Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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神経サルコイドーシスに対するインフリキシマブとミコフェノール酸モフェチルの併用療法の効果

2009年02月02日 | その他
 神経サルコイドーシスではその5%程度に中枢神経合併症が認められる.しばしば治療が困難で,報告によってはその70%において,ステロイドや免疫抑制剤による治療に抵抗性と言われ,再発や進行性の経過をとることがある.とくにステロイドの減量中に再発するため,ステロイド治療が長期化し臨床上問題となる.新規治療法の確立が望まれている疾患のひとつである.

 本症は動物モデルにおいて,肺胞マクロファージにおけるTNFα発現と肺病変の活動性に関連があることが知られ,さらにTNFαを抑制することが治療として有効であることが示唆されている.TNFαを特異的に抑制する薬剤が治療に有効と考えられるが,具体的候補としてはTNFαに対するヒトキメラ・モノクローナル抗体(インフリキシマブ;商品名レミケード)が第一に考えられる.この薬剤は本邦では,慢性関節リウマチ,クローン病,ベーチェット病の眼病変に適応があり,欧米では強直性脊椎炎,乾癬に対する治療薬としても使用されている.欧米ではリンパ球の増殖を抑制する作用がある経口免疫抑制剤ミコフェノール酸モフェチル(Mycophenolate mofetil;MMF)を併用するが,これには2つ理由がある.つまり,①自己抗体が産生され,治療時の急性反応や,長期的使用時の治療効果の減弱が生じることを避けること,②免疫抑制作用の併用効果を期待することである.今回,米国より神経サルコイドーシスに対するインフリキシマブとMMFの併用療法の効果が報告されたのでし紹介する.

 対象は生検により診断が確定したサルコイドーシス症例のうち,中枢神経障害を伴い,かつステロイドによる治療が奏功しなかった7例である.インフリキシマブは週5 mg/kg,1回目の治療後は,2週,6週に行い,さらにその後6-8週ごとにも投与を行った.7例中6例でMMF(1,000 mg/日)内服も行った.治療効果の判定は神経症状とMRIにより行い,インフリキシマブの3-4回の投与後3か月ごとに行った.

 結果としては,4回目のインフリキシマブ投与後には全例で,神経症状(頭痛,神経痛,運動・感覚・失調症状,てんかん発作など)の改善を認めた.さらに画像でも病変サイズの縮小と造影病変の抑制を認めた.この効果は病変部位や分布(硬膜vs脳実質,脳vs脊髄,単一病変vs多発病変)に関わらず認められた.6~18か月の経過観察期間ではとくに重大な副作用は認められなかった.以上より,インフリキシマブとMMFの併用療法は神経サルコイドーシスの治療として有用であると考えられた.インフリキシマブは抗体医薬のトップランナー的な薬剤である.本邦では1瓶(100mg)10万円以上する薬剤ではあるが,それでも今後さらにその適応は拡大されるものと考えられる.一方,MMFは本邦では腎移植後の難治性拒絶反応の治療など限られた場面での使用しか認められていない.

Neurology 72; 337-340, 2009 

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足底反射は,何を調べるのがベストか?

2008年09月13日 | その他
 Joseph Francois Felix Babinski(1857-1932)は,有名なJ. M. Charcotの弟子である.Babinskiの神経学への貢献は計り知れず,彼により古典神経症候学が完成したといって過言ではない(右半球症状である病態失認も,1914年に彼が発見したものである).BabinskiはCharcotのもとにいた5年間で,数多くのヒステリー患者を扱いながら,器質性障害とヒステリー性障害を鑑別する検査法を探したそうだ.当時,フランスでは,大部屋の病室の両側にベッドを並らべ,患者さんは通路側に足を向けて横になっていたそうで,Babinskiは病室に入ると挨拶がわりに患者さんの足の裏を意味もなく,こちょこちょとひっかいたらしい.普通はくすぐったがってきゅっと足趾を縮める(底屈する)が,1人だけ反対側に反り返った(背屈した)患者さんがいて,不思議に思ったことがBabinski反射発見のきっかけだったと後に自ら語っている(冗談かもしれないが・・・).その後,脊損患者では足の裏をくすぐると足指が背屈するのに対し,ヒステリー患者では底屈するということにも気づいた.1896年,その徴候の発見の第一報として,「中枢神経系を侵すいくつかの器質性疾患における足底皮膚反射について」と題する論文を発表した.これが有名な「28行論文」である(たった28行の長さという意味).しかし当時,その重要性については,周囲はおろか本人も気がついていなかった.その後,この反射は錐体路障害の存在を示唆するということが気がつかれ,1898年の論文で報告されるに至った.反射のメカニズムは足底の皮膚刺激は,健常者であっても短母趾屈筋と長母趾伸筋の収縮を引き起こすが,錐体路障害が存在するとそのバランスが逆転し,背屈するのだろうと考えられた.

