大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

秋野七草 その四『ここで遭ったが百年目』

2019-10-23 06:38:06 | ボクの妹
秋野七草 その四
『ここで遭ったが百年目』       


 
『百年目』という落語がある。

 謹厳実直な番頭が、店の丁稚や若い者に細かな苦言を呈したあと「得意先回り」をすると言って店を出る。かつてから、こういう時のために借りている駄菓子屋の二階で、粋な着物に着替え、太鼓持ちや芸者衆を連れ、大川に浮かべた船で花見に出かける。店では謹厳実直な男なのだが、いやいや、外ではなかなかの遊び人だったのだ。
 最初は、人目にたたぬよう大人しく遊んでいたが、酒が入るに従って調子に乗り、桜の名所で、陸に上がって目隠し鬼ごっこをする。そして、馴染みの芸者と思って抱きつくと、なんとそれは、たまたま通りかかった店の旦那であった。
 で、明くる日旦那に呼び出された番頭が、「番頭さん、あの時は、どんな気分だった?」「はい、ここで会ったが百年目と思いました」

 この「会う」を「遭う」にしたような事件が妹の七草(ナナ)と後輩の山路におきた。
 
「やあ、ナナちゃんじゃないか!」
 
 そう声を掛けたときの、ナナは突然の出会いにナナらしい驚愕と面白さに、一瞬で生気に溢れた顔つきになったらしい。
 あとで、ナナ本人に聞くと、一瞬ナナセに化けようと思ったらしいが(といっても、ナナセが本来のナナの姿ではあるが)一昨日切ったはずの指を怪我していないので……ナナセはナナの出任せで、指を怪我したことになっている。で、山路も、それを確認した上で、ヤンチャなナナと確信して声を掛けたのである。

「なんかテレビドラマみたいな出会いだな!?」
「なんで、山路が、こんなとこにいるのよ!」

 この二言で、ナナといっしょに昼食に出た同僚たちは勘違い。

「じゃ、秋野さん、わたしたちはお先に……」
「すみません。変なのに出会っちゃって……!」
 同僚達は、なにやら勘違いした。
「わたしたちは、いつものとこだから、そっちはごゆっくり!」
 そして、桃色の笑い声を残して行ってしまった。

「おまえ、職場だと、かなりネコ被ってんのな」

「あたりまえでしょ。総務の内勤とは言え、この制服よ。会社の看板しょってるようなもんだもん。何十枚も被ってるわよ。でも、A工業の設計部が、なんで昼日中に、こんなとこに居るわけさ?」
「ああ、今日は防衛省からの帰りなんだ。飛行機一機作るのは、ロミオとジュリエットを無事に結婚させるより難しいんだ」
「プ、山男が言うと大げさで陳腐だね」
「大げさなもんか。じゃ、知ってるだけの日本製の飛行機言ってみろよ」
「退役したけど、F1支援戦闘機、PI対潜哨戒機、C1輸送機、新明和の飛行艇、輸送機CX……」
「そんなもんだろ。あと大昔のYS11とか、ホンダの中型ジェットぐらい」
「そりゃ、アメリカが作らせてくれないんだもん」
「いいとこついてるね。F2は、アメさんの横やりで作れなくなったし、ま、そのへん含めて大変なのさ。ところで、一昨日の延長戦やろうか!?」
「よしてよ、こんなナリで、木登りなんかできないわよ」
「昼飯の早食い。これならできるだろ?」
「う~ん、ちょっと待ってて」

 ナナは、近くの喫茶店に行き、カーディガンを借りてきた。オマケにパソコン用だがメガネも。

「よーし、天丼特盛り、一本勝負!」
 近所の天ぷら屋の座敷を借りて、この界隈最大のランチを出す「化け天」で、フタも閉まらないほどの洗面器のようなドンブリに入った特盛りで勝負することになった。ご飯は並の倍。天ぷらは二倍半という化け物である。むろん代金は負けた方が払う。
「ヨーイ、スタート!」
 と、亭主がかけ声をかけて、厨房へ。ランチタイム、早食いとは言え、終わりまでは付き合っていられない。三分後に見に来てくれるように言ってある。
 座敷といっても、客席からは丸見えで、一分もすると、その迫力に人だかりがした。

「「ご馳走様!!」」

「三分十一秒……こりゃおあいこだね」
 亭主の判定と、お客さん達の拍手をうけて、割り勘で店をあとにする二人であった。

 地下鉄の入り口で別れようとしたときに、山路のスマホが鳴った。

「出なくていいの?」
「ああ、これはメールだからな」
「そう、じゃ」
「またな」

 またがあってたまるか。そう思って、いつものナナ=ナナセに戻って歩き出すと、後ろから山路の遠慮無い気配。

「やったぞ、ナナ。チョモランマの最終候補に残った!」

 それだけ言うと、山路は、直ぐに地下鉄の入り口に消えた。

 七草は、ナナともナナセともつかぬ顔で見送った……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・72『期間限定の恋人・4』

2019-10-23 06:27:42 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・72
『期間限定の恋人・4』   



――人生でやり残したことを成し遂げるのは、けして楽しいことばかりじゃないんだよ。

 小悪魔のマユは、美優の体の中で、そうつぶやいた……。
 むろん、マユのつぶやきが、美優に届くわけもない。また、マユも、それを承知で、美優を、その死の瞬間まで元気でいさせることだけに専念する。人間を死の瞬間まで苦悩させ、それによって魂をより高潔にしてやることが、悪魔の道だと、悪魔の先生に教えられてきたから。

 美優は、一つ手前の地下鉄の駅でタクシーを降りた。
 
 急な思いつきだった。タクシーの窓から、懐かしい街並みが見えてくる。その中にAKR47の看板がチラホラ見えてきた。AKR47はそのシアターまで、街の要所要所に看板やポスターを貼っている。
 その一枚は『最初の制服』というレパのコスを着た大石クララを中心とした主要メンバーが、女子高生のようなフレッシュさで写っている。美優は、数年前の女子高生のころの自分の姿と重なった。いろんなことに憧れていたあのころの自分に……。

――そうだ、高校生のときの気分で家に帰ろう。

 そう思い立ってタクシーを止めた。そして、たった一駅だけど、高校生のころ、通学に使っていた地下鉄に乗ることにした。
 美優は、たった一駅の間に時間を巻き戻した。美優は、このあたりでは少しセレブな乃木坂学院高校に通っていた。ダンス部に所属し、コンクールの前などは、遅くまで練習した。あのころは部員も10人そこそこで泣かず飛ばずだったが、今では、文化部の花形だった演劇部を追い越し、都の大会でも三位につける好成績ぶり。あのころはリハーサル室なんか使えなくて、練習場所の確保に四苦八苦……でも、持ち前のマネジメント能力の高さで、美優は、いつも十分ではなかったが、必要なだけの練習場所は確保してきた。

――充実してたなあ……地下鉄の揺れが、懐かしく思い出を呼び覚ましてくれる。

 カーブに差しかかると、独特の軋み音とともに、パンタグラフと架線がスパークして、瞬間ストロボのようになる。美優は、そのストロボが好きで、このカーブに差しかかると、持っていた携帯や文庫から目を離し、窓の外のストロボに目をやったものだ。ときに、このストロボは、思わぬアイデアや思い出を閃かせてくれた。ダンスの振りが、今ひとつ決まらないときも、このストロボでアイデアが浮かんだ。
 
