大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・138『量子バルブ』

2020-03-20 13:46:45 | 小説

ライトノベル 魔法少女マヂカ・138

『量子バルブ』語り手:マヂカ    

 

 

 

 北斗は黄泉比良坂の上空を旋回した。

 

 僅かな時間でも千曳の大岩が開いてしまったために、あたりは朱を含んだ闇色に淀んで、まるで地獄の空を飛んでいるようだ。

 千曳の大岩は閉じてしまったが、周囲の岩や地面からは間歇的に風穴が開いては閉じて、醜女たちが姿をのぞかせては赤い舌を蛇のように動かして威嚇している。

「すまない、嵐山のトンネルで手間取って、今になってしまった」

 晴美隊長は、わたしとブリンダの不始末を咎めることもなく、自分たちの不手際を詫びてくれる。

「さすがは聖メイド、こんな不始末でも労ってくれるのね」

「それはお互いさまということで、どうするかを考えないとな」

「もう一度量子パルス砲で千曳の大岩をぶち抜けない?」

「嵐山のダメージで出力が足りないのよ。回復の見込みは?」

「三日ほどはかかります」

 友里の返事に隊長は静かにうなづく。悟ってくれという気持ちが読み取れる。

 ノンコも清美も、助っ人のサムも黙々と操作しながら警戒してくれている。ミケニャンは北斗の外で醜女たちを牽制しているウズメから目が離せない。

「ウズメさんのエロはアキバにはないものニャー、あれ、アキバにも取り込めないかニャ?」

「風俗営業になってしまう」

「違うニャ! あの目ニャ! 色っぽいだけじゃニャくて、可愛いニャ。萌ニャ。あの目で見られたら、一瞬動きが止まってしまいそうになるニャ。もし、アキバのメイドになったら50%は客足が伸びるニャ~(⋈◍>◡<◍)」

 ウズメは責任を感じているんだ。

 十銭玉の勢いで攻めきれずに押し返されて、せめて風穴から先には醜女たちを出さないように睨みを利かせてくれている。醜女の中には一銭玉を失くしてしまい、ウズメの流し目に直撃されて蒸発してしまう者もいる。

「なんとかしないと、ウズメもいつまでも持たないぞ」

「北斗のCPで解析中です」

 砲雷手の清美が応える。CPは微かに唸りをあげながら演算を繰り返しているが、今のところ『エスケープ』と『撤退』の二文字を点滅させているだけだ。

「り、量子バルブが疲労破壊寸前!」

 機関部の調整をしていたノンコが悲惨な声をあげる。

「定期点検で外したバルブ、まだ使えるかもよ!」

「廃棄品ですよーー(-_-;)」

「替えるまでもてばいいから!」

「はいい、隊長!」

 ノンコは操作卓を離れてツールボックスに取りついた。

「二個残ってる、どっちします!?」

「どっちでもいい、即、交換!」

「友里、二十秒だけ期間停止して!」

「十秒でやって!」

「分かった!」

 ズビューーーーーーーン

 底が抜けるような音がして、エンジンが停止。しかし、質量50トンの北斗は、速度を5キロ落としただけの惰性で結構走る。

「交換完了!」

 ズゥイーーーーーーーン

 エンジンが再始動、5キロの失速はたちまち回復した。

 ピポパポポ ピポ

「CPがアンサーを出します!」

「「「「「なんと!?」」」」」

 全員がモニターに釘付けになる。

―― 量子バルブの真鍮にビタ銭の成分あり 量子バルブの真鍮にビタ銭の成分あり ――

「「「ビタ銭?」」」

 クルーたちが頭を捻る、わたしと晴美隊長だけが分かった!

「「鐚銭だ!!」」

「だから、それはなんだ? ビタミンの一種か?」

「明治以前に使われていた通貨だよ、真ん中に四角い穴の開いた銅貨で、明治になってからもしばらくは補助貨幣として使われていた」

「『びた一文やれるか!』の鐚だ」

―― 鐚銭を抽出復元すれば醜女の一銭銅貨に対抗できる ――

「そうよ! 鐚一文は一銭の1/10よ!」

「じゃ、バルブから抽出復元して!」

「あ、でも、バルブを外したら北斗が……」

「動かなくなるニャ!」

 

「……だいじょうぶ! ツ-ルボックスに、もう一つ取り外したのがある!」

 

 もうちょっと頑張って!