 このような足底反射としては,Babinski反射のほかに,Chaddock反射(外果の下方を後ろから前へこする),Gordon反射(ふくらはぎを指で強くつまむ),Oppenheim 反射(脛骨内縁を上方から下方へ母指の腹でこすりおろす),Schaeffer反射(アキレス腱を指で強くつまむ),Gonda反射(第4趾,もしくは第2~5趾をつまみ,前下方へ屈曲させる),Stransky反射(第5指を強く外転させ,1~2秒保って急に離す)といった手技がある.この中ではおそらくChaddock 反射が臨床現場で行われることが多いと思うが(OSCEでもBabinski反射とChaddock反射を教えている),このChaddockはBabinski の弟子であり,1911年の論文の中で独自の方法を記載している.

 前置きが長くなったが,Babinski反射の神経診察にける重要性は言うまでもない.しかし,その評価に関してはまったく議論がないわけではない.具体的に言うと,評価者間の信頼度・一致性や,各反射手技ごとの比較の問題である.もちろんこれまでも少なからず検討が行われてきたが,同一の評価者もしくは異なる評価者間の信頼度(inter- and intra-observer consistency)を統計学的に検討した論文はほとんどない.今回,カナダにおいて行われた検討がEur J Neurol誌に報告された.

 方法は34名の患者を6名の神経内科医が評価した.BabinskiとChaddock,Oppenheim,Gordon の4つの反射を行い,底屈もしくは背屈のいずれかと判定した(ときどき使われるequivocalという評価は不可とした). 同一検者間の一致性を検討するために1週間後に,再度の評価を行った.信頼度は名義尺度での一致性の指標としてしばしば用いられるカッパ値で評価した.

 結果としては,Babinski反射はもっとも異なる評価者間での一致性が高かった(カッパ値0.5491).Chaddock,Oppenheim,Gordon 反射のカッパ値はそれぞれ0.4065,0.3739, 0.3515であった.一方,同一評価者における信頼度はGordon反射がもっとも高く,カッパ値は0.6731であった.2つの反射を組み合わせると,BabinskiとChaddock反射を組み合わせたときが最も信頼度が高かった(カッパ値0.5712).

 以上より,少数例での検討ではあるが,Babinski反射が異なる評価者間において,またGordon反射が同一の評価者間において信頼性が高いという結果となった.しかし足底反射を行う場合,単一の手技では不十分であり,評価者は2つ以上の手技を組み合わせて行うべきで,その場合,BabinskiとChaddock反射の組み合わせが最も信頼性が高いという結果となった.結論から言えば,やっぱりというか,いま行っている2つの足底反射の組み合わせがベストということを確認できたということになるのだろう.

Eur J Neurol. 2008 Jul 9. [Epub ahead of print]
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Critical illness myopathy の予後は悪くない

2008年07月21日 | その他
 敗血症や多臓器不全,全身性炎症反応症候群(SIRS)に伴って発症するaxonal motor-sensory polyneuropahtyもしくはmyopathyのことをcritical illness polyneuropathy(CIP)もしくはmyopathy(CIM)と呼び,しばしばICU入室患者において経験する.両者は合併することもある(CIP/CIM).鎮静から解除されても四肢麻痺が残存するといったことで神経内科にコンサルトされることが多い.ステロイドや神経筋遮断薬の使用は危険因子と言われ,積極的に血糖コントロールすることによりリスクが低下すると言われている.

