Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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神経疾患と自動車運転

2015年05月29日 | 医学と医療
第56回神経学会学術大会では「社会の中の神経学」がテーマであったが,表題のシンポジウムを佐賀大学の原英夫教授と企画させていただいた.大変勉強になった.以下,要点をまとめたい.

1.認知症と運転(佐賀大学・堀川悦夫先生)
【認知症患者では交通事故発生率が高くなるというエビデンスがある】
アルツハイマー病(AD)の交通事故発生率は,通常の2.5倍というエビデンスがある.認知症の進行で発生率はさらに増加する.Johansson(1997)によると交通事故死亡高齢者の剖検で,半数がADで,ApoEサブタイプはε4が有意に高いと報告されている.運転中枢の研究も行われており,楔前部や帯状回の血流と事故の回数は,負の相関をするという報告がある.MCI(軽度認知障害)の人の運転については今後の検討が必要である.

【患者さんに運転は危ないというだけでは納得してもらえない】
運転の可否を判断できるGold standardとなる検査が現状ではない.運転機能評価法とその基準値を作成する必要がある.また代替交通機関を紹介するなども必要である.検査の方法としては,神経心理検査,運転シミュレーター,実車運転評価,常時記録ドライブレコーダー,脳機能研究応用が考えられる.ちなみに運転シミュレーターでは運転態度,側方注意,ハンドル操作誤差率が認知機能と相関する.また運転シミュレーターと実車運転評価では,結果に解離があることがわかっている(前者のほうが課題として難しい).

2.睡眠障害と自動車運転(東京医科大学・井上雄一先生)
【注目すべきは睡眠不足やシフトワーカーである】
社会的に,睡眠時無呼吸症候群(SAS)やナルコレプシー患者さんにおける自動車運転に注目が集まっているが,むしろ睡眠不足や交代制勤務者(シフトワーカー)を注目すべきである.対象者は圧倒的に多く,十分な対策を取る必要がある.
SASでは無呼吸・低呼吸指数(AHI)40/h以上,エプワース睡眠尺度(ESS)16点以上(重度過眠症)で事故のリスクが高くなる.しかし,CPAP(鼻マスク式の人工呼吸器)を用いてきちんと治療すれば事故は減らせることが,メタ解析レベルのエビデンスとして確立している.ただし罹病期間が長期に及ぶ人は,眠気を過小評価する傾向にあるため複数回の事故につながる.このような症例をどのようにスクリーニングするかが重要.
ナルコレプシーは若年発症するので,運転免許を取らない人が多く,またモディオダールによる治療で眠気を抑えられることが多い.

【眠気を客観的に評価する検査づくりが必要】
検査として,MSLT(睡眠潜時反復検査)と,MWT(覚醒維持検査)がある.MSLTは,2時間おきに計5回検査を実施し,眠気の程度を評価する.MWTは眠気を誘う状況下において,我慢して起きていられる能力を判定する.2時間ごとに4回,薄暗いお部屋の中で座イスに座り,眼を開けたまままっすぐ前を見て安静に過ごす.健康保険適応がない.MWTで重症な人ほど,交通事故が多い.現在,日本睡眠学会では日本人の基準値を作成中で,運転不可能な眠気水準のカットオフ値を作成することを目指している.

3.てんかん(東京医科歯科大学・松浦雅人先生)
【悲惨な交通事故に伴う厳罰化は患者を追い込む】
てんかん患者による交通事故を契機として,2013年に改正道路交通法と新しい特別刑法(自動車運転視床行為処罰法)が施行された.前者では運転免許申請時や更新時の病状報告書が義務化され,「交通事故を引き起こす危険性が高いと認められる患者を診察し,免許を受けていることを知った医師は,診断結果を公安委員会に届け出ることができる」制度が新設された.特別刑法は病気を理由に刑罰を加重するもので,アルコール,薬物と同様に,「一定の病気の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し,人を負傷させた者は12年以下の懲役,人を死亡させた者は15年以下の懲役に処す」とするものである.このような厳罰化が無謀運転を抑止するかは疑問であり,むしろ病院を受診しないリスクドライバーが潜行し,悪質運転が増える可能性もある.法律が厳しすぎると患者を追い込んでいくというエビデンスがある.

【運転免許取得に必要な,てんかんの無発作期間2年間は長すぎる】
欧州の多くの国では,運転免許取得に必要な,てんかんの無発作期間を1年としている.同様に米国の多くの州では,1年かそれ未満である.この根拠として,初回発作の場合,再発のほとんどが1年以内に起こるエビデンスがあるためである.日本の2年は長すぎるため,世界と同様に1年にすべきである.また医師の治療の変更の結果,てんかん発作が生じた場合には,抗てんかん薬をもとに戻して発作が起きなければ,運転は行って良いことにすべきである.

4.パーキンソン病(埼玉医科大学・荒木信夫先生)
【パーキンソン病(PD)はさまざまな原因で自動車運転が困難になりうる】
PDでは,まずドパミンアゴニストを内服している場合,眠気をもたらすため運転は禁止である.またPD自体も,運動障害,思考の緩徐化,感覚鈍麻,視覚処理の遅延により運転が困難になる.
アンケート調査の結果,自動車運転をするPD患者さんの4人に1人は事故の経験があった.追突事故が多い.4割が運転に困難を感じていた.多くの人は夕方に事故を起こしていて,明暗が運転に影響する可能性がある.
路上運転で評価した報告では,PD患者は健常者と比較して,車線変更,駐車,反転が困難で,信号見落としが多い.また運転シミュレーターを用いた報告では,進行したPD患者(H-YステージⅢ)では初期の患者(H-YステージⅠ)と比較して,反応時間が遅延し,ミスが増加することが報告されている.路上テストやシミュレーターでは,運転能力に問題があることがわかるが,それに対して神経内科医は運転能力を高く評価してしまう傾向がある.正しい評価法を導入する必要がある.

5.現行法の解釈と医療現場の対応(滋賀医科大学・一杉正仁先生)
【運転中の急な体調変化も,交通事故の原因として重要】
運転中の急な体調変化も交通事故の原因となる(原因の約1割を占める).原因疾患としては.脳卒中が最多で,2位の心疾患と合わせ原因の半分を占める.その他,失神,消化器疾患,めまい,精神疾患も原因となり,比較的軽微なものであっても原因となる.よって,認知症,睡眠疾患,睡眠疾患,PDだけでなく,すべての病気で適切な治療,コントロールが行われる必要がある.
また運転は認知,判断,運動能力が必要であるが,適切な判断が行われれば安全に自動車運転は可能である.

6.個人的なまとめ
自動車運転の可否を正しく判断する検査(運転シミュレーター検査,実車運転検査)を早期に確立し,運転が可能な人をきちんと見出すこと,そして適切な指導・治療により,病気であっても運転可能な人には安全に運転をしていただくことが大切である.厳しすぎる法律は,患者さんを医療機関から遠ざけることになり,無治療で運転する人を増やし,却って交通事故の危険度を上げてしまう.また都市部に住んでいない人には自動車は生活に不可欠のものとなっていることから,運転ができなくなった場合の交通代替手段の整備も検討する必要がある.
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