Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ハダカデバネズミの特殊能力と脳梗塞治療

2017年05月09日 | 脳血管障害
Science誌に「ハダカデバネズミ」というネズミが,無酸素状態になんと18分もさらされても,脳の障害もなく回復することが報告され,この機序の解明が,脳梗塞や心筋梗塞の治療に応用可能かもしれないということで話題になっている.論文も面白かったのだが,このネズミの「変な生きものぶり」にとても関心を持った.

【ハダカデバネズミの特徴】
岩波科学ライブラリーの「ハダカデバネズミ」によると,成体でも体長は10センチと小柄.体温はマウスより5℃低い32℃と低体温,かつ体温調節ができない変温動物である.名前の通り,体毛がなく,薄いピンク色をしたしわくちゃの皮膚で,出っ歯である(図左上).裸なのは寄生虫にたかられるのを防ぐため,出っ歯なのはトンネルを採掘するためらしい.もともと東アフリカの乾燥地域に生息していたが,地下に全長3キロにも及ぶトンネルを掘っていたそうだ.英語ではnaked mole ratと呼ばれるが,moleはモグラの意味である.

80匹程度の群れで暮らすが,アリやハチのように女王を頂点とした社会を作る.哺乳類としては極めて珍しい.さらになんと17種類もの鳴き声を使い分けて,視覚が役に立たない地下トンネルの中でコミニュケーションをとっている.女王は王様に交尾を要求する鳴き声も持つ.これを聞いた王様は交尾を拒否することはできない.しかし交尾すればするほど王様は痩せ衰えてしまう(図左下).

【ハダカデバネズミの特殊能力】
ハダカデバネズミは非常に興味深い以下の特殊能力がある.

①長寿かつ不老である.
マウスの寿命は2~3年なのに,ハダカデバネズミは平均28年,最長40 歳を超えて生存可能.かつその生存期間の8割以上の期間において,老化の兆候をほとんど示さない.よって老化の研究に使用されている.

②極めて腫瘍が発生しにくいというがん化耐性をもつ.
「ハダカデバネズミ」から日本において,iPS細胞が作成されたが,この細胞も奇形腫を作らなかった(がん化しなかった).この機序が研究され,がん抑制遺伝子ARFの活性化とがん遺伝子ERASの機能欠失のためであることが明らかにされた(Nat Commun. 2016;7:11471).

③低酸素状態にとても強い.
これは前述のように地中の巣穴で生活することと関連がある.巣穴に住む利点は捕食者が侵入できないこと,地表に比べて寒暖の差が1年を通して小さいことであるが,逆に新鮮な空気に乏しいという悪条件である.これに適応するため,進化の過程で,低酸素に耐性を獲得したものと考えられている.

【低酸素に耐えられる仕組み】
人間の場合,酸素濃度が10%を切れば死亡するが,今回の米イリノイ大学シカゴ校からの論文では,酸素濃度5%で実験を開始.しかしこの状態に数時間置かれても影響なし.次に酸素濃度を0%にしたところ,動きが止まり一種の仮死状態になり,心拍数も毎分200回から50回以下に劇的に低下したものの,そのまま18時間生存し,酸素を戻すと完全に元の状態に戻った.

普通,動物はブドウ糖のみを脳の栄養源として取り込む.取り込みには,ブドウ糖の輸送タンパクGLUT1が使われる.細胞内への取り込み→解糖系(細胞質・酸素不要)→呼吸(ミトコンドリア・酸素消費)という流れで行われる.酸素が必要になるのは最後の「呼吸」である.ただし無酸素下では呼吸から,上流の解糖系の流れを止めるネガティブ・フィードバックが働く.結果として,細胞のエネルギー源であるATPの生成は止まり,神経細胞は死に至る.

今回の論文は,低酸素に対する耐性のメカニズムを以下のように明らかにした.(1)ハダカデバネズミは,フルクトース(果糖)を脳に取り込みことができる輸送タンパクGLUT5を持ち,その発現量は通常のマウスよりはるかに多い.そして無酸素下で血中のフルクトース濃度が上昇,ketohexokinase(KHK)が活性化し,その結果,脳内では代謝産物のF-1-Pが上昇する.(2)そしてジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)やグリセルアルデヒド3リン酸(GA3P)を経て,解糖系の下流につながる.このような抜け道につながる酵素群をハダカデバネズミは持っている.しかもそのつながる部位が絶妙で,ネガティブ・フィードバックのかかるphosphofructokinase(PFK)より下流であるため,その影響を受けることがない.よって,GLUT5とネガティブ・フィードバックの回避という2つの機序により,酸素がなくてもフルクトースを使うことで,ATPを生成することができる.そして(3)実際に海馬スライス培養における興奮性シナプス後場電位,ならびにランゲンドルフ法心臓灌流による左室圧(Left ventricular developed pressure)の評価で,ハダカデバネズミの海馬,心臓ではブドウ糖を果糖に置換しても機能することが確認されている.

【ヒトの治療に応用できるか?】
酸素の供給が低下した時に,フルクトースを使った代謝系に切り替えることがヒトでもできれば,脳梗塞や心筋梗塞を起こした患者の症状を軽減できる可能性はある.また著者らはインタビューに答え「低酸素状態になった時に脳に果糖を供給するだけでも助けになるかもしれない」と述べている.本当か?と思い,文献を調べてみると,マウスの局所虚血モデル(永久閉塞)の6週前から餌をショ糖から果糖やほかの人工甘味料に切り替えて,その影響を調べた論文が報告されてた.この結果,虚血3日後,果糖群では脳梗塞サイズや運動機能はむしろ増悪していた.この機序としては血管内皮前駆細胞機能が低下し血管新生が阻害されることが原因であると報告している(Stroke 46;1714-8, 2015).そもそも単糖はリング状の構造が開環し生体の蛋白を「糖化」し,グルコースの場合,糖尿病合併症を来すが,フルクトースはグルコースの300倍開環しやすく,生体に危険であると言われてきた.ハダカデバネズミが進化の過程で得たフルクトースを生存に活かすという特殊能力を,人間が利用するのはそう簡単ではないように思われる.

Science. 2017 Apr 21;356(6335):307-311




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