――そうだ、あの振り付けは、自分のアイデアじゃなかった……そのころ、近所のビルにHIKARIプロが引っ越してきた。引っ越し挨拶に、近所の店にシアターの招待券が配られたっけ。
 美優は公開レッスンを見に行った。
 春まゆみという振り付けの先生が厳しく教えていた。メンバーの一人が、なかなか振りを覚えられずに、袖に駆け込んで泣き出した。レッスンは、そんなことで中断されることもなく続けられたが、美優は泣き出した子に興味があった。こんな局面は、自分のクラブでもよくある。スタッフが、どう対応しているかが気になった。
 カッコいいディレクターが相手をしていた。
「さあ、ゆっくり深呼吸して……」
 過呼吸になったその子を優しくハグし、クシャクシャになった髪を撫でながら、あまやかすでもなく、叱るでもなく、落ち着かせていた。
 後で黒羽というディレクターだということが分かった。ローザンヌは、小売りだけではなく、プロダクションなどの卸の仲介もやっており、そういう仕事で、ときどき黒羽が店に来ることもあったし、母のアシスタントで大量の見本を運ぶこともあり、黒羽とは、いつか挨拶するぐらいの仲にはなっていた。

――いい人だなあ……
 
 その程度の気持ちは持っていたが、淡い憧れ、ご近所の知り合いの域を超えるようなことはなかった。HIKARIプロについては、そんな思い出だけだったんだけど、その時思いついた振りは、無意識に見ていた春まゆみの振り付けを真似していたことに気づいた。この瞬間までは、自分のアイデアだと思いこんでいた。美優は、そんな自分をお調子者とも、吸収力の高い少女であったとも、くすぐったく思いだしていた。

 ストロボはすぐに終わり、駅についてしまった。

 美優は、女子高生のように軽々と階段を駆け上がって出口に出た。目の端に出口のところで座り込んでいる酔っぱらいが見えた。よく見かける光景なので、無視して数歩スキップして気がついた。

 その酔っぱらいは……HIKARIプロの黒羽ディレクターだった……。
 
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せやさかい・082『パンが無ければお菓子を食べればいいのに』

2019-10-22 14:47:19 | ノベル

せやさかい・082

 

『パンが無ければお菓子を食べればいいのに』 

 

 

 パンが無ければお菓子を食べればいいのに。

 

 社会科の授業で先生が言うた。六時間目で、みんなテンションが低かったんで、先生が話を脱線させたんや。

 パリの話から、フランス革命の時のマリーアントワネットの話になった。

 ルイ16世は知らんかったけど、マリーアントワネットは知ってる。マンガにもなってるし、宝塚でもやってた。

 家族に食べさせる食糧にも事欠いたパリのオカミサンたちが宮殿にデモをかけて、バルコニーに立った王妃のマリーアントワネットが言うた言葉が、これ。

 あんまり脳天気な言葉に、クラスのみんなが笑った。

 アホやあ! ナイスボケ! とか面白がるものもおった。

 

 ああ、有名な話だよね。

 

 トワイニング紅茶を淹れながら頼子さんが話を広げる。

「オーストリアから嫁いだ王妃だから、フランスに馴染めなかったこともあるんだろうけど、ちょっと軽率なところもあったって言われてるわ」

「マリーアントワネットって、フランス人じゃなかったんですか?」

 留美ちゃんの目ぇが光る。留美ちゃんは、こういう裏話的なことが大好き。あたしも初耳の話題、社会の先生もアントワネットの出身国までは言うてへんかった。

「ヨーロッパの王室は国際結婚とか多かったのよ。マリーアントワネットの実家はハプスブルグ家で、いろんな国の王室と姻戚関係だったのよ」

「ひょっとして、先輩のヤマセンブルグにも!?」

「うん、十二代前にハプスブルグからお嫁さんが来てる」

 ハハーー! 

 思わず最敬礼。

「よしてよ、見てくれはこんなだけど(喋れへんかったら、まんまフランス人形)、その分、中身の八割は日本人だからね」

「「はいはい」」

「王室って、どこも大変なのよ。ダイアナ妃もホームビデオとかじゃ、ずいぶん愚痴をこぼしてたみたいだし」

「ダイアナ妃がですか? パパラッチに追われて事故ったんですよね……」

 自前のノートを広げる留美ちゃん。

 おお、ノートにはビッシリと書き込みが! いや、頭が下がるわ、この子の勉強ぶり。

「チャールズ皇太子とかにね『このごろ福祉事業にがんばってるね』って褒められるの。『当り前よ、王室に居たら、それくらいしかやる事無いんだもの!』って、ツボにハマって喜んでた」

「あー、分かります。放課後の学校で校長先生がツケッパの電気消して回ってるみたいな。『いやあ、校長先生がんばってらっしゃる』『いやあ、校長は、これくらいしかやる事無くって』的な?」

 なんか、二人の会話はレベルが高い。

 

 その夜、あたしの枕もとにダミアが寄ってきよった。

 

 どないしたん、ダミア?

「昼間の話なんだけど」

 昼間あ?

「ほら、部活で盛り上がってたでしょ」

 ああ、マリーアントワネットとか?

「とかじゃなくって、マリーアントワネット王妃」

 ああ、それが?

「王妃は言ってないから『パンが無ければお菓子を食べればいい』なんて」

 え、そなの?

「ほんとに、言ってないから。それ、憶えといて」

 それだけ言うと、ダミアはベッドから下りてしもた。

 あ、今夜はいっしょに寝ないの?

「一人で寝たい気持ちなの……」

 

 なんか、めっちゃ寂しなってきた……て、ダミア、あんた喋った?

 

 

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真夏ダイアリー・47『桜の記憶』

2019-10-22 06:38:19 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・47 
『桜の記憶』      



 セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!

「あれは……」

「じっと見ていて……」

 女生徒は、もんぺ姿から、普通のセーラー服に変わり、視野が広がるようにまわりの様子が変わってきた。
 女生徒の仲間が増えた。友だちを待っているんだろうか、弾んだゴムボールのように笑いあって……ハハ、先生に叱れれてる。みんなでペコリと頭を下げたけど、先生が通り過ぎると、またひとしきりの笑い声。
 先生も、仕方ないなあと言う感じで苦笑いしていく。
 やがて、お下げにメガネの小柄な子が「ごめん、ごめん」と言いながらやってきた。で、だれかがなにかおかしな事を言ったんだろう。ひときわ大きな笑いの輪になり、校門に向かった。
 途中に、なにか小さな祠(ほこら)のようなものがあり、ゴムボールたちは、その前までくると弾むことを止め、祠にむかって神妙な顔でお辞儀した。そして、校門を出る頃には、もとのゴムボールに戻って、坂を昇り始めていった。

「あの祠、奉安殿……」
「よく知ってるわね」
「でも、この景色は……」
「あの桜の記憶。乃木坂女学校が、まだ良かったころ……そして、一番愛おしいころの記憶」
「……なぜ、こんなものが見えるんですか」
「あなたに、その力があるから」

 仁和さんが黒板を一拭きするように手を振ると、景色はもとに戻った。

 グラウンドの桜並木を歩きながら、仁和さんは語り続けてくれた。不思議に人が寄ってこない。こういうときの仁和さんには話しかけちゃいけない暗黙のルールでもあるのだろうか。

「そんなものないわよ。わたしが、そう思えば、そうなるの」
「どうして……」心が読めるんだろう……。
「ホホ、わたしの超能力かな……さっき見えた女生徒や先生は、みんな空襲で亡くなったの。あの桜は、その人達が死んでいくとこも記憶してるけど、桜は、あえて良かった時代のを見せてくれた。これは意味のあることよ」
「どういう……」
「それは、真夏という子に託したいものがあるから……」

「仁和さん……ご存じなんですか……あ、なにか、そんなことを」

「ううん。なんとなくね……あなたは、ただのアイドルじゃない。そして、あなたがやろうとしていることは、とても難しいこと……それぐらいしか分からないけど、桜が見せてくれた人たちが死なずにすむように、あなたなら……」

 仁和さん、真夏、お昼の用意ができました!

 潤が、校舎の入り口のところで呼ばわった。
「ホホ、わたしの超能力も腹ぺこには勝てないみたいね」

 昼食後、旧館の校舎の中で屋内の撮影。掃除用具のロッカーを木製のものに変えたり、アルミサッシが写らないようにカメラアングルを工夫したり、仁和さんと黒羽さんのこだわりは徹底していた。

 帰りは、ロケバスと観光バス二台で事務所に帰る。わたしは省吾たちといっしょに帰りたかったけど、そこは我慢。アイドルは団体行動!
 仁和さんが、ニッコリ笑って横の席をうながした。
「仁和さん、タクシーじゃなかったんですか?」
「わたし、こういう方が好きなの。あなたとも、もう少し話したかったし」
「はい……」
 仁和さんは、お昼や、他の休憩時間は、黒羽さんや、他のメンバーとも話していた。でも、わたしと話したがっていることは確か。なんだか緊張する。
「寒そうだけど、見事な青空ね……」
「はい、冬の空って、透き通っていて好きです」
 わたしは、1941年のワシントンDCの青空を思い出していた。
「本当は、もっと違った青空の下で撮りたかったんでしょうね……」
 一瞬、ギクリとした。
「ミツル君、福島の出身なの……覚えとくといいわ」

 会長が口にしない歌の意味が分かったような気がした……。
 
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・12『メイクを落として制服に着替えた』

2019-10-22 06:30:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・12   
『メイクを落として制服に着替えた』 

 
 
 
 幕間交流の間に、バラシも搬出も終わっていた。

 わたしは、スタンディングオベーションのきっかけになったアイツを探したかったけど、マリ先生の様子が気になって、搬出口に行ってみた。

 バタンと音がして、荷台のドアが閉められたところだった。

「まどか、大儀であった。じゃ、先に行ってる。柚木先生、あとはよろしく」
 柚木先生がうなづくと、トラックはブルンと身震いして動き始めた。助手席の窓から、お気楽そうに、マリ先生の手が振られた。二台目のトラックのバックミラーに、ほっとした山埼先輩の顔が一瞬映った。
 ため息一つつく間に、二台のトラックはフェリペの通用門を出て行った。実際にはもう少し時間があったんだろうけど、頭の中がスクランブルエッグみたくなってるわたしには、そう感じられた。

「じゃ、わたしたちは地下鉄で学校に行ってます」

 舞監助手の里沙がそう言って、あらかじめ決められていたメンバーを引き連れて歩き出した。学校で道具をトラックから降ろして、倉庫に片づけるためだ。
 残ったメンバーは、わたしも含め、誰も何も言わず、それを見送った。
「先生なにか言ってました?」
 柚木先生に聞いてみた。
「え……ああ、なにも。さ、わたしたちも交流会に行きましょ。そろそろ審査結果の発表でしょうから」
「先輩。潤香先輩……」
 峰岸先輩に振ってみた。
「必要なことしか言わないからな、マリ先生は……大丈夫なんじゃないか」
 言葉のわりにはクッタクありげに歩き出した……ボンヤリついていくと叱れた。
「まどか、そのナリで交流会はないだろう」
 わたしったら、衣装もメイクもそのまんまだった。
「すみません、着替えてきます」
 ひとり立ち止まると、訳もなく涙が頬を伝って落ちた。

 メイクを落として制服に着替えた……気づくと、窓の外には夜空に三日月。秋の日はつるべ落としって言うけど……ヤバイ、もう八時前。審査発表が終わっちゃう!
 急いで会場に戻った。交流会はまだ続いていた。
「審査発表まだなの?」
 あくびをかみ殺している夏鈴に聞いてみた。
「遅れてるみたい……まどか、なにしてたのよ。さっきまでまどかの話で持ちきりだったのよ」
「うそ……!?」
「そりゃ、あれだけのアンダースタディーやっちゃったんだから」
「そうなの……でも、道具係の夏鈴がどうしてここにいるのよさ?」
「地下鉄の駅まで行ったら、お財布忘れたのに気づいて。そしたら、宮里先輩が『夏鈴はもういい』って」
「プ、夏鈴らしいわ」
「まどかこそ。楽屋で声かけたのに気づかなかったでしょ。お空は三日月だし狼男にでもなんのかと思っちゃったわよ」
「女が狼男になるわけないでしょうが」
「なるわよ。うちのお父さん、お母さんのことオオカミだって言ってるわよさ」
「だいいち、狼男が狼になんのは満月じゃんよ」
「うそ。わたし、ずっと三日月だと思ってた!」
「ハハ、でも、そういうズレ方って夏鈴らしくてカワユイぞ」
「どうせ、わたしはズレてますよ。まどかみたく物覚えよくないもん!」
「二人とも声が大きい……」
 峰岸先輩が、低い声で注意した……でも手遅れ。夏鈴の声で面が割れてしまった。
――え、乃木坂学院のまどか!――あの、まどかさん!――マドカァ!!
 
 ……と、取り囲まれてしまった。
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宇宙戦艦三笠・38[虚無宇宙域 ダル突破]

2019-10-22 06:22:36 | 小説6
宇宙戦艦三笠・38
[虚無宇宙域 ダル突破] 



 
「……遼寧が撃沈されたの」

 修一は、あまり驚かなかった。まだ20年の仮死から覚めきっていないのかもしれない。
 
 遼寧……ウレシコワにとってはヴァリヤーグの撃沈は、その拠り所の喪失を意味する。つまり、ヴァリヤーグの船霊(ふなだま)としては存在できない。
 日本の船は、たいがいどこかの神社の御神体を分祀する。だから、船が無くなっても、それぞれの神社に帰れば済む話だが、ウレシコワは、ヴァリヤーグが出来上がるにしたがって現れた船霊なので、船が無くなると居場所が無くなるのだ。

 一瞬三笠の艦首にメーテル姿のウレシコワが見えたような気がしたが。それは遼寧に成り果てたヴァリヤーグに居場所が無くなり、三笠にやってきたときの残像であることを自覚した。

 遼寧は、無謀にも虚無宇宙域ダルの外縁に展開していたグリンヘルドの大艦隊に飛び込んでいった。3分も持たなかったそうである。
「遼寧には、党の指導が入っていたみたい。三笠もアメリカの艦隊も足踏みしたのをチャンスだと思ったみたいね。グリンヘルドへの突撃を指示した……乗っていた子たちは大半がカプセルで脱出。あらかたはグリンヘルドの捕虜になったみたい」
「あまり嬉しそうじゃないね、みかさん。ウレシコワは残念だけど、人の命が助かれば、みかさんの気性なら喜びそうなのに」
「そんなことないわ。少しでも生存者の可能性があることは喜ばしいことだわ」

 日本の神さまは正直だ。みかさんの顔には当惑とも悲しみともつかない色が隠しようもないのだ。修一には、それがウレシコワの消失によるものなのか、なにか修一には言えない、言いにくいことからなのか区別がつかなかった。

 あくる日には、樟葉と美奈穂が覚醒した。
 
 トシのことは伏せて、ウレシコワのことだけを伝えた。二人ともウレシコワのことを悲しんだが吹っ切るのは早かった。
「クレア、前よりきれいになったんじゃない?」
 美奈穂も樟葉も、クレアの新しい生体組織に興味を持った。女の子は、居なくなった者よりも、生きて変化を遂げている者に興味のある薄情な生き物かと、修一は思った。
 が、違った。樟葉も美奈穂も、すぐに三笠の状態をチェックし、発進の準備と、周囲の警戒に没頭した。