 ウズメに祈りながら、バルブから鐚銭を抽出にかかった。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・75「渡り廊下でハグすんな!」

2020-03-20 06:49:29 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)75

『渡り廊下でハグすんな!』   




 転校生が全校集会で紹介されることはありえない。

 普通、クラスの朝礼で担任が紹介しておしまい。


 でも、交換留学生は違うみたい。
 始業式、校長先生の挨拶と訓話が短かった。
 え、もうおしまい? 思っていると教頭先生に合図されて一人の男子生徒が朝礼台の上に現れた。
 女子に比べてダサダサと言われている男子のブレザーをカッコよく着ている。上背があって脚が長い。
 とたんに女子を中心としてどよめきが起こった。

 制服という属性の為に気づくのが遅れたけど、彼は外人だ、それも多分アメリカ人。

「今日から始まる二学期一杯一緒に勉強するミッキー・ドナルド君です。アメリカのサンフランシスコからやってきました。学年は二年生です。ドナルド君は……あ、ファーストネームね、ミッキー君は地元の高校では生徒会の副会長をやっています。クラブ活動や生徒会活動に関心があるようです。えーーそもそも交換留学生というのは……」
 訓話が短かった分の演説が始まりだしたので、みんなは校長の声を意識から遮断して、壇上のミッキー・ドナルドをシゲシゲと観察し始めた。
 全校生徒、特に女子の観察には大変な圧があって、ミッキーはみるみるうちに赤くなっていく。

 で、わたしも立派な交換留学生なんですけども。

 なんせ、入学した時から普通に存在しているので、今さら交換留学生という認識はされていないようでありがたい。
 中三の時にもカナダから交換留学生がやってきて、同じアメリカ大陸の人間だと言うことだけで担当にされて嫌な思いをした。
 ま、交換留学四年生としては、そっとしてほしいというのが本音。

 ところが、始業式終わって教室に向かうところでミッキーの方から声を掛けられてしまった。

「やーミリー!」

 な、なんであたしの名前を知ってるんだ!?

 まわりの生徒は、やっぱアメリカ人同士ってな温かい目で見てるんだけど、わたしにしては新年度の初日(アメリカは秋が学年の始まりだから)に面倒そうな男子に声かけられたって感じ。正直、ヌソっとしていて民主党的建て前で生きてますって男子は引いてしまう。だって、そういう男子は粘着質のグローバリストに決まってるから。ほら、日本にもいるでしょ、宇宙人の二つ名の元首相。

「オー、ナイスチューミーチュー!」
 
 あとあと祟られたくないので、十七年の人生で身に付いた渾身の外交辞礼的スマイルで握手の手を伸ばす。
 握ってきた手の温もりがやりきれないけど、おくびにも出さず簡単な自己紹介をする。
「あ、覚えてないかな、ボクのこと?」
「え……?」
 ディズニーキャラを親類に持った覚えはないので瞬間凍り付く。
「ほら、シスコのチャイナタウンで隣のテーブルだった……」
「あ、あ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 思い出した。

 フォーチュンクッキーで盛り上がってた時に……隣のテーブルから声をかけてきたのは……?
「たしか、ミハル・セトウチといっしょだったわよね?」
 演劇部因縁の生徒会副会長との有りうべからずの邂逅を思い出してしまった。
「そうそう、ミス・ミハル!!」
 なんで感嘆詞が二つも付くんだ?
「ミハルはなんで三年生なんだろうなーーー」
 なんでため息? まるで体中の幸運が逃げ出してしまいそうな?
「ミハルと同じクラスになると思っていたのにーーーー」
 190はあろうかというドンガラが萎んで消えてしまいそう。
「あ、え、えと、二年生だったわよね?」
「あ、うん、確かミス・ヒメダのクラス」
 背中を脊髄に沿ってゾゾゾと来るものがあった。

「それって……わたしのクラスじゃん?」

 ミッキーは地獄で仏のような笑顔……まではいいんだけども。

「オーーー、アメイジング!」

 コラー! 渡り廊下でハグなんかすんなよおおおおおおおおお!

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坂の上のアリスー25ー『お父さんからメール来てる』

2020-03-20 06:39:46 | 不思議の国のアリス

坂の上のー25ー
『お父さんからメール来てる』   



 

 夢と現実にはギャップがある。

 ごく当たり前のