パーキンソン病・運動障害疾患コングレスの目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の不随意運動の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するビデオ・チャレンジです.例年と違って事前収録で行われました.今回は日本を含む10カ国12演題が発表されました.「症例提示→第1討論者による臨床推論→解答提示→第2討論者による解説」と時間をかけて行い,予定の3時間を大幅に超過し5時間近くかかりました.名物司会のLang教授とSethi教授も今回はエンタメ要素を廃して,通常の2人のカンファレンスを見ているようでした.私もじっくり勉強しました.さて症例を見ていきましょう.まれな遺伝性疾患はやはり診断は難しいですが,免疫疾患や古典的疾患の意外な症候なども見られます.
◆Case 1 - India
【症例】48歳女性.9年前から,多くは朝に生じる1日3~4回の全身の異常運動.7年前から月3~4回の全身性強直間代発作.発作時の動画はねじるように大きく足首で円を描くなどのchoreo-ballisticな不随意運動.顔面はgrimacing,加えて持続性(非発作時にも見られる)体幹失調・失調歩行.ある治療後,発作消失したが,失調・ジストニアは残存した.
【解答】発作中低血糖が認められ,治療はグルコース静注.膵体部に9×10 mmのインスリノーマ.
診断はインスリノーマに伴う上肢・顔面の発作性舞踏運動とジストニア+持続性小脳性運動失調.腫瘍摘出術後,発作は消失したが,失調とジストニアは持続した点がインスリノーマでは非典型的(グルコーストランスポーター欠損症ではしばしば認めるが・・・).
◆Case 2 – Japan(順天堂大学,小川崇先生の症例提示)
【症例】44歳,2ヶ月前から下肢のこわばった感覚(tight sensation).歩行障害と転倒.発作性の全身痙攣(歩行時に跳ね上がる感じの歩行困難→過剰な驚愕反射?ミオクローヌス?).構音障害・嚥下障害,眼瞼下垂.眼球運動障害と複視,網膜色素変性症.BUN↑,Cre↑,Na↑,髄液細胞軽度増加,OCB陽性,MBP陰性.MRI正常,脳波正常.呼吸不全となり人工呼吸器を要した.抗てんかん薬とIVIG後,抜管.過剰な驚愕反射・ミオクローヌスは消失.
【解答】胸部CTで胸腺腫あり.易疲労性もあった.抗グリシン受容体抗体,抗AchR抗体,抗titin抗体が陽性.
診断はPERM(progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus)+MG.本例の複雑な症候はPERMのhyperekplexia,ミオクローヌスとMGに伴う筋無力症状の両者によるものだった.既報に胸腺腫に伴う両者の合併例あり.
◆Case 3 - India
(銀賞受賞)
【症例】18歳男性.血族結婚+.30~90分間の眼球上転持続(Oculogyric crisis;眼球上転発作)を過去3回経験(意識障害なし).間欠性の閉眼困難と開口,手指のふるえ(振戦?ポリミニミオクローヌス?),軽度の運動緩慢,上肢筋萎縮,舌線維束性収縮.頭部MRI,脳波正常,針EMG:神経原性変化.
常染色体性劣性遺伝性パーキンソニズム+MND+Oculogyric crisis?
【解答】エクソーム解析で
PARK7(DJ-1遺伝子ミスセンス変異ホモ).DJ-1変異で,若年性ジストニア+パーキンソニズム,認知症,脊髄前角障害,Oculogyric crisisが生じうる.
◆Case 4 - Kazakhstan
(銅賞受賞)
【症例】両親同じ村出身(血族婚?).兄が類症(軽症).20歳女性.12歳まで正常,その後,進行性の運動障害,認知障害.口舌ジストニア,slow saccade,手指の運動緩慢,Stiffな歩行(ジストニア?パーキンソニズム?痙性?),姿勢保持障害,腱反射亢進,夜間の低換気.頭部MRI T2被殻外側高信号. 骨格異常(骨盤部,脊椎).
【解答】エクソーム解析:GLB1遺伝子遺伝子ミスセンス変異(Phe107Leu)ホモ.GLB1遺伝子はβガラクトシダーゼ酵素をコードする.
診断はGM1ガングリオシドーシス.タイプ3(成人型).日本で多い.発症年齢が高齢化すると神経症状が増加し,ジストニアなどの錐体外路徴候,小脳性運動失調が目立つようになり,脊髓小脳変性症などとの鑑別が必要になる.
◆Case 5 - United Kingdom
【症例】18歳女性.一卵性双生児で両者発症.両親にも同様の症状.生後3週後から筋緊張低下と,音などに反応するhyperekplexia.発作性チアノーゼを認めたが年齢とともに減少,クロナゼパムが有効.現在,鼻やおでこを触ると過剰な驚愕反射.手指のミオクローヌス? 脳波,頭部MRI正常.
【解答】
診断:遺伝性Hyperekplexia(GLRB遺伝子変異).遺伝性Hyperekplexiaには,3つの原因遺伝子が知られている(GLRA1; glycine receptor subunit A,GLRB; glycine receptor subunit B,SLC6A5; presynaptic glycine transporter 2).チアノーゼと突然死が生じうるので注意が必要.