「航海長、機関は万全です。エネルギーもダルを脱出しても、15%の余裕があります」
「了解。いよいよね!」
 樟葉は気づいていなかった。トシが今まで名前で呼んでいたのを、航海長と呼んだことを。修一は、あらかじめ知っていたせいか、トシのクローンには違和感があった。

「ワープ到達域に障害物なし。一気にダルを抜けるわよ!」
「機関長、前進強速。一気にワープ!」
「ワープカウント30秒前!」
「対ショック、閃光防御!」
 そう命じながら、オリジナルトシとウレシコワの喪失がせきあげてきて、涙が止まらない修一であった。

 三笠は20年の眠りから覚めて、グリンヘルドもシュトルハーヘンも予測だにしなかったダルからの脱出を果たそうとしていた。
 
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秋野七草 その三『ナナ、ナンチャッテ!』

2019-10-22 06:13:08 | ボクの妹
秋野七草 その三
『ナナ、ナンチャッテ!』         


 
 ここまで豹変しているとは思わなかった……!

「オハ、兄ちゃんワルイ。朝飯は自分でやってねえ。で、会場だけどさ……それウケる! ガールズバーで同窓会なんて、男ドモの反応が楽しみだね!」
「アハハ!」
「ウハハ!」
 と、トコとマコもノリが良い。
「あたし、いっしょにシェ-カー振るわよ! たしか、オヤジが持ってんのがあるから、やってみよ!」

 で、キッチンでゴソゴソやってるうちに、山路が風呂から上がってきた。

「あ、このイケメンが山路。兄ちゃんの後輩。水も滴るいいオトコ。朝ご飯テキトーにね」
「いいっすよ。いつも自炊だから」
「ごめんなさいね、同窓会の打ち合わせやってるもんで……ほんと、いいオトコ。あたしやります! ナナ、トコと話しつめといて!」
 マコが、朝ご飯を作り始めた。
「あのう、ナナセさんは?」
「ああ、あいつドジだから、そこで指切っちゃって、休日診療に行っちゃった」
「え、大丈夫なんですか?」
「あ、大げさなのナナセは。マコ、キッチン血が飛び散ってたら、拭いといてね。で、中山センセだけど……」

 キッチンへ行くと、シンクや壁にリアルな血痕が付いていた。

「ナナセさん、一人で大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ。大げさに騒ぎまくるから、血が飛び散っちゃって。あんなの縫合もなし。テープ貼っておしまい。ほら!」
 ナナは、偽造したメールとテープを貼った指のシャメまで見せた。
「貧血になったんで、しばらく横になって帰るって」
「だったら、やっぱり誰か……」
「ダメ! 甘やかしちゃ、本人の為にならない。ガキじゃないんだから、突き放してやって!」
「ナナ、壁の血とれないよ」
 マコが、赤く染まったダスターを広げて見せた。
「アルコ-ルで拭けばいいわよ」
「あとあと、それより、そこのハラペコに餌やって、早く戻ってきてよ。で、会費は……」
「包丁にも……」
「大丈夫、ナナセは病気は持ってないから。処女の生き血混じりのサラダなんておいしゅうございますよ」
「おい、ナナ……」

 オレは、なにか言おうとしたが、女子三人の馬力と妖しさに、次ぐ言葉がなかった……いや、半分ほど、この猿芝居に付き合ってみようかという気にさえなってきた。どうも我が家の血のようである。

 マコと山路が朝飯作って、食後の会話で飛躍した。

「へー、山路って、山が好きなんだ!」
「うん、オレの生き甲斐だね。こないだも剣に登ってきたとこ。次は通い慣れた穂高だな」
「国内ばっか?」
「海外は金がね……でもさ、山岳会がテレビとタイアップして、チョモランマに挑戦するパーティーに応募してんだ!」
「じゃ、体とか鍛えとかなきゃ!」
「鍛えてあるさ、ホラ!」
 山路が、腕の筋肉をカチンカチンにして見せた。で、調子にのって、割れた腹筋を見せたとき、これまた、調子に乗ったナナが、ルーズブラウスをたくし上げて、自分の腹筋を見せた。
「おお、こりゃ、並の鍛え方じゃないな!」
「あたぼうよ。これでも数少ない女レンジャーなんだから!」
「じゃ、一発、勝負だ!」

 で、庭で10メートルダッシュをやった。これはナナの勝ち。
 調子に乗ったアームレスリングは、3:2で山路の勝ち。
 腹筋は、時間がかかるので、60秒で何度やれるかで勝負。ナナが98回で勝利。
 匍匐前進は、むろんナナ。
 跳躍。指の高さは山路だが、足の高さではナナの勝ち(ナナの方が足が長い)。
 シメは近所の公園まで行って木登り競争。ナナが勝って、もう一回やろうとしたら、警官に注意されてお流れ。

 最初は、山路に嫌われるために、始めたのだが、双方本気になるに及び、事態がおかしくなった。

 どうやら、山路はナナが気に入ってしまったようなのだ。

「ナナちゃん。君は素敵だ!」

 山路の顔が迫って来た。

「ナナ、ナンチャッテ……!」
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小悪魔マユの魔法日記・71『期間限定の恋人・3』

2019-10-22 05:59:31 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・71
『期間限定の恋人・3』   



「「な、なんでも……!」」
 
 美智子と吉田(マユ)の声がそろった……。

 吉田の姿をしたマユは、当直のドクターを連れてきた。ドクターは若ハゲでデップリとして、鼻の下にはヒゲなんか生やしていて、見かけは立派なドクター。実は、近所の開業医のどら息子で、ハクを付けるためにだけ、この病院に勤めている食わせ物だったが、こういう人間の方が操りやすい。
――先生は、日本一の名医です。この注射をしてあげれば、ノーベル賞だって夢じゃありません。
 そう、暗示をかけると、マユの差し出した注射器を持って美優の病室に現れた。

「この薬を注射すれば、死が訪れるまで、まったく健常者と同じように動くことができます……ええ、長年わたしが研究してきた成果です。末期ガンの患者さんの残された時間を、患者さんの意思で思う存分自由に生きてもらうための薬です……効き目の期間ですか……美優さんの命がつきるまで……言ってもかまいませんか……美優さんの命は、あと一週間です。きっちり百六十八時間」
「ぜひ、お願いします……こんな寝たきり……で……じわじわ……死ぬのは……いや」
 美優の言葉に、母の美智子も、涙ぐみながらうなづいた。

「では……きみ、クランケの腕を……」

 ドクターは、威厳を持って吉田ナースの姿をしたマユに命じた。マユは、おごそかに美優の袖をまくり、上腕に静脈注射用のゴムバンドをした。
「う……」
 美優は小さな声をあげた。このドクターは見かけ倒しなので、注射はヘタクソなので、かなり痛かった。元気だったら、美優は大きな悲鳴をあげていたところだろう。
「効き目が現れるのに二十分ほどかかります。起きあがれるようになったら、もう自由になさってけっこうです。では、残った一週間。思い残すことなく使ってください」
 ドクターは、もったいぶって言うと、名医らしく美優の手を握り、母の美智子に目礼をした。
「ありがとうございました」
 美智子のお礼を背中で聞いて、ドクターは吉田の姿をしたマユを従えて、病室をあとにした。
  