 両者の鑑別のポイントを以下に述べると,CIPに伴う筋力低下は遠位筋優位で,感覚障害の合併もありうるが,意識障害のため感覚障害の評価は難しいことも多い.一方,CIMは四肢近位筋や頚筋の筋力低下が多く,半数で軽度のCKの上昇を伴う.電気生理学的検査では,CIPは軸索型でCMAP,SNAPとも低下するが,伝導速度の低下は見られない.CIMでは筋障害に伴いCMAPが低下することが多い.針筋電図ではshort duration,low amplitude で筋原性変化を示す.当然,有機リン中毒,ボツリヌス中毒,横紋筋融解,頚髄損傷,ギラン・バレー症候群,重症筋無力症,ALSなどの他の疾患の除外が必要になる.しかしよく考えてみると,このCIPとCIMの両者を鑑別する意義,すなわち診断の違いによって予後が変わるのかについては不明であった.

 今回,イタリアからこの両者の長期予後に関する検討が報告された(CRIMYNE study;critical illness myopathy and/or neuropathyの略).1年間の前向きコホート研究で,対象はICU治療時にCIP, CIM,もしくはCIP/CIMと診断された28症例(28/92=30.4%の発症率).うち18例がICU退出時にも残存した.うち15例が生存し退院したが,その内訳は CIP 4例,CIM 6例,CIP/CIM 3例であった(2名は十分な検査協力が得られず診断不能であった).

 1年後の予後としては,CIM 6例では,1例は死亡したものの,残りの5例は完全に回復した(3例は3ヶ月以内,2例は6か月以内).3例のCIP/CIMでは,1例は死亡,1例は回復,1例は後遺症として四肢麻痺を認めた.4例のCIPでは,1例は回復,2例は筋力低下が残存し,1例は四肢麻痺のままであった.

 以上より,CIM のほうがCIPを認める症例より予後が良好である可能性が示唆され,両者の鑑別は予後の推定や長期的な療養の計画を立てる上で重要という結果であった.きっちりと電気生理学的検査を行うことが大切である.

JNNP 79; 838-841, 2008

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読書案内(下)

2008年05月11日 | その他
6.医療崩壊

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か

誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実

壊れゆく医師たち

7.統計学(ここをクリックしてください)

8.魅力的なひとびと

多田富雄先生;講義を聴いてとっても感動し,その後,リハビリ問題や能学に関する著作でも感動した.

免疫の意味論

寡黙なる巨人

露の身ながら―往復書簡いのちへの対話

イビチャ・オシム;ただただこの人が好きだ.

オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える

福島孝徳;講義を聴いたことがあるが,とにかくパワフル.

ラストホープ 福島孝徳 「神の手」と呼ばれる世界TOPの脳外科医

マイケルJフォックス

ラッキーマン

松井秀喜

不動心

9.おすすめDVD

ロレンツォのオイル/命の詩【初回生産限定】
ALD(副腎白質ジストロフィー)と親の愛を学ぶ.

宮廷女官 チャングムの誓い 総集編
意外なところで「医のこころ」を学んでしまった.

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読書案内(上)

2008年05月11日 | その他
ブログ内でときどき読んだ本の感想を書いたりしたが,本の一覧を作ってほしいという感想をいただいていた.すべてではないが,まとめておくことにした.参考になれば幸いです.

1.神経内科
(一般向き)
生きる力―神経難病ALS患者たちからのメッセージ
おすすめ.とくに学生さんやレジデントに読んでほしい.

最高のQOLへの挑戦―難病患者ベンさんの事例に学ぶ
私の神経内科の恩師が送って下さった本.

命の番人―難病の弟を救うため最先端医療に挑んだ男
ALSを題材に最新医療について学ぶことができる.

1リットルの涙―難病と闘い続ける少女亜也の日記
脊髄小脳変性症のお話です.

家族のための<認知症>入門
認知症について非常に分かりやすく書かれた本.

「頭痛くらい」で病院へ行こう
頭痛をもつ人にとって必読の書.

(神経内科医向き)
神経症候学〈1〉
神経所見の勉強にはベストの本と思います.

Neurological CPC―順天堂大学脳神経内科臨床・病理カンファレンス
CPCの考え方が良く分かります.ハイレベルな議論です.

European Handbook of Neurological Management
私はよく参考にします.

Localization in Clinical Neurology
解剖学的診断を勉強するうえでスタンダードというべき本.

