大学,小川崇先生の症例提示)
【症例】44歳,2ヶ月前から下肢のこわばった感覚(tight sensation).歩行障害と転倒.発作性の全身痙攣(歩行時に跳ね上がる感じの歩行困難→過剰な驚愕反射?ミオクローヌス?).構音障害・嚥下障害,眼瞼下垂.眼球運動障害と複視,網膜色素変性症.BUN↑,Cre↑,Na↑,髄液細胞軽度増加,OCB陽性,MBP陰性.MRI正常,脳波正常.呼吸不全となり人工呼吸器を要した.抗てんかん薬とIVIG後,抜管.過剰な驚愕反射・ミオクローヌスは消失.
【解答】胸部CTで胸腺腫あり.易疲労性もあった.抗グリシン受容体抗体,抗AchR抗体,抗titin抗体が陽性.診断はPERM(progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus)+MG.本例の複雑な症候はPERMのhyperekplexia,ミオクローヌスとMGに伴う筋無力症状の両者によるものだった.既報に胸腺腫に伴う両者の合併例あり.

◆Case 3 - India(銀賞受賞)
【症例】18歳男性.血族結婚+.30~90分間の眼球上転持続(Oculogyric crisis;眼球上転発作)を過去3回経験(意識障害なし).間欠性の閉眼困難と開口,手指のふるえ(振戦?ポリミニミオクローヌス?),軽度の運動緩慢,上肢筋萎縮,舌線維束性収縮.頭部MRI,脳波正常,針EMG:神経原性変化.
常染色体性劣性遺伝性パーキンソニズム+MND+Oculogyric crisis?
【解答】エクソーム解析でPARK7(DJ-1遺伝子ミスセンス変異ホモ).DJ-1変異で,若年性ジストニア+パーキンソニズム,認知症,脊髄前角障害,Oculogyric crisisが生じうる.

◆Case 4 - Kazakhstan(銅賞受賞)
【症例】両親同じ村出身(血族婚?).兄が類症(軽症).20歳女性.12歳まで正常,その後,進行性の運動障害,認知障害.口舌ジストニア,slow saccade,手指の運動緩慢,Stiffな歩行(ジストニア?パーキンソニズム?痙性?),姿勢保持障害,腱反射亢進,夜間の低換気.頭部MRI T2被殻外側高信号. 骨格異常(骨盤部,脊椎).
【解答】エクソーム解析:GLB1遺伝子遺伝子ミスセンス変異(Phe107Leu)ホモ.GLB1遺伝子はβガラクトシダーゼ酵素をコードする.診断はGM1ガングリオシドーシス.タイプ3(成人型).日本で多い.発症年齢が高齢化すると神経症状が増加し,ジストニアなどの錐体外路徴候,小脳性運動失調が目立つようになり,脊髓小脳変性症などとの鑑別が必要になる.

◆Case 5 - United Kingdom
【症例】18歳女性.一卵性双生児で両者発症.両親にも同様の症状.生後3週後から筋緊張低下と,音などに反応するhyperekplexia.発作性チアノーゼを認めたが年齢とともに減少,クロナゼパムが有効.現在,鼻やおでこを触ると過剰な驚愕反射.手指のミオクローヌス? 脳波,頭部MRI正常.
【解答】診断:遺伝性Hyperekplexia(GLRB遺伝子変異).遺伝性Hyperekplexiaには,3つの原因遺伝子が知られている(GLRA1; glycine receptor subunit A,GLRB; glycine receptor subunit B,SLC6A5; presynaptic glycine transporter 2).チアノーゼと突然死が生じうるので注意が必要.

◆Case 6 - Mexico(金賞受賞)
【症例】11歳女子,血族結婚なし.母の祖父:パーキンソニズム.1.4歳で歩行障害.その後,書字障害,自転車に乗れず. 8歳で上肢安静時振戦,運動緩慢,バランス障害.レボドパで改善会ったが,母が治療継続を希望せず自然食で治療した. 神経学的に上肢の安静時振戦,仮面様顔貌,右優位運動緩慢,両下肢反射亢進,手指ジストニア,歩行時つま先ジストニアないし痙性?(いわゆるCock walk;tiptoeing, erect trunk, exaggerated knee flexion),認知機能低下.頭部MRI正常.よって早期発症ジストニア・パーキンソニズム症候群+認知機能障害+レボドパ反応性が特徴.プラミペキソール少量で著明に改善.
【解答】診断:PARK19(PARK-DNAJC6).複数のDnaJ/Hsp40ファミリー分子(DNAJC6, DNAJC12, DNAJC5, DNAJC10)が家族性パーキンソニズムの原因となることが知られている.分子内にJドメインとよばれるHsp70結合ドメインを有するコシャペロンの一種.DNAJC6(Auxilin)はPARK19, DNAJC13はPARK21である.