 マユは、いそいで更衣室にいき、ナースのユニホームを脱いだ。吉田の姿は、消えかかっていた。
 そう、あの注射は、ただのビタミン。本当は、マユ自身が美優の体の中に入り込んで、美優を死の間際までサポートするのだ。
 マユ本来の体は幽霊の拓美に貸してある。マユとクララが混ぜてコピーした体は、オモクロのオーディションまでは用がない。そこで、マユは、魂というかエネルギーだけの存在になって、美優の体に入り込む。美優の体は衰弱が激しいので、二十分ゆっくりかけて美優の体に入っていく。
 十九分がたったころ、吉田の同僚のナースが、遅れた日勤を終えて更衣室に入ってきた。

「……吉田さん……?」

 同僚は、裸の吉田が消えていく瞬間を目にした。胸騒ぎした同僚は、携帯で吉田に電話をした。電話の向こうで、元気な吉田の声がしたので、安心して携帯を切った。

「お母さん、わたし元気になった!」
 美優は、嬉しい叫び声をあげて起きあがった。
「よかったね、美優!」
「うん、一週間だけど、わたし一生分生きてやる!」
「これ、使いな。一週間自由に生きるのに十分な使いでがあるよ」
 美智子は、自分のゴールドカードを渡してやった。
「ありがとう、お母さん」
 美優は、もう二度と着ることがないと思っていたお気に入りのポロワンピースに着替えると、さっさと病院を出て行った。
「とりあえず、自分の家に行こう」
 そう独り言を言ってタクシーを拾った。

――人生でやり残したことをやるのは、けして楽しいことばかりじゃないんだよ。

 小悪魔のマユは、美優の体の中で、そうつぶやいた……。
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魔法少女マヂカ・089『M資金・20 ハートの女王・2』

2019-10-21 14:40:35 | 小説

魔法少女マヂカ・089  

『M資金・21 ハートの女王・2』語り手:ブリンダ 

 

 

 T型フォードの高機動車が急停車すると、ハートの女王はドレスの裾をからげて、ノッシノッシと近づいてきた。

 

「さあ、ここで停車したのが運のつきだよ。まずはアリスだ!」

 プシューーーーー!

 女王は胸の谷間からスプレーを取り出すと、ルームミラーとサイドミラーに吹き付けた。吹き付けたのはフニフニのスライムのようなもので、もし鏡の国のアリスが出てきても、スライムに絡めとられて身動きがとれなくなってしまうようになっている。

 フグウ フグフグ フググ………

 鏡の中から悶絶するようなうめき声がしたが、しだいに小さくなって聞こえなくなってしまった。

「これでアリスは片付いた。さあ、おまえたち、わたしを議会まで送る栄誉を与えてやろう」

「あ、えと……議会に送るだけでいいのかな?」

 拍子抜けだ、アリスを封印してまで、なにを命ずるのかと思ったら、T型フォードの高機動車をタクシー代わりに使おうというだけなのだ。

「えと、一個質問していいですか?」

「苦しゅうない、申してみよ。ただし、くだらない質問ならば、首をちょん切るぞ」

「女王陛下が、お乗りになると言うことは、ビーフイーターどもは追いかけてはこないということでよろしいので?」

「もちろんじゃ、余はこの世界の志尊たる女王じゃ。たかが獄卒のビーフイーターごときが余の邪魔だてなどができようものか」

「ならば、陛下をお送りするのは臣たるものの務め……」

 オレは、運転席から下りて、恭しく後部座席のドアを開ける。T型フォードの高機動車も気を利かせて、ドアの下からレッドカーペットを女王の足元までスルスルと延ばした。

「おう、気の利いたことをいたしてくれる。それでは世話になるぞ」

 女王が後部座席のステップに足をかける。

 ミシミシ!

 音がしたかと思うと、T型フォードの高機動車は二十度ほども左に傾いでしまった。

「畏れ多いことではありますが、全体重をお掛けあそばしますと、転覆のおそれがあるように思われます」

「ウウ……豊かな肉体は女王の威厳ではあるが、忍ばねばなるまい」

「ご明察、恐れ入ります」

「ならば……」

 顔の高さまで右手を上げると、人差し指をクルリと回した。シャララララ~ンとエフェクトがあって、数秒で半分以下のスレンダーな姿になった。

「おう、お見事な!」

「それでは……」

「お待ちください!」

 今度は、オレの胸の谷間からマヂカが顔をのぞかせた。

「おう、そなたは胸もなかなかのものじゃ。牛女を忍ばせておったか」

「陛下、玉体がお痩せになったのですから、スレンダーなお身に最適なお化粧になされてはと愚考いたします」

 ほう……何を企む牛女? 女王の顔は、痩せようが太ろうが変わりがないほどのナニなんだが。

「良いことを申した。女王の顔は国家の顔である、スッピンでも十分な美貌ではあるが、それでも気に掛けておくのが志尊たる女王の務めであろう……おっと、車のミラーは全て封じてしまったのだな」

「恐れながら、御身のコンパクトを……」

「そうであったは。王室専用の曇りなきコンパクトの鏡にて化粧を整えるといたそう……」

 やった、鏡さえ開かせればアリスが……。

「なにか、引っかかっておる……」

 違和感があるのか、女王は、半開きになったコンパクトをハタハタと振った。

 ピヤーーーー!

 なにか零れ落ちたかと思うと、親指ほどの鏡の国のアリスが転げ落ち、悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。

 

 そうか、アリスにとって、ハートの女王は天敵であったのだ……不甲斐ないけど。

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せやさかい・081『夢』

2019-10-21 08:03:07 | ノベル

せやさかい・081

 

『夢』 

 

 

 夢を見た。

 

 始まりはO神社の鳥居から。

 O神社は、この三月まで住んでた大阪市A区の神社。初詣に何度か行ったことがあるけど、特別の思い入れはあれへん。

 とにかく、鳥居を出て歩きはじめるところから始まる。足には約束のハイカットスニーカーを履いて南を目指す。バス通りを渡ると、城東運河に向かって上り坂。

 坂を上り詰めるとO橋、

 O橋は同じA区でも、あたしの生活圏を区切ってる。通ってた学校は幼稚園から小学校まで、O橋の南側。三月に引っ越しせえへんかったら、中学も高校も、ここで済んだはず。

 O橋の北側は校区がちがう。

 小学生にとって、校区が違ういうのは違う街で、おおげさに言うと他府県。特別なことが無いと足を踏み入れへん。

 近所では間に合えへん買い物に行くとか、区役所に行くとか、それこそ初詣に神社に行くとかね。

 城東運河の上には高速道路がO橋とクロスして走ってる。車が通ると音がする。

 シューーーーーッ  シューーーーーッ って……。

 なんか昆虫系の化け物とか妖のようで、幼稚園のころは怖かった。小学二年生で高速道路が阪神高速やいうことを習たけど、たまに高速道路を車で走ったときは、ぜんぜん別の音がするので、N橋とクロスしてるのは別物いう気がしてた。

 橋を渡ると下り坂、小学校と高校が見える。

 小学校は、三月まで通ってたT小学校。その向かい、道路を挟んでA高校。両方とも鉄筋の巨大な校舎。道幅は五メートルの一通を歩いてると谷底を歩いてる感じで圧迫感。風の谷のナウシカを見た時、この谷に似た景色があって、そう思たら素敵やと思えるかもと思たけど、ナウシカほどの根性はあらへんし、「姫さま」と呼んでくれる住人も居てへん。この街でのあたしは完全にNPCやった、まるでアルゴリズムで決められてるみたいに同じ道を通って、先生やら同級生やらとは決まった言葉しか交わさへん。ここがFAOの世界で、キリト君と出会っても、この、風体からしてNPCな少女には言葉をかけてくれへんやろなあと思う。

 谷に入る手前で西に折れる。

 A公園が見えてくる。隣接するA高校よりも広い公園の2/3は有料施設。サッカーコートやったら二面分はあるやろかいうグラウンドはジュラシックパークかいうくらいの鉄のフェンスで囲われてる。むろん有料のグラウンドで、地元の子どもであったあたしは入ったことが無い。もし、鍵が開いてても、NPCたるあたしは入られへんような気がする。

 フェンスの角を曲がると、まるでキリトと待ち合わせしてるアスナみたいに佇んでる少女が居てる。

 少女は朝比奈くるみ。

「うっわー、お久あああああああああ!」

 そんなに素敵に再会を喜んでくれても、それにふさわしいテンションのリアクションはアルゴリズムのボキャブラリーの中にはあれへん。

「く、くるみちゃーーーーん!」

 それでもNPCなりの感動が湧いてきて、ハッシと抱きあう!