Scales And Scores In Neurology
神経疾患の診断と治療の評価に参考になります.

臨床睡眠検査マニュアル
神経疾患においてますます重要性が増しているポリソムノグラフィー検査を学ぶのに最適.

神経内科の緩和ケア
緩和ケアも今後,ますます重要だと思います.

2.リハビリ

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方
リハビリに対する考え方が大きく変わります.

高次脳機能障害 どのように対応するか
これもきわめて勉強になります.高次機能障害をもつ患者さんを家族に持つ人にとっても役立ちます.

3.EBM

くすりとエビデンス―「つくる」+「つたえる」 (EBMライブラリー)
新薬を考える上で,理解しておきたい本.

臨床研究デザイン―医学研究における統計入門
みんなが苦労する研究デザインの組み方を学べる本.

4.ガイドライン
ガイドラインを理解した上での診療が不可欠です.

脳卒中治療ガイドライン

ヘルペス脳炎―診療ガイドラインに基づく診断基準と治療指針

細菌性髄膜炎の診療ガイドライン

特発性正常圧水頭症診療ガイドライン

慢性頭痛の診療ガイドライン

5.AI(autopsy imazing)
病理解剖ができにくくなっている昨今,今後,より重要になるとい考えられる画像診断による死亡後の所見確認です.死亡時画像診断のこと.

チーム・バチスタの栄光(上) (宝島社文庫 599)
これでAIを知った人も多かったのでは?ベストセラー推理小説.

死因不明社会
同じ著者の書いたAIの説明書.

100万人のオートプシー・イメージング(Ai)入門
さらに勉強するにはこれがおすすめ.

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抗NMDA受容体脳症をもう少し考えてみる

2008年03月08日 | その他
 前回,抗NMDA受容体脳症を取り上げた.タイトルに「若い女性に好発する」と記載したが,必ずしもそうではないようだ.スペインからの報告で,症例は53歳男性(!).3ヶ月間の経過で,進行性の短期記憶の障害と失見当識,複雑部分発作を認めた.脳波で両側側頭葉の発作波を認め,頭部MRIでは側頭葉内側面に信号異常を認めた.悪性腫瘍の検索では,前立腺生検,睾丸エコー,FDG-PETを含め異常はなかった.辺縁系脳炎と診断され,ステロイドパルスとそれに引き続くステロイド内服,IVIgを行った.治療開始後4週で記銘力および見当識の障害は著明に改善した.MRI所見も改善した.ラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させると,神経細胞の表面と神経突起が陽性に染色された(既報のNR1/NR2 heteromer陽性パターンに合致する).しかしラット海馬スライスから抽出したタンパクを電気泳動後,Western blotしても患者血清は標的抗原を認識しなかった(しかし,市販のNR1ないしNR2を認識する抗体は陽性のバンドを認めた).治療4カ月後の患者血清でラット海馬スライス標本を染色すると,抗体価は10分の1に低下していた.以上より,①この疾患は男性にも生じうる,②悪性腫瘍が検査で見つからない状態でも発症する,③症状・画像所見の改善は抗体価の低下と相関する,とまとめられる.

 上記の免疫染色やWestern blotの所見についてはご理解いただけただろうか?NMDA受容体のことを説明しないと分かりにくいかもしれない.この受容体は,中枢神経系を中心に生体内に広く分布し,リガンドであるグルタミン酸の結合後,陽イオンを透過するイオンチャネル共役型受容体として働く.中枢神経系における興奮性シナプス伝達,シナプス可塑性,神経発達などの神経活動において重要である.構造としてはNR1(GluRζ1)サブユニットと,4種類のNR2サブユニット(NR2A-DとかGluRε1-4と呼ばれる)によって構成される.つまり,NR1 と NR2 のヘテロ2量体が2セットからなる4つのサブユニットにて構成されているのだ.振り返って症例報告の結果を読みなおすと,患者血清に含まれる抗体は,NMDA受容体が神経細胞膜上に存在し,NR1とNR2が結合している状態であれば認識するが,電気泳動をするために蛋白を変性させ,結合していない状態にすると,もはやその抗体は受容体を認識しなくなるということを意味する.

