↑何も書いていない「主婦日記」。これも記録。
何か障害があって普段の生活が送れないと、
いつも以上に無性にいろんなことをやりたくなるものですね。
今はお風呂に浸かること、
特にゆっくり浸かるのは厳禁。
そう言われると、無性にお風呂が恋しくなる。
日頃はシャワーでちゃっちゃと片付けてしまいたい派なのにです。
しっかり化粧水を顔に塗りたい。
スイミングも超ハードなのでちょっとへこたれ気味だったのに、
泳ぎたくて仕方がない。
紅玉をたくさん買い込んだばかりだったので、
風味が落ちる前に早く紅玉を使ってやりたい。
ハワイアンキルトのキルティングの仕上げの時期だったから、
仕上げたい。
手紙を書きたい人が何人もいたから、
書いて出したい。
涼しくなって、庭師さんも入って、
庭がスッキリしたところで、
春のための準備もしたい。
こんな風なウィッシュリストを作れば、
色々出てくる出てくる。
それを書き出してると、
ちょっとずつ気持ちが元気になってくるから不思議です。
ああ、あれもやらなくちゃ、これもやらなくっちゃという感じではなくて、
日々やってたことが無性に懐かしいというか・・・。
心臓の手術前で色々できないことがありましたが、
その時の「したい感」とは違うんですね。
あの時は、心臓が治ったら、
新しいことへのチャレンジを色々考えてました。
でも今回は、当たり前に日々やってたことが無性にやりたいのです。
面白いですね。
ところが、
一昨日、初めて仕事に行った夜のこと、
骨折以来一番強い痛みが襲ってきて、
夜も寝られない状態になりました。
動かしてないと思ってましたけど、
家にいる時とは違いますね。
また行き帰りのバッグも重すぎたのかな。
週末、病院へ。
当たり前ですが、もう少し安静にするよう釘を刺されました。
ウィッシュリストを作ることが、そのまま「目の前に下がった人参」になっているわたし。
だからこそ、早く骨をくっつけるために焦らず丁寧に日々を送ること、
体と気持ちのバランスをとりながらうまく過ごすことを目標としたいと思います。
いつでもどこでもチャレンジですネ。
話は変わりますが、
今日朝は、教会学校でのお話が当たっています。
骨は折れてても、口は動きますからね。
聖書の箇所は、なんと「逃げるエリヤ」。
旧約聖書「列王記上19章」のお話です。
旧約聖書最大の預言者と言われるエリヤ。
二十数年前、イスラエルを旅した時、エリヤ活躍当時の王、アハブ王の権勢を感じるいくつかの遺跡を見ました。
今でもその王様の作ったものが残ってるんですよ!
異教の神々バアルを拝む王であったアハブに対抗し、
カルメル山でバアルの預言者たちとの信仰的な戦いを行い、大勝利をおさめたエリヤでしたが、
その後、アハブ王のお妃のイゼベルに「お前を殺す」と使者を送られ、
あの勝利の高揚感は何処へやら。
無力感と挫折感に襲われ、
南へ南へ逃げていくのです。
詳しい内容は割愛しますが、
簡単に言えば、
そんなに偉大な預言者も、怖い女の一声に震え上がり、
逃避行をするんです。
人ってそんなものだし、
泣き言も言う。
しかし、神様に泣き言を言い、
「もう命を取ってください」とまで言ったエリヤに、
神様は食事を備え、少しずつ元気を取り戻させてくださいました。
もちろんエリヤとわたしを同等には置けませんが、
何だか共感する部分も多く、
神がエリヤに言われた「起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐えがたいからだ」との言葉は、
心に沁みました。
その後、エリヤは起きて食べ、飲み、その食べ物に力づけられて40日40夜歩き続けて、ついに神の山ホレブ(シナイ山)に着き、
そこで新しい使命を与えられるのです。
お話の準備をしながら、
なんだかかんだか色々と聖書からも元気をいただきました〜。
あ、
この旧約聖書の列王記、歴代誌あたりは、
分裂王国時代(ダビデ王、ソロモン王の後)の様々な王や預言者が出てきて、
大変興味深いですよ〜。
ブログを書く励みになります。
無理している感じでもなくて、気持ちはどちらかと言うと前向きかな。
まあ、これまでも色々やらかした経験から、立ち直りが早いのかもですね。
そうそう、でもそうは言っても、ちょっとしたことでへこたれそうにもなります。そんな時に、ちょうどぴったりな聖書の言葉。
これだからクリスチャンはやめられませんわ!(笑)
「あ!普段こんなにいろんなことを当たり前にやっていたんだな」と思いますよね。
でも経験上、あれやりたいこれやりたいって思えるっていい傾向!
本当に滅入ってしまっているときって、
マイナスマイナスなことばかり頭にありますもん☆彡
聖書、神様からのメッセージだったのでしょうか(^^♪
わたしの書いてる聖書のお話、そんな風に読んでくださってありがたいです。
お気付きの通り、「歴史書」と言う事ができると思います。
歴史は歴史でも、聖書は一言で言うと「神の救いの歴史書」。
たまたま主人公がイスラエルの民であるだけなんですけど、人間の側から見れば、旧約聖書は、特にユダヤ民族の歴史書みたいなんですよ。
信仰の書といえど「世界で一番読まれている書物」でもありますから、教養の一環として読み物として読むのもとても意味のある事だと思います。
ああ、あれもしたいな、これもしたいなと思ってたところ、それを箇条書きにして書いてると、だんだん心が落ち着いてきたんです。「あ、これってウィッシュリスト?」って後で思った次第。
「日々のさもない事が大事」、栗原はるみさんの言葉だったような気がします。
そうですね。記録って大事。
「この手帳を何に使うか」ってことをしっかり決めておくと、手帳ってスッキリ続けられるような気がします。
骨がくっついたあとはリハビリも待っているでしょうから、ここ一つ我慢でお願いします😊
まんじゅう顔さんが時々ご紹介下さる聖書のお話。興味深く読ませていただいてます。
私は過去触れたことがなかったのですが、娘と訪問したミッション系の大学でパラパラとですが、読んでみたんです。
歴史物みたいな印象を受けました。最近は、読み物として一冊あっても良いのでは?なんて思い始めてる私です😅
痛みはお辛かったですね。
お仕事も無理なさらずに。
ウィッシュリスト、いいですね。
私の場合は、日常がいかに大事か、折に実感するも日々の忙しさに頭から離れて、の繰り返しです。
来年は記録という概念で
手帳に記入したいものです。
おだいじに。