 ハグし合うと、あたしの三倍はあろうかと思われる胸の感触!

 そこからは、まさに夢の世界。

 細かいとこは憶えてへんけど、お互いの半年を熱く語り合った。なによりも、お揃いのハイカットスニーカーが嬉しくて、並んで写真を撮る。

「おう、朝比奈、友だちか?」

 向かいの中学校からくるみちゃんの先生が出てきはって、自撮りでは撮られへん全身像を撮ってもらう。

 ええなあ、あたしも、このA中学に通うはずやったのに……そんなNPCの感傷を知ってか知らでか、くるみちゃんは堺でのあたしの話をよう聞いてくれた。

 いっぱいいっぱい話したはずやのに夢の悲しさ、中身はちょっとも憶えてへん。

 

 目が覚めると、式神が一つ見当たらんようになってた。箱がちょっとズレてたし、きっと、あたしの始末が悪かったから。

 

 ひょっとしたら、スマホに写真が……と思たけど、確かめたら、ほんまに夢が夢になってしまいそうで、そのままにした。

 

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真夏ダイアリー・46『プロモ撮影の本番』

2019-10-21 06:51:50 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・46 
『プロモ撮影の本番』      



 登校風景からだった。

 事務所で衣装の制服も着てメイクもすましていたので、乃木坂駅から学校の校門に入るまで、まんま。

 事務所からの移動は、地下鉄という凝りよう。日曜の八時なんで、乗客は少ないんだけど、研究生を含め百人近い「女子高生」のナリをして地下鉄に乗っていると、なんだか通学途中の雰囲気になってしまうから不思議だ。
「やだ、わたしって、もう二十歳過ぎてんだよ」
 そう言っていたクララさん達が一番女子高生返りしていたのがおもしろかった。

 駅の改札を出ると、一気に寒さがやってきた。

 設定は二月ごろなんだけど、女子高生らしさを出すために、コートとかは無し。さすがにセーラー服だけじゃ寒いので、ヤエさんの発案で押しくらまんじゅうをしてみた。さすがに全員でやると、真ん中の子が圧死しそうなので二グループに分かれて五分ほどやると、ポカポカと温まってきた。
 マフラーや手袋はOKだったので、なんとか寒さはしのげた。
「女子高生らしくキャピキャピでいきます?」
 クララさんが聞いた。
「まんまでいいんじゃない」
 仁和さんが答えた。

「寒い朝の登校って、あんまり喋らないでしょ。でも、完全なだんまりも変だから、適当にやって。まずグループ分け」

 これは、あっさり決まった。選抜やら、ユニットやら、チーム別にまとまった。
 カメリハで、坂の途中まで下ってNGが出た。
「選抜、喋りすぎ。君らのグループは別れて研究生のグループに入って。で、ちょっとくったくアリゲに黙って歩いてくれる。それから、意外なとこでカメラが回ってるけど、カメラ目線にならないように」
 
 わたしは研究生のBグループに入った。

 なんたって、現役の女子高生、それも自分の学校にいくんだから、まったくのマンマ。
 校門まで行って、少しびっくり。固定と移動のカメラが五台回っていたのはカメリハで分かっていたけど、校門前にドローンカメラが来ているのには、驚いた。でも言われたとおりカメラ目線にもならずOKが出たので嬉しかった。
 学校の看板がマンマだったので少し気になったんだけど、OKが出てから見に行くと、反対側の門柱に「桜ヶ丘女子高校」の看板が貼ってあるのに気が付いた。なるほど、これだと校門前のドローンカメラで登校する生徒たちを撮って、看板を舐めながら自然にクレーンアップして校庭を撮ることができる。

「校庭にカメラ移動するから、その間体冷やさないようにね」
「よし、ジョギングだ!」
 クララさんの提案で、グラウンドを二周走った。体を冷やすこともなく、暖めすぎないようにゆっくり走った。走りながら省吾たちお仲間が、他の生徒や先生達と見学に来ているのが視界に入った。
「AKRってのは体育会系のノリなんだ……」
 玉男の呟きが耳に入った。そう、アイドルってたいへんなのよ!

 カメラは、徹底して校舎を写さないように配置された。仁和さんのこだわりだろう。
 
 ここで演出が入った。

 別々のグループで来ていた選抜メンバーが、連理の桜の前で立ち止まる。やがて選抜メンバーだけのグループになる。そして、潤とわたしのソックリコンビが「あ……」と、声を上げる。
「そう、そこで桜が咲き始める。二三人指差して、ちょいお喋り、桜に注目!」
 黒羽さんがメガホンで指示。
 ここは、テイクスリーでOK。わたしたちの視線の動きにシンクロしてドローンカメラが動くのは、ちょっと感動だった。むろん、この時期に桜なんかは咲かない。あとでCGで合成するらしい。

 あとは、グランドで、曲をかけながら振りの収録。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下  
 
 
 さすがに、ここは本編なので、パートで撮ったり、全員で撮ったり、わたしと潤は、途中で桜色の制服に着替えて撮ったり。撮影は昼を回ったころにやっと終わった。

「真夏さん、ちょっと」

 仁和さんの声がかかった。

「はい、なんでしょう?」
 かしこまって聞くと、仁和さんは、こっそり特別な友だちを教えるように言った。
「あの桜の下に、女学生がいるの……分かる?」
「え………」
「ようく見てご覧なさい……」

 うっすらと、セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・11『本番』

2019-10-21 06:42:47 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・11   

『本番』 


――ただ今より、乃木坂学院高校演劇部による、作・貴崎マリ『イカス 嵐のかなたより』を上演いたします。ロビーにおいでのお客様はお席にお着きください。また、上演の妨げになりますので、携帯電話は、スイッチをお切り頂くようお願いいたします。なお上演中の撮影は上演校、および、あらかじめ届け出のあった方のみとさせていただきます。それでは……あ、神崎真由役は芹沢潤香さん急病のため、仲まどかさんに変更……。

 客席に静かなどよめきがおこった。

 張り切った見栄がしぼんでいく……やっぱ、潤香先輩は偉大だ。
 本ベルが鳴って、しばしの静寂。嵐の音フェードイン。緞帳が十二秒かけて上がっていく……。
 サスが当たって、わたしの神崎真由の登場。
「あなたのことなんか心配してないから」
 最初の台詞。自分でしゃべっている気がしなかった……潤香先輩が降りてきて、わたしの口を借りてしゃべっている。
 中盤まではよかった、そういう錯覚の中で芝居は順調に流れていった。
 しかし、パソコンの文字入力の文字サイズをワンポイント間違えたように、微妙に芝居がずれてきた。
 そして、勝呂先輩演ずる主役の男の子を張り倒すシーンで、間尺とタイミングが合わなくなってしまった。

 パシーン! 