 抗NMDA受容体抗体といえば,今回の奇形腫に合併する辺縁系脳炎が初めてではない.有名なものとして,epilepsia partialis continua(EPC)やRasmussen 脳炎,そして本邦において報告された辺縁系脳炎で,抗 GluRε2 抗体が血清・髄液中で検出されるという報告が過去にある.この場合は,NR2のひとつのサブユニットを認識しているというわけだが,今回注目を集めている抗体とは異なり,別の病態・疾患と考えることができるようだ.今後の興味は,今回報告されたNMDA受容体のうち,NR1/NR2 heteromerを特異的に認識する自己抗体が出現する脳症が,どのような臨床表現型を持つのか(単一か,多様性を持つのか),またどのような治療を行うべきかに移るわけだ.

 さて3月1日に行われた日本神経学会関東地方会では,抗NMDA受容体脳症に関連した演題が全部で4題報告された.こんなに症例が存在するのか,もしくは病気にもトレンドがあるのかなど不思議に感じた.具体的には,実際の舌ジスキネジアのビデオが提示され,かなり激しい不随意運動であることが分かり驚いたり,今回の論文症例と同様,IVIgとステロイドパルスの併用が有効であった症例の報告があったり,普通にラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させても陽性に染まらないが,Triton Xでスライスを処理すると(つまり細胞膜を抗体が通過しやすくすると),初めて神経細胞内が陽性に染まるケースがあったりした(最後の症例は,細胞内に存在するNMDA受容体のC末端は認識するが,細胞外のN末端を認識しない抗体を持つということである).また前述の抗 GluRε2 抗体が陽性で,甲状腺癌を認めた辺縁系脳炎の報告もあった.いずれにしてもこのような辺縁系脳炎が存在することを認識し,悪性腫瘍の検索しあれば早期に除去すること,また場合によっては強力な免疫抑制療法(血漿交換やリツキシマブが必要な症例も存在するのではないかという意見も出た)も検討することが大切なようだ.

Neurology 70; 728729, 2008 
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若い女性に好発する脳症の正体

2008年02月24日 | その他
 医師としての経験の中で忘れられない患者さんがいる.大抵,うまく治療ができ,予想通りの転帰をとった患者さんではない.10年ほど前に経験したその患者さんは,20歳代後半の女性で,精神症状にて発症し,意識障害を呈し,他院から紹介されてきた.頭部MRIから辺縁系脳炎を疑った.非ヘルペス性で,腫瘍も見つからなかった.抗ウイルス薬やステロイド・パルスを使って治療を試みたが,けいれん重積状態,人工呼吸器管理になり,ほどなく平坦脳波になった.小さいお子さんも同席した夫への病状説明で,厳しい予後(最低でも植物状態)であることをお話したときのことは鮮明に覚えている.ただその患者さんを忘れられない理由は,その後,特別な治療もなしに,比較的短期間ののち軽度の記憶障害を残す程度に回復し歩いて自宅退院したためである.もちろん家族は大喜びだが,病状説明と実際の転帰のギャップには戸惑っただろう.自分自身,「きっと藪医者に見えたはず」と落ち込んだが,重症でありながら自然に回復したあの病気は何だったのだろうとずっと気になっていた.本邦において,精神症状にて初発し,比較的若年女性に好発し,可逆性の経過をとる辺縁系脳炎は,その後,湯浅らによりacute reversible limbic encephalitis(ARLE)と呼称されたが,その病態はなかなか分からない状態が続いた.

 今回,Nuerology誌に自験例と同様の経過を辿った脳炎4症例が北里大学より報告された.いずれも女性(平均25.8歳)で,原因不明の「若年性急性非ヘルペス性脳炎」と診断されていた(この脳炎にはいろいろな名称がある).いずれの症例もウイルス感染様の前駆症状(発熱・頭痛・全身倦怠感)を認め,精神症状,低換気,てんかん発作を呈し,うち2例は,6ないし9ヶ月間の人工呼吸器管理を要した.のちに口腔顔面ジスキネジアと治療抵抗性の不随意運動を呈した.検査所見では非特異的な髄液細胞数増加のみで,頭部MRIでは異常を認めないか,海馬を中心とする軽度の信号変化のみであった.いずれの症例も劇的に認知機能が改善した.以上より,経過としては,①前駆症状期,②精神症状期(無気力・うつ・認知障害・精神病様症状),③無反応期(カタレプシー様・眼球運動なし),④多動期(口腔顔面ジスキネジア,手指のアテトーゼ・ジストニア様運動など)に分けることができた.