◆Case 7 - Portugal
【症例】22歳女性.血族結婚なし,家族歴なし.5年間にわかる進行性の両上肢振戦と軽度の歩行障害にて発症.以後,ごく緩徐に進行.注意障害+遂行機能障害,アパシー.姿勢時振戦,運動時ミオクローヌス,運動緩慢,体幹失調,サッケード開始遅延,上方視制限.頭部MRI著名な小脳萎縮+被殻前方T2 high,T1 low.Jerk-locked averagingでpremovement cortical waveあり(よって不随意運動の一部は皮質性ミオクローヌス).臨床的にミオクローヌス・失調症候群+サッケード遅延+上方視制限.
【解答】メンデリオーム・シークエンス(https://bredagenetics.com/mendeliome/)により,ADRA2B遺伝子変異を同定.診断はFamilial cortical myoclonic tremor and epilepsy type 2(FCMTE type 2).

◆Case 8 - United Kingdom
【症例】45歳女性,家族内類症なし.右半身の運動緩慢とジストニア.歩行時にも異常姿勢を伴う歩行障害(手の振り↓).プラミペキソールにより幻覚,レボドパに変更し,運動緩慢は中等度改善したが,歩行は十分に改善しなかった.夜間の下肢の痛みあり.DAT正常.
【解答】α-GAL-A遺伝子点変異.診断:Anderson-Fabry病(日本ではFabry病が一般的だが,ドイツ人皮膚科医のJohannes Fabryと,イギリス人皮膚科医のWilliam Andersonにより別々に報告されたので,海外ではこのように呼ぶ).X染色体連鎖性,αガラクトシダーゼ活性欠損ないし低下.リソソーム病の一つだが,パーキンソニズムを呈するリソソーム病としてGaucher病が有名.αシヌクレインはリソソームで分解されるが,Fabry病でパーキンソニズムを合併するかは今後の症例集積が必要.

◆Case 9 - Canada
【症例】83歳男性.60歳発症,緩徐進行性眼瞼下垂(同胞にもあり).眼瞼下垂,眼球運動障害,レボドパ不応性パーキンソニズム(運動緩慢,姿勢保持障害,転倒),構音・嚥下障害,協調運動障害,失調歩行,深部覚障害.車椅子.パーキンソニズム・失調症候群.PSP mimics?ミトコンドリア病?
【解答】エクソーム解析でAFG3L2遺伝子変異.診断:SCA28.イタリアやフランスなど主に欧州で報告されるADCA.レボドパ不応性パーキンソニズムを呈する.眼瞼下垂が特徴的で,眼球運動障害も合わせるとミトコンドリア病を思わせる.実際にAFG3L2遺伝子はミトコンドリア・プロテアーゼをコードし,parapleginに近縁である.

◆Case 10 - Spain
【症例】34歳男性.新生児黄疸,生後24ヶ月で言語発達遅延,歩行障害.5歳,精神神経発達障害,感音性難聴,発語失行,構音障害,失調歩行.小頭症,長い手,大きな耳・鼻,頭部MRI脳室周囲白質異常.32~34歳,歩行,バランス障害増悪,歩行障害は進行性で転倒頻回.腱反射亢進(先天性+進行性).シアロトランスフェリンアイソフォーム異常.
【解答】GALT遺伝子変異複合ヘテロ.診断:ガラクトース血症I型.常染色体劣性.ガラクトースをグルコースに変換する酵素が遺伝学的に欠損することによって生じる.肝・腎障害,認知障害,白内障,早発卵巣不全などがある.日本では新生児マススクリーニングの対象疾患.

◆Case 11 - USA
【症例】32歳男性,精巣腫瘍(seminoma)の既往. 27歳,上肢と頭部の振戦,アルコールで軽度改善.
28歳,軽度のバランス障害.31歳,小脳性構音障害,頭部MRI小ぶりの小脳.おもりを持つと姿勢時振戦↑四肢失調,失調性歩行.OCB+.商業ベースの既報の自己抗体すべて陰性.
【解答】Mayo clinicにて,げっ歯類脳を用いた免疫染色を行い陽性. 診断: 抗KELCH-like protein 11抗体陽性の傍腫瘍性脳炎.

◆Case 12 - India
【症例】67歳.とうもろこしとご飯だけ食べていた.3週間前からじっとしていられない混迷状態となった.亜急性の前頭優位の皮質下認知症.下肢のアテトーゼ様運動,両肘などの左右対称性皮疹,下痢の持続.
【解答】診断:ペラグラ=ナイアシン(ニコチン酸)欠乏症.ナイアシンの内服で改善.3D(dermatitis, dementia, diarrhea)に加え,診断見逃し+無治療でdeath(4D).


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新しいパーキンソン病像(1886年からから2020年バージョンへ)

2020年07月29日 | パーキンソン病
Gowers先生による1886年のパーキンソン病のスケッチ(A)は4月27日の私のFBでも取り上げましたが,世界で最も使用され,教科書やインターネット上でしばしば見ることのできる有名な写真です.このスケッチに対し,フロリダ大学神経内科Melissa Armstrong先生ら(CBD の臨床診断基準;Armstrong 基準の先生です)は「この虚弱に見える男性のスケッチは確かにパーキンソン病について理解する助けにはなったが,今日のパーキンソン病とともに生きる人々の姿を反映していない」「患者数が急増し,社会的影響が拡大し続けるなか,病気を正確に表現することの重要性がますます高まっている」と考え,JAMA Neurology誌に2020年バージョンの新しいスケッチを発表しました.この疾患の多様性を1枚のスケッチで表すことは困難と考え,3つの絵で示しています.Bは症状が軽く活動的な生活ができる若い女性(右足にジストニア),Cは少し年配になり,「オン」と「オフ」を認める状態,そしてDは症状が進行し生活が制限された高齢男性が描かれています.性別,年齢,活動度に加え人種にも配慮がなされています.Armstrong先生らは「幅広い多様性を含むようにスケッチを改良することは,パーキンソン病の認知度を高め,現代のパーキンソン病患者さんが有意義な人生を送ることに役立つ」と述べています.今後,教育や説明資料等にこの図を使っていきたいと思います.

Armstrong MJ, Okun MS. Time for a New Image of Parkinson Disease. JAMA Neurol. 2020;10.1001/jamaneurol.2020.2412. doi:10.1001/jamaneurol.2020.2412


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世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像

2020年04月27日 | パーキンソン病

この写真を見て「実在したのか!」と驚いた人もいるのではないでしょうか.教科書で目にしてきたパーキンソン病のイラストのモデルとなった人物です.この2枚の写真をもとにして,「史上最高の臨床神経学者」と評された英国の神経学者William R. Gowers(1845~1915年)が,著書A Manual of Disease of the Nervous System(1893)のなかにイラストを書きました.そしてこの患者さんの写真は,臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarの博士論文のなかに含まれているものなのだそうです.この患者さん,Pierre Dさんは1822年,中央フランスの生まれで,1876~79年にかけてパリのサルペトリエール病院に通院しました.50歳より若くして発症し,初診時には筋強剛,振戦に加え,写真のように特徴的な姿勢異常を認めました.St. Legarは,さらに歩行時の一側の腕の振りの減少,仮面様顔貌,流涎,単調なしゃべりを指摘し,書字障害も記録に残しています.そしてそのなかで最も特徴的な所見は姿勢異常だと記しています.つまりJames Parkinsonが原著「振戦麻痺」に記載しなかった所見を,Charcot先生とその弟子が見出したという,この疾患の概念を大きく変えることになった症例でもあるわけです.世界でも最も有名なパーキンソン病患者さんのイラストは,パーキンソン病が現在の疾患概念に変わったことを示す記念碑とも言えるわけです. 