 派手な音がして、勝呂先輩はバランスを崩して倒れた。ゴロゴロ、ザーって感じでヌリカベの八百屋飾りの坂を舞台鼻まで転げ落ちた。
 一瞬間が空いて(あとで、勝呂先輩は「気を失った」と言った)立ち上がった先輩の唇は切れて、血が滲んでいた。

 あとは覚えていない。気がついたら、満場の拍手の中、幕が降りてきた。
 習慣でバラシにかかろうとすると、舞台監督の山埼先輩に肩を叩かれた。
「なにしてんだ、準主役だぞ。勝呂といっしょに幕間交流!」

 客電が点いた客席は、意外に狭く感じられた。みんなの観客動員の成果だろう、観客席は九分の入り(後で、マリ先生から七分の入りだと告げられた。そういう観察は鋭い。だれよ、スリーサイズの観察も正確だったって!?)
 観客の人たちは好意的だった。「代役なのにすごかった!」「やっぱ乃木坂、迫力ありました!」なんて上々の反応。中には専門的な用語を知ってる人もいて「正規のアンダースタディーとしていらっしゃったんですか?」てな質問も。わたしも一学期に演劇の基礎やら専門用語は教えてもらっていたので、意味は分かった。
 日本のお芝居ではほとんどいないけど、欧米の大きなお芝居のときは、あらかじめ主役級の役者に故障が出たとき、いつでも代役に立てる役者さんが控えている。本番では別の端役をやっているか、楽屋やソデでひかえている。ごくたまにここからスターダムにのし上がってくる人もいるけど、たいていは日の目も見ずに終わってしまう。
「……いえ、わたし、潤香……芹沢先輩には憧れていたんで、稽古中ずっと芹沢先輩見ていて、そいで身の程知らずにも手を上げちゃって」
 そのとき、客席の後ろにいた人が拍手した……あ、あいつ……!?
 そのあと、みんながつられてスタンディングオベーションになって、ヤツの姿はその陰に隠れかけた。その刹那、赤いジャケットを着たマリ先生が客席の入り口から入ってくるのが分かった。
 その姿は遠目にも思い詰めたようにこわばっているのが分かった。

 いったい何が起こったんだろう……。
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宇宙戦艦三笠・37[20年の歳月]

2019-10-21 06:34:05 | 小説6
宇宙戦艦三笠・37
[20年の歳月] 



 

 

 体が鉛のように重かった。手足も自由に動かず、視野もボケている。

 でも、どうやら20年の眠りから覚めたんだ……そう理解するのに30分ほどかかった。
「もう、大丈夫ですよ」
 優しい声が聞こえたが、誰の声であるのか思い出すのに数分かかった。
「えっ……!?」
 視覚が戻ってきて、修一の口から洩れた言葉は、驚愕の一言だった。

 目の前にいるのは、スケルトンだった。くたびれたユニホームと声からクレアだということが分かった。

「クレア、その恰好は……?」
「生体組織のメンテナンスに使うエネルギーも、三笠の蘇生に使いました。三笠がダルを抜けたら、元に戻します。しばらく見苦しいですが辛抱してください」
「他のメンバーは?」
「そちらです」

 救命カプセルは、船内で使う場合、状態を視認できるように半面が透明になっている。樟葉と美奈穂のカプセルを見て、修一はドキリとした。二人とも身に一糸もまとわない裸であった。

「服は、体を締め付けます。そこから皮膚や内臓に負担をかけてしまうので、みなさんが眠りについたあと、裸にしました」
「オレは、服を着てるけど」
「蘇生の兆候が見えたので、昨日服を着せました」
「え、クレアが着せてくれたの?」
「はい、ちゃんと着せたつもりなんですけど、不具合があったら、ご自分で直してください」
「クレアこそ、そのスケルトン、なんとかしろよ。他の三人が目を覚ましたら、オレよりビックリするぜ」
「ダルを抜けるまで気が抜けません」
「そうか。トシのカプセルは?」
 救命カプセルデッキには、三基のカプセルしかなかった。
「トシさんのカプセルは、こちらです」

 トシのカプセルは、デッキの隣の部屋に移されていた。

「お早う。東郷君が一番だったわね」
 みかさんがカプセルに寄り添ってくれていた。悪い予感がした。

 トシのカプセルには白い布がかけられているのだ。

「トシは……?」
「カプセルとの相性が悪くて、五年しかもたなかった。ごめんなさいね……」
 修一は、白布を剥ぎ取った。透明なカプセルの中にいたのは、ミイラ化したトシの変わり果てた姿だった。
「どうにもならなかったの……?」
「秋山君を助けようと思ったら、その分三笠の復旧が遅れる。カプセルは20年しかもたないのよ。秋山君を助けようとしたら、全員助からなかったわ」

「そうなんだ……」
「そこで相談があるの。三笠の復旧も終わったし、秋山君のクローンを作ろうかと思うの。これからの航海に機関長は欠かせないわ」
「それ、どうしてオレに聞くんだよ。オレに黙ってやってくれたら、こんなショック受けずにすんだのに!」
「だって、あなたは艦長だもの、全てのことを知っておく必要があるわ」
「じゃ、クローンでもいいから再生してやってくれよ。トシは、やっと立ち直ったところなんだから」
「その前に、秋山……トシくんの最後をしっかり見て上げて」

 トシのカプセルの蓋が開けられた。賞味期限が過ぎたスルメのような臭いがした。修一は、トシが胸に抱いているスマホを手に取った。
 皮肉なことに、スマホの電池は残っていた。

 マチウケは、死んだ妹の写真だった。ホームセンターで自転車を買ってもらったばかりの嬉しくてたまらない顔をしている。あまりにいい顔なので、トシは写メったのだろう。その数分後にバイクに跳ねられて死んでしまうとも知らずに。
「じゃ、カプセルを閉じて。再生するわ」
 みかさんは、ミイラ化したトシの皮膚のかけらに息を吹きかけた。目の前のベッドが人型に光った。光が収まると、そこには寝息を立てているトシがいた。そして、みかさんが指を一振りすると、カプセルの中のミイラは、煙になって消えてしまった。
「ミイラがいたんじゃ、話のつじつまがあわないから。あくまで、トシくんは東郷君と同じように目覚めた……忘れないでちょうだいね。それからクレアさんも、それじゃあんまり。生体組織再生しときましょうね」

 クレアが、元に戻ると同時にクローンのトシが、ベッドで目覚めて伸びをした。

「ああ、よく寝た。やっぱ先輩の方が目覚めるの早かったですね。樟葉さんと美奈穂さんは?」
「隣の部屋」
「せんぱーい!」
 お気楽に、トシは隣の部屋に行った。数秒後真っ赤な顔をしてトシが戻って来た。
「な、なにも着てないんですね……で、ウレシコワさんは?」

 修一は虚を突かれたような気がした。ウレシコワのことは、今の今まで忘れていたのだ。
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秋野七草 その二『ナナの狼狽』

2019-10-21 06:22:59 | ボクの妹
秋野七草 その二
『ナナの狼狽』         


 
 
 オレが起き出さないうちに、こんなことがあったらしい。

 山路が起き出したころには、七草(ナナ)は起き出していて、お袋といっしょに朝の家事にいそしんでいた。
 自衛隊にいたころからの習慣で、七草の朝は早い。お袋も職工のカミサンで朝が早い。
 で、お袋は、寝室に居ながらも夕べのことは全部覚えていた。オレが山路を連れて帰ったことや、七草が、その酔態をごまかすために、七草の姉、七瀬の話をしたことなど。