 2005年頃から卵巣奇形腫を有する脳炎(ovarian teratoma-associated encephalitis)が報告されていた.これは治療反応性の傍腫瘍性脳炎で,抗NMDA受容体(NR1/NR2 heteromer)抗体が原因であるが,この疾患と上記4症例が臨床的に類似することから,保存血清・髄液を用いて抗NMDA受容体抗体を調べたところ,急性期にはいずれも陽性で,長期経過観察後では陰性であった.脳炎ののち4~7年後に,3例で卵巣奇形腫を発症したことも判明した.以上より,①ARLEの少なくとも一部は抗NMDA受容体抗体陽性脳症であること,②重症ながら可逆性で,数年ののち卵巣奇形腫が発見させること,③腫瘍の切除なしでも回復しうるが,重症度や症状の持続期間が長かったことを考えると腫瘍切除を行うべき可能性があることが示唆された.

 さらに著者らはJNNP誌にも18歳の抗NMDA受容体抗体陽性脳症1例を報告し,①(血清ではなく)髄液の抗NMDA受容体抗体価が臨床症状と相関すること,②患者血清が卵巣奇形腫のNMDA受容体発現部位に反応すること,③奇形腫切除と血漿交換・ステロイドにより速やかな回復が得られたこと,を報告した.今後,同様の症例を経験した時の治療方法を考える上でとても貴重な症例になるものと考えられる.

 あの患者さんにその後,奇形腫が出現したのかまだ確認したわけではないが,論文を読んで喉のつかえが10年ぶりに取れたような気がした.今後,早期の治療法の確立が望まれる.

Neurology 70; 504-511, 2008  
JNNP 79; 324-326, 2008 
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神経線維腫症 1 型における頚髄圧迫病変

2007年12月02日 | その他
 神経線維腫症Ⅰ型(neurofibromatosis type1;NF1,レックリングハウゼン病)はカフェ・オ・レ斑,神経線維腫を主徴とし,骨・眼病変,神経腫瘍など多彩な症候を呈する常染色体性優性の遺伝子絵全身性母斑症である.原因遺伝子は17q11.2に存在し,neurofibrominをコードする遺伝子である.皮膚の神経線維腫は思春期頃より全身に多発するが,末梢神経内の神経線維腫(nodular plexiform neurofibroma)やびまん性の神経線維腫(diffuse plexiform neurofibroma)がみられることもある。一般に生命予後は比較的良く,中枢病変や神経線維腫が悪性化(malignant peripheral nerve sheath tumor; MPNST)する頻度は数パーセント以下と言われている.本邦の平成元年の調査では,NF1患者数は約 4万人前後と推定されている.NF1に関して主治医の先生にぜひ忘れないでいただきたい合併症がある.それはplexiform neurofibromaによる頚髄圧迫による四肢麻痺である.この病態は文献的にはほとんど記載がないものの個人的には経験がある.今回,13名のcase seriesが報告されたので紹介し,注意喚起を促したい.
 
 方法はretrospective studyで,期間は約10年間,検討施設は米Washington大および英Guy’s and St Thomas病院の2施設である.約1500名のカルテを検討し,結果として13名(1%弱;9~61歳,平均25歳)に plexiform neurofibromaによる頚髄圧迫を確認した.症状は進行性の四肢麻痺が7名,対麻痺3名,尿失禁1名,頚部痛3名であった.なぜかわからないが,圧迫部位はC2-C3が圧倒的に多かった.治療としては,13名中11名で椎弓切除術とneurofibromaの部分切除を行い,術後平均28ヶ月の経過観察を行った.2例で腫瘍再成長に伴う再手術を要したが,大半の症例では手術により神経症状が回復し,症状が悪化するということはなかった.神経画像所見による圧迫の程度と臨床症状は必ずしもパラレルではなく,画像よりも神経所見が手術のタイミングの決定に重要と考えられた.