左はA Manual of Disease of the Nervous Systemのイラスト,右はGowersによるオリジナルのデッサンです.



Mov Disord 35;389-91, 2020



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MDS2019 ビデオ・チャレンジ@ ニース

2019年09月27日 | パーキンソン病
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS2019)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄るビデオ・チャレンジです.各症例の不随意運動をいかに評価し,診断・治療に結びつけるか,壇上のエキスパートが議論しますので勉強になります.しかし各国,選りすぐりの症例ですので正しく診断することはなかなか難しいです.それと今年は初めてのことが2つありました.イランからの素晴らしい症例提示があったことと,症例として馬(!)が提示されたことです.ぜひみなさんもトライしてみて下さい.



Case 1(米国)
主訴と病歴のみ提示.右鼻先周辺の顔面筋の痙攣が,2年かけて徐々に増悪し,目に加えて耳(!)まで収縮まで見られるようになった.

➔ 患者は馬だった.馬のhemifacial spasm.馬の顔面神経の走行や顔面筋の分布の図が提示された.

Case 2(トルコ)
61歳男性.既往歴に糖尿病.1年前からの右手のヘミジストニアないしヘミコレア.1ヶ月で右腕,右足,右顔面に進展した.軽度の構音障害,下肢腱反射消失.家族内類症・血族婚なし.フェリチン異常高値.頭部MRIで基底核に鉄沈着.

➔ 遺伝性無セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子フレームシフト変異ホモ接合).本症の三徴は,糖尿病,網膜変性症および中枢神経症状(不随意運動,小脳性運動失調,認知症).

Case 3(インド)
32歳女性.5年前から行動異常と四肢・体幹の不随意運動.坐位・立位で落ち着かず,体を前後に揺らす(電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス)..易怒性と妄想.追視困難,緩徐なサッケード.頭部MRI異常なし.

➔ 遺伝性低セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子ミスセンス変異ヘテロ接合:既報告の変異).通常は小脳性運動失調症を呈するが,まれにこのような表現型を呈する.

ここでHonorable mentionとして,応募者によるプレゼンはないものの興味深い症例が紹介された.まず3症例が紹介され,1つめはSCA17(進行性ミオクローヌスてんかんを呈しうる疾患の鑑別),2つめはARSACS(Autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay)で網膜有髄神経線維の増生やT2 強調画像の橋の線状の低信号,3つめがAOA4(Ataxia-oculomotor apraxia type 4:PNKP遺伝子重複,10歳台に発症し,失調とジストニア,眼球運動失行,ニューロパチーを呈する.頭部MRIでオリーブ核肥大)が紹介された.

Case 4(イラン)金メダル受賞!
3歳男児.両親血族婚.発達遅滞.生後4ヶ月から首の不随意運動.3歳でウイルス性呼吸器感染後に急性増悪し,救急外来を受診.頸部と上肢の激しい舞踏運動.歩行・発語不能.テトラベナジン,L-dopa無効だったが,プラミペキソールで劇的に改善した.

➔ 全エキソーム解析で(ドパミントランスポーターをコードする)SLC6A3遺伝子変異の同定.つまりドパミントランスポーター欠損症の診断.常染色体劣性遺伝.パーキンソニズム,コレア,バリズム,口舌ジスキネジアなどを呈する.

Case 5(ドイツ)
42歳男性.両親は血族婚.Floppy infantで,脳性麻痺と診断された.青年期から夜間を中心に,頸部と腕の,激しくjerkyな不随意運動(ミオクローヌス+ジストニア)が出現,昼は改善する.低トーヌス.女性化乳房.顕著な喫煙(ニコチン)依存.頭部MRI異常なし.瀬川病はGTPシクロヒドロラーゼⅠ遺伝子検索で否定.

➔ 全エキソーム解析でセピアプテリン還元酵素遺伝子ナンセンス変異ホモ接合.セピアプテリン還元酵素(SR)欠損症.本症は3種の芳香族アミノ酸水酸化酵素の補酵素テトラヒドロビオプテリン(BH4)の生合成に関わるSRをコードする遺伝子の異常により,BH4の欠乏を来す常染色体劣性遺伝性疾患.日本でも報告例はあるが極めてまれ.本例はL-dopa 300 mgが有効であった.

