ライトノベルセレクト
『チンタラ電車と女学生』
「あんな血色のええ子はおらなんだなあ……」
芝居を見てからずっと無口やったお母ちゃんが、発車待ちの近鉄電車のシルバーシートで、吐息混じりに言うた。
うちは昭和25年の生まれやから、戦時中のことは分からへん。そやけど、今日の芝居には違和感があった。うちらが子供やった昭和30年代の初めごろでも、あんな子らはおらんかった。胴長短足で、今の子みたいにスタイルようて、顎のシュっとした子はおらんかったように思う。四角い顎して、水洟垂らして、いっつもお腹減らしてた。学校は二部授業……て、分かるやろか?
全校生が2000人ほどもおって、全生徒が学校に入りきらへんので、朝組と昼組に分かれて授業してた。それでも一クラス50人以上もおってすし詰めやった。そんでも一学期の始業式の時に、担任の先生は、全員の顔と名前覚えてたんで、子供心にもびっくりしたん覚えてる。
今日は、孫の奈美が戦時中のチンチン電車の車掌の役で芝居に出る言うんで、86歳のお母ちゃんが奈美の舞台姿見たいいうのんで、午前中お医者さんに診てもろてOKもろて観にいった。
「奈美、元気に台詞しゃべって、頑張ってるなあ」
中入りの時にお母ちゃんがもらした一言。とりあえずは、ひ孫の熱演には惜しみない拍手をしてた。
「ようやった、ようやった、かいらしい、かいらしい」
拍手しながらお母ちゃんは喜んでた。で、上機嫌のまんま上六に着くと、榛原行の準急が出てしもうたあとで、各停にしか乗られへんかった。発車までには十分以上あるんで、お母ちゃんは頭の中で、今観た芝居を反芻してるみたいやった。
「あんな力んでたら、長い勤務時間もたへんで。適当に力抜きながらやったもんやけどなあ」
お母ちゃんも戦時中、市電の車掌をやってた。あと一か月で運転手になれるいうとこで終戦。9月の半ばには男の職員が復員し始めて、お母ちゃんの市電勤務は半年足らずで終わったらしい。奈美への感動がおさまると、うちと同じ違和感が湧いてきたらしい。
「ポールの切り替え見せて欲しかったなあ」
「なに、ポールの切り替えて?」
「車線やら路線変更するときは、車掌が降りて、フック付の竹ざおでポール……架線から電気とるアンテナみたいなやつ。あれ切り替えるのん、お母ちゃんうまかったんやで。こうやってな、腰で……アイタタ」
「調子のって無理したらあかんで」
「ハハ、せやな」
――お客様にお伝えします。○○駅での人身事故のため、各車両とも発車時間が遅れております。おいそぎのところ申し訳ありませんが、発車まで、今しばらくお待ちください――
「こら、チンタラ電車になりそうやな」
「うまいこと言うなあ、お母ちゃん」
「大阪の客は口悪いさかいな、よう言われたわ。せやからポールの切り替え……あかん、また腰いわすわ」
チンタラ電車いうたら、うちらが高校生やったころも市電はチンタラやった。当時は道路事情が悪いとこにもってきて、車が多て、市電はほんまにチンタラしてた。おまけに冷房なんかあらへんよって、みんな汗タラタラ……そない言うたら、今日の芝居は夏の設定のはずやけど、出てくる人は暑そうやなかったなあ……うちの感覚からもズレてる。
まあ、孫の奈美が一生懸命やってたことだけで値打ちやけど、あれが奈美の出てへん芝居やったら……違和感やろなあ。
うちらの世代は戦前の教育と平和教育が混在してた。
日の丸は平気であがってたし、卒業式は『仰げば尊し』やった。芸術鑑賞は東京オリンピックの記録映画以外は反戦の映画やら芝居が多かった。正直見飽きた。ジブリの『火垂るの墓』観たときは笑ろたなあ。なんせ野坂の原作読んでたから、あんまり美しく設定かえてたんで白けた。
「歩きスマホらしい……」
ダイヤの都合で運ちゃんが交代らしいて、代わりの運ちゃんが口にしてるのが聞こえた。人身事故いうからには亡くなったか大怪我やねんやろけど、歩きスマホではなあと思てたら、電車が動き出した。
なんとか弥刀までは、行ったけど、そこでまた停車。
――△△駅で人身事故のため、しばらく発車を見合わせます。お急ぎのところ、まことに申し訳ございません――
また、歩きスマホかと思たら、車内放送で歩きスマホを注意するアナウンスがした。たぶんビンゴ。
かくして、一時間のチンタラ電車で、戦中と戦後高度経済成長の女学生はヘトヘトになって帰宅した。