 もしNF1の患者さんの経過観察中に四肢の筋力低下が出現したら,上位頚髄を左右から圧迫するような病変がないか確認してほしい.この病変に気がつけば,続発する四肢麻痺や呼吸不全の合併を防ぐことが可能となる.

JNNP 78; 1404-1406, 2007 
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右に曲がるつもりが,左に曲がってしまう!?(Conflict of intentionsとは?)

2007年09月16日 | その他
 「右に曲がるつもりが,左に曲がってしまった」「ドアを開けるつもりが,窓を開けてしまった」「座るつもりが立ってしまった」「うどんをゆでるつもりが,ご飯を炊いてしまった」・・・このような意図に反した行動をとってしまうという何とも摩訶不思議な現象が脳梁の部分的な離断症状で生じる.
 
 脳梁は左右大脳半球を連絡する最大の交連線維で,約2億本以上の神経線維からなる.つまり,左右大脳半球の情報を相互に連絡し,協調する働きがあるため,その障害・切断により様々な症候が生じる(脳梁離断症状).脳梁を損傷する疾患としては,脳血管障害(脳梁辺縁動脈や脳梁周囲動脈の閉塞),脳腫瘍,外傷,外科手術,Marchiafava-Bignami病,多発性硬化症などがあるが,これらの疾患では部分的脳梁離断が生じることがあり,その結果,脳梁離断症状の一部が出現する.部分的脳梁離断の範囲を多数例で検討することにより,特定の大脳半球の機能が,脳梁のどこを通るかを明らかにする試みがなされている.また近年はMR tractographyがそれらの研究に用いられている.

 次に脳梁の損傷で生じることが知られている「行為・行動の抑制障害」について記載する.以下の3種類が有名であるが,いずれの症状も一側性に出現するという特徴がある.
1. Diagonistic dyspraxia(拮抗失行)
右手の意図的な動作,または両手動作の際,右手の動作と同時または交互に,左手が反対目的の動作やさまざまの無関係な動作を行う現象;脳梁全切断など脳梁が広範囲に損傷された場合生じる
2. Intermanual conflict
左手が反対目的の動作をすること(しばしば拮抗失行と同義に用いられる)
3. Compulsive manipulation of tools(道具の強迫的使用)
右手が眼前に置かれたものを意志に反して強迫的に使用してしまう現象;脳梁膝部?

 ここでDiagonistic dyspraxiaの原著をひも解いてみると(Akelaitis AJ. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945),てんかんに対する脳梁離断術後32ないし36日経過した後,intermanual conflictに加え,「座位から立ち上がろうとしたが,また座ってしまう」,「窓を開けようと窓に向って歩こうとしたら,反対にドアのほうに行ってしまう」といった,意図して行おうとした行為が,一側性でない別の全身の行為により妨げられた2症例の記載がある.ここでDiagonistic dyspraxiaは,手の動きの異常のみではないのではないか?というアイデアが生まれる.

 実はこのロジカル・フローは私のものではなく,次に紹介する論文の受け売りである(Nishikawa T et al. JNNP 71; 462-471, 2001).この論文では,部分的脳梁離断(2例が脳梗塞,1例が脳腫瘍術後)により,意図して行おうとした行為が,別の全身の行為により妨げられた3症例を報告している.この3例とAkelaitis AJの2例,その他文献の2例の計7例を集積し,この奇妙な行動異常をConflict of intentionsと命名している.論文の考察をまとめると以下のとおりである.

1. 全例で少なくとも脳梁体の後半分に病変を認め,1例を除き皮質病変を認めない.
2. 脳梁障害の4~8週間後に出現する → 脳梁離断後の半球機能の再構成の際に生じる?
3. 自発的運動の最中に生じるものであり,オートメーション化された行為の最中は生じない.また命令された行為の最中でも生じない.
4. 全例で行為の異常を自覚している.
5. これまで見逃されてきたのは,稀な病変により生じること,精神科疾患と混同されうること,検査で異常を示しにくいこと,が可能性として考えられる.

 文献を渉猟した範囲では,Nishikawaらの報告以降,Conflict of intentionsの報告はない.どのような機序で出現するのかについてもまだ分かっていないが,意識される意図は左大脳半球が関与していると考えられ,意識されない右半球の「意図」との競合があるのかもしれないという考察を教科書(高次脳機能障害―その概念と画像診断)の記載に見つけた.脳の不思議を実感する症状であるし,このような現象をきちんと記述し,考察した臨床力に脱帽である.