ここで2 short casesとして,光過敏性てんかんの2疾患の提示.1つめはJeavons症候群の2歳男児.小児期発症の特発性全般てんかんで,欠神発作と眼瞼ミオクローヌスを呈する(眠そうに閉眼する不随意運動だった).2つめはサンフラワー症候群の9歳男児.光過敏性てんかんによる手を振るような,一見不随意運動に見える発作の紹介があった.さらに光過敏性てんかんということで「ポケモン症候群」の紹介があった.

Case 7(米国)
70歳男性.30歳台から精神症状,パーキンソニズム,50歳台から歩行障害,転倒,姿勢時振戦などのパーキンソニズムが出現.家族内にパーキンソン病多数.L-dopa有効・・・・頭部MRIにてeye of the tiger sign.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)非典型例(PANK2遺伝子変異).20-30歳台で遅れて発症する非典型例は,精神症状,顔面ジストニア,パーキンソニズム,コレア,認知機能障害を呈し,経過も緩徐進行性である.

Case 8(メキシコ)
33歳女性.5ヶ月前から体重減少,咳,発熱,呼吸困難.2週間の経過で,左下肢主体のヘミバリズム.左足首はコレア様.視神経乳頭浮腫.頭部MRIでは多発異常信号病変(脳梁,橋,右基底核).

➔ 結核性髄膜脳炎によるヘミバリズム・ヘミコレア.

Case 9(メキシコ)
66歳男性.2年前から性格変化,近時記憶障害.診察では核上性垂直方向性注視麻痺と運動緩慢を認め,PSP疑い.起立性低血圧,感情失禁あり.頭部MRIで広範で非対称な白質病変+両側基底核病変・・・毛嚢炎,口腔内アフタ.

➔ 神経ベーチェット病.運動異常症を呈することは通常まれだがあり得る.ちなみにPSPで起立性低血圧を合併することはまれ(Neurology. 2019 Sep 4. pii: 10.1212/WNL.0000000000008197.).

ここでHonorable mentionとして,自己免疫性脳炎の4症例の紹介.1つめは抗DPPX抗体脳炎,2つめは抗CASPR2抗体脳炎でコレア合併例,3つめは抗IgLon5抗体脳炎でコレア合併例.最後が一側下肢のpiloerection(立毛筋の逆立ち)を呈した抗LGI1抗体脳炎であった.

Case 11(ドイツ)
69歳男性.2年前からのしゃっくり,腹部の不随意運動.電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス.ポリニューロパチーも合併.腫瘍合併なし.

➔ 抗CASPR2抗体によるisolated segmental spinal myoclonus.免疫療法(ステロイド,アザチオプリン)にて改善.イギリスからの同様の症例(腫瘍合併あり;Neurology. 2018;90:660-661)の紹介.

Case 12(オランダ,チェコ)
同一疾患の2症例の提示.ともに偶然45歳女性.オランダ例は出生時からの不随意運動で緩徐に進行.チェコ例は歩行時と発語時の運動異常が主徴で,脳性麻痺の診断.

➔ グルタル酸血症1型.グルタリルCoA脱水素酵素(GCDH)の障害によって生じる常染色体劣性遺伝性疾患.生後3−36か月の間に,胃腸炎や発熱を伴う感染などを契機に,急性脳症様発作にて発症する.

ここでHonorable mentionとしてジストニア関連の4例の紹介.1つめが全身性ジストニアを呈した母・息子例で,IRF2BPL(interferon Regulatory Factor 2 Binding Protein Like)遺伝子変異例.全身性ジストニアに発語障害,緩徐眼球サッケードを呈する.のこり2例がジストニアに対してGPi-DBSが有効であった症例(うち1例は順天堂大学からの報告).いずれもGNAO1遺伝子変異であった.難治性てんかん,知的障害,運動発達障害,不随意運動を呈する.ちなみにGNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニットをコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.最後がATP1A3遺伝子変異例で,3つの表現型があることが紹介された.(1)小児交代性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC),(2)小脳失調症深部反射消失凹足視神経萎縮感覚神経障害性聴覚障害(CAPOS)症候群,(3)rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP)である.