◆Case 6 - Mexico
(金賞受賞)
【症例】11歳女子,血族結婚なし.母の祖父:パーキンソニズム.1.4歳で歩行障害.その後,書字障害,自転車に乗れず. 8歳で上肢安静時振戦,運動緩慢,バランス障害.レボドパで改善会ったが,母が治療継続を希望せず自然食で治療した. 神経学的に上肢の安静時振戦,仮面様顔貌,右優位運動緩慢,両下肢反射亢進,手指ジストニア,歩行時つま先ジストニアないし痙性?(いわゆるCock walk;tiptoeing, erect trunk, exaggerated knee flexion),認知機能低下.頭部MRI正常.よって早期発症ジストニア・パーキンソニズム症候群+認知機能障害+レボドパ反応性が特徴.プラミペキソール少量で著明に改善.
【解答】診断:
PARK19(PARK-DNAJC6).複数のDnaJ/Hsp40ファミリー分子(DNAJC6, DNAJC12, DNAJC5, DNAJC10)が家族性パーキンソニズムの原因となることが知られている.分子内にJドメインとよばれるHsp70結合ドメインを有するコシャペロンの一種.DNAJC6(Auxilin)はPARK19, DNAJC13はPARK21である.
◆Case 7 - Portugal
【症例】22歳女性.血族結婚なし,家族歴なし.5年間にわかる進行性の両上肢振戦と軽度の歩行障害にて発症.以後,ごく緩徐に進行.注意障害+遂行機能障害,アパシー.姿勢時振戦,運動時ミオクローヌス,運動緩慢,体幹失調,サッケード開始遅延,上方視制限.頭部MRI著名な小脳萎縮+被殻前方T2 high,T1 low.Jerk-locked averagingでpremovement cortical waveあり(よって不随意運動の一部は皮質性ミオクローヌス).臨床的にミオクローヌス・失調症候群+サッケード遅延+上方視制限.
【解答】メンデリオーム・シークエンス(https://bredagenetics.com/mendeliome/)により,ADRA2B遺伝子変異を同定.
診断はFamilial cortical myoclonic tremor and epilepsy type 2(FCMTE type 2).
◆Case 8 - United Kingdom
【症例】45歳女性,家族内類症なし.右半身の運動緩慢とジストニア.歩行時にも異常姿勢を伴う歩行障害(手の振り↓).プラミペキソールにより幻覚,レボドパに変更し,運動緩慢は中等度改善したが,歩行は十分に改善しなかった.夜間の下肢の痛みあり.DAT正常.
【解答】α-GAL-A遺伝子点変異.
診断:Anderson-Fabry病(日本ではFabry病が一般的だが,ドイツ人皮膚科医のJohannes Fabryと,イギリス人皮膚科医のWilliam Andersonにより別々に報告されたので,海外ではこのように呼ぶ).X染色体連鎖性,αガラクトシダーゼ活性欠損ないし低下.リソソーム病の一つだが,パーキンソニズムを呈するリソソーム病としてGaucher病が有名.αシヌクレインはリソソームで分解されるが,Fabry病でパーキンソニズムを合併するかは今後の症例集積が必要.
◆Case 9 - Canada
【症例】83歳男性.60歳発症,緩徐進行性眼瞼下垂(同胞にもあり).眼瞼下垂,眼球運動障害,レボドパ不応性パーキンソニズム(運動緩慢,姿勢保持障害,転倒),構音・嚥下障害,協調運動障害,失調歩行,深部覚障害.車椅子.パーキンソニズム・失調症候群.PSP mimics?ミトコンドリア病?
【解答】エクソーム解析でAFG3L2遺伝子変異.
診断:SCA28.イタリアやフランスなど主に欧州で報告されるADCA.レボドパ不応性パーキンソニズムを呈する.眼瞼下垂が特徴的で,眼球運動障害も合わせるとミトコンドリア病を思わせる.実際にAFG3L2遺伝子はミトコンドリア・プロテアーゼをコードし,parapleginに近縁である.
◆Case 10 - Spain
【症例】34歳男性.新生児黄疸,生後24ヶ月で言語発達遅延,歩行障害.5歳,精神神経発達障害,感音性難聴,発語失行,構音障害,失調歩行.小頭症,長い手,大きな耳・鼻,頭部MRI脳室周囲白質異常.32~34歳,歩行,バランス障害増悪,歩行障害は進行性で転倒頻回.腱反射亢進(先天性+進行性).シアロトランスフェリンアイソフォーム異常.
【解答】GALT遺伝子変異複合ヘテロ.
診断:ガラクトース血症I型.常染色体劣性.ガラクトースをグルコースに変換する酵素が遺伝学的に欠損することによって生じる.肝・腎障害,認知障害,白内障,早発卵巣不全などがある.日本では新生児マススクリーニングの対象疾患.
◆Case 11 - USA
【症例】32歳男性,精巣腫瘍(seminoma)の既往. 27歳,上肢と頭部の振戦,アルコールで軽度改善.
28歳,軽度のバランス障害.31歳,小脳性構音障害,頭部MRI小ぶりの小脳.おもりを持つと姿勢時振戦↑四肢失調,失調性歩行.OCB+.商業ベースの既報の自己抗体すべて陰性.
【解答】Mayo clinicにて,げっ歯類脳を用いた免疫染色を行い陽性. 診断:
抗KELCH-like protein 11抗体陽性の傍腫瘍性脳炎.
◆Case 12 - India
【症例】67歳.とうもろこしとご飯だけ食べていた.3週間前からじっとしていられない混迷状態となった.亜急性の前頭優位の皮質下認知症.下肢のアテトーゼ様運動,両肘などの左右対称性皮疹,下痢の持続.
【解答】診断:
ペラグラ=ナイアシン(ニコチン酸)欠乏症.ナイアシンの内服で改善.3D(dermatitis, dementia, diarrhea)に加え,診断見逃し+無治療でdeath(4D).