Akelaitis AJ. Studies on the corpus callosum. Diagonistic dyspraxia in epileptics following partial and complete section of the corpus callosum. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945

Nishikawa T et al. Conflict of intentions due to callosal disconnection. JNNP 71; 462-471, 2001

高次脳機能障害―その概念と画像診断 ← 画像が豊富で,高次機能を勉強するのにとても良いテキストだと思う
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アセチルコリン受容体抗体は自律神経障害を起こす!

2007年06月03日 | その他
 まず自律神経系の節前,節後線維における伝達物質についておさらいしたい.交感神経,副交感神経とも,神経節におけるシナプス伝達はアセチルコリン(Ach)によって行なわれている.交感神経の節後線維末端からはノルアドレナリンが支配する臓器に対して分泌されている.副交感神経節後線維の作用はAchにより伝達される(ただし例外として汗腺を支配する交感神経節後線維の伝達物質はAchである).

 Mayo ClinicのLowらは先日行われた米国神経学会(AAN)のplenary sessionのひとつで(Frontiers in Clinical Neurscience plenary session),自己免疫性の自律神経節障害autoimmune autonomic ganglionopathy(AAG)について紹介した.この病気はautoimmune autonomic neuropathyとかacute pandysautonomiaとも呼ばれてきた病気だが,日本ではあまり認識されてなかったのではないだろうか.症状としては交感神経系の障害(起立性低血圧OH,無汗症),副交感神経系の障害(脈拍変動異常,口渇,瞳孔収縮の異常),胃腸運動障害などを呈する.急性発症する症例以外にも慢性の経過をたどる症例もあり,この場合,変性疾患(Bannisterが唱えたPAF; pure autonomic failureとか,Shy-Drager症候群との鑑別が必要になる).

 AAGでは約半数の症例に自律神経節に存在するneuronal nicotinic acetyl-choline receptor(ganglionic AchR)に対する自己抗体が検出されることが報告されている.最新号のNeurologyではこの自己抗体が本当にAAGの病因であることを証明するin vitro実験が報告されている.ヒト培養細胞であるIMR-32細胞を用いて,パッチクランプ法によりganglionic AchR電流を記録し,AAG患者由来IgGを加えた場合の電流の変化を調べる実験だ.結果としては,7例のAAG患者IgGすべてがこの電流を抑制し,その効果は濃度依存性,かつ温度依存性であった(低温で抑制効果は減弱する).一方,健常者やMG・LEMS患者IgGではこの抑制効果は認められなかった.つまり患者IgGがAAGの原因である可能性が示唆され,ganglionic AchRの機能変化がその病態であると考えられた.

 一方,臨床的にはこの自己抗体価の程度によって,臨床像に違いが生じることも分かっている.具体的には以下の4タイプに分けられるそうだ.

① autonomic and paraneoplastic autonomic ganglionopathy(pandyssutonomia)
抗体価が高い場合のタイプ.症候としてAdie pupil,Sicca syndrome,神経因性膀胱,消化器症状,OH,汗腺異常を呈する
② pure automnomic failure
抗体価はさほど高くない場合のタイプ.汗腺異常と神経因性膀胱(軽度)を生じる.
③ chronic idiopathic anhidrosis
中等度の抗体価で,亜急性発症するが汗腺異常のみ.
④ postural orthostatic tachycardia syndrome
低抗体価の場合に生じ,起立性調節障害と頻脈,消化器症状を呈する.

 さて治療であるが,まずこれらの疾患では,高血圧を悪化させずにOHを改善させる必要がある.FDAで認められているのはmidodrineのみだが,supine hypertensionを増悪させる点が問題である.みんなが考えるであろうpyridostigmine(コリンエステラーゼ阻害剤)は,経験的には改善効果があるとLow先生は述べていた.現在ランダム化試験中とのことであった.いずれにしても治療できる可能性があることから,自律神経障害を主徴とする症例では鑑別に挙げるべき疾患といえよう.

Neurology 2007; 68; 1917-1921
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