「あ~、やっちゃたあ……」

 夕べのことを、お袋から聞いた。で、七草は、オレたちの朝の用意をしながら、ダイニングのテーブルにつっぷしてしまった。
「おはようございます。夕べは、すっかりお世話になりまして」
「いいえ、あらましは、夕べお聞きしました。いえね、もう床に入っておりましたんでね、この子達も、いい大人なんだから、恥ずかしさ半分、ズボラ半分でお話し聞いていましたのよ。大作がいつもお世話になっております。主人は早くからゴルフにでかけちゃって、よろしくってことでした」
「それは、どうも恐縮です」
「いえいえ、こちらこそ。朝ご飯の用意はいつでもできるんですけどね。その前に朝風呂いかがですか。さっぱりいたしますよ。その間に朝ご飯は、この子が用意いたしますので。わたし、朝一番に美容院予約してますので、失礼しますが、ごめんなさいね。これ、ちゃんとご挨拶とご案内を!」
 と、名前も言わずに、お袋は七草をうながし、美容院へ行ってしまった。で、七草が正直に白状してしまう前に、山路の方がしゃべってしまった。
「お早うございます。わたし……」
「ああ、おねえさんの、七瀬さんですね。いや、夕べ妹さんがおっしゃっていたとおりの方ですね。双子でいらっしゃるようですが、だいぶご性格が違われるようですね。いやいや、いろいろあってこその兄妹です。妹さんは?」
「あ…………まだ寝てるんじゃないかと思います。仕事はともかく、うちでは、まだまだ子どもみたいで」
「いやいや、なかなか元気の良い妹さんです。部屋に入る前は、かっこよく敬礼なんかなさってましたね」
「え、ええ、あれで、この春までは陸上自衛隊におりましたの。本人は幹部になりたかったようですが、自衛隊の方が勘弁してもらいたいご様子で、今は信用金庫に……はい(モジモジ)」
「じゃ、お言葉に甘えて……お風呂いただきます」
「あ、どうぞどうぞ。兄のものですが、お召し替えもご用意いたしますので、どうぞごゆっくり。こちらが、お風呂でございます」
「あ、どうも」

 このあたりで目を覚ましていたが、展開がおもしろいというか、責任が持てないからというか。タヌキを決め込んだ。そして、タヌキが本気で二度寝しかけたころに、インタホンが鳴った。
 ピンポーン
「お早うナナ。あら、お母さんもお父さんもお出かけ? お兄ちゃんは朝寝だね」
「こりゃ、気楽に女子会のノリでやれそうね」
 幼なじみで、親友のマコとトコが来た。そういや、高校の同窓会の打ち合わせを、ウチでやるとか言ってたなあ……なんだか、下のリビングとナナの部屋を往復する音がして、ややこしくなっているようだ。

「なんで!?」
「つい、ことの成り行きでね。お願いだから合わせてちょうだい……というわけだから」
「へー!」
「なんと!」
「ほんの、二三時間。わたしも張り切るから」
「おもしろそうじゃん」
「じゃ、そのナリじゃなくて、らしく着替えなくっちゃ!」
「メイクも、髪もね!」

  で、オレが起き出し、山路が風呂から上がったころには、夕べ玄関先で見かけたナナが出来上がっていた……。
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小悪魔マユの魔法日記・70『期間限定の恋人・2』

2019-10-21 06:11:20 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・70
『期間限定の恋人・2』    



 マユは、ポケットのカメオを撫でて美優の病室に向かった……。

「あら、吉田さん。今日は、もう上がったんじゃないの?」
 病室に入ると、母の美智子が驚いた。以前ロ-ザンヌで客として会ったときよりも十歳ほど老けて見えた。それは看病疲れなのだろうけど、自分が老けることによって、少しでも娘の命をのばしてやりたい母心のようにも思えた。

「ナースステーションにもどったら、このブローチ、ユーノー (Juno、古典綴 IVNO)って、ローマ神話の女性の結婚生活を守護する女神さまだって、ドクターに教わって……改めてお礼が……」
 そこまで言うと、吉田(マユ)は涙で言葉が詰まってしまった。マユ自身の心なのか、コピーしたナースの心の反応なのか、マユは、自分でも分からなかった。
「お礼が言いたいのは、わたしの方よ……吉田さんは、わたしと同い年でしょ。その吉田さんが、結婚を間近にして、こんなにキラキラして……わたし、自分のことのように嬉しいのよ」
 やつれてはいるが、美優は酸素マスクをずらし、透き通るような笑顔を返してきた。
「でも、疲れたんじゃない。この一週間、これにかかりっきりだったでしょ。わたし、よっぽど止めようと思ったんだけど、美優ちゃん、一生懸命だったし、お母さんも楽しそうに観てらっしゃったから……」
「うん……少しね。いよいよ酸素マスクなしじゃ、呼吸も苦しくなってきたけど。わたし……満足」
「『吉田さんにあげる』って言われたとき、びっくりしちゃった。そのとき、これがユーノーだって言われてたら、わたし泣いちゃってたわ」
「フフ……」
 美優は力無く、しかし、心から嬉しそうに笑った。
「そこまで言ったら、きっと吉田さん泣いちゃうだろうって……当たりだったわね。でも、もう泣かないで。美優もわたしも、吉田さんの笑顔が見たかったんだから」
「吉田さん……」
「うん?」
「側に来て……」
「え……?」
「わたし、目にきちゃったみたいなの……それ、彫り終えてから、物がが見えにくくって」
 
 美優は、抗ガン剤を使わなかった。もう助からないことが分かっていたし、抗ガン剤の副作用で髪の毛が抜けたりするのが嫌だった。どうせ助からない命なら、少しでも女らしく死にたかった。

「ほんと……吉田さん、ほんとにきれいだよ。お母さんの言ってたこと、ホントだね」
「そうよ、恋の絶頂にいる女性は、一生で一番きれいになるのよ。もともと吉田さんはきれいな人だけどね」
「吉田さん……顔さわってもいい?」
「う、うん。いいわよ。こんなものでよければ、ご存分に」

 美優は、吉田(マユ)の頬に触れようと手を伸ばした……しかし、吉田(マユ)の顔の高さまで手を伸ばす力が出ない。

「……手が、上がらない」
「美優……!」母の美智子が、思わず立ち上がった。
「ちがうって、お母さん。ブローチ彫るのに腕使いすぎたから……」
 美優は、少しだけ嘘をついた。腕が上がらないのは、ブローチのせいなんかじゃない。吉田(マユ)は美優の手を取り、自分の頬に持っていった。
「スベスベのツヤツヤだ……フフ、なんだか、赤ちゃんのお尻みたい……泣かないでよ吉田さん」
「う、うん」
「泣いたら、スベスベが分からなくなっちゃう……」

 美優は、一分足らずで吉田(マユ)の顔から手を放した……力が尽きてきたのだ。
 もう、明日からは寝たきりになるだろう……吉田の姿のマユは小悪魔の勘で、美優の命は一週間きっかりだとふんだ。

 マユは温かくも悲しい気持ちになり、母の美智子に、そっと言った。

「お母さん……」

「え……そんな薬があるの!?」
「ええ、命を延ばすことはできませんが、命をまっとうするまでは普通の元気でいられます」
「ぜひ、お願いします!」
「なに、こそこそ話してんの……」
「「な、なんでも……!」」
 
 美智子と吉田(マユ)の声がそろった……。
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