Case 13(フランス)銀メダル受賞!
68歳男性.急性発症の姿勢時振戦,歩行の不安定,めまいにて救急外来を受診.下向き眼振を認めた!15年前に膀胱がんの既往.II型糖尿病.高コレステロール血症.2012年からの6年間で同様のエピソードを4回繰り返し,2-6週間症状が持続して回復.うち2回では全身性痙攣と認知機能低下を合併した.頭部MRIで皮質下萎縮.脳波で徐波の混入・・・血清マグネシウム著明低下.マグネシウム補充にて回復.

➔ 糖尿病に伴う腎性低マグネシウム血症.低マグネシウム血症はさまざまな症状(食欲低下,嘔気,不整脈,突然死)を呈する.下向き眼振が特徴的とのこと.

Case 14(イタリー)
56歳女性.ヘビースモーカー.甲状腺機能低下症術後で,数日前から興奮,昏迷状態.上肢の常同運動(stereotypies),一部振戦様.

➔ ビタミンB12欠乏症に伴う脳症.意識障害と常同運動,不随意運動を呈しうる.頸部手術のためビタミンB12欠乏に伴う典型的な神経所見がわかりにくかった.また喫煙はビタミンB12欠乏の増悪因子として知られている.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめはチトクロムc酸化酵素欠損症(Cytochrome C oxidase (COX) deficiency).COXはミトコンドリア電子伝達系末端の酵素複合体(複合体IV)で,その遺伝子は核とミトコンドリア両方にコードされるため,常染色体劣性または母系遺伝を呈する.リー脳症,致死性乳児心臓脳筋症,レーバー遺伝性視神経萎縮症などさまざまな表現型を示す.2つめは頭痛,感音難聴,糖尿病,筋萎縮,脳卒中を呈した59歳男性でMELASであった.

Case 15(米国)
69歳男性.57歳時に左下肢の刺激誘発性の進行性不随意運動(振戦).2014年には歩行に振戦が出現し,転倒が見られた.2017年には振戦が常時見られるようになった.姿勢保持障害も出現した.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦を認めた.69歳で死亡.剖検でオリーブ核肥大.

➔ 治療抵抗性セリアック病2型.下肢の刺激誘発性のミオクローヌスは特徴的徴候.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦も報告がある.セリアック病に関連した自己免疫疾患らしい.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめは首と音声の振戦を認めた副腎白質ジストロフィー.2つめは進行性の歩行障害を呈し,画像上認めた水頭症様変化に対しシャント術が行われた神経軸索スフェロイドを伴う遺伝性び慢性白質脳症(HDLS;CSF1R遺伝子変異)であった.

Case 16(米国)銅メダル受賞!
24歳男性.生後5ヶ月から発作性に首を回すような不随意運動が出現.成人してからも下肢の不規則で振幅の大きい不随意運動が,週2回の頻度で,教会に行く月曜と水曜日に誘発される(労作による誘発).寝不足,絶食,カフェインでも誘発される.

➔ SLC2A1遺伝子変異ヘテロ接合に伴うグルコーストランスポーター1 (GLUT1)欠損症.発作性労作誘発性ジスキネジアの原因としてSLC2A1遺伝子のヘテロ接合性変異が同定された.典型例とは異なり,てんかん発症年齢は遅く,髄液糖低値も有意でないので注意を要する.


【前日に行われたグランドラウンド4症例】
Case 1
53歳男性.右手ジストニア.後頸部の再発性lipoma.母親は糖尿病.

➔ MERRF(Myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers)

Case 2
44歳男性.32歳歩行障害.36歳不随意運動,38歳認知機能障害,小脳性運動失調,すくみ足.常染色体優性遺伝の家系.

➔ SCA48(STUB1ミスセンス変異ヘテロ接合).この遺伝子は常染色体劣性のSCAR16の原因遺伝子として知られていたが,ヘテロ接合で常染色体優性の脊髄小脳変性症になることが昨年報告されている(Neurology 2018;91(21):e1988-e1998).

Case 3
27歳女性.安静時の舌の振戦,手指にも振戦.歩行正常.家族歴,血族婚なし.頭部MRIにてeye of the tigerサイン.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)

Case 4
急性発症のジストニアとパーキンソニズムを呈した男性例..

➔ rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP; ATP1A3遺伝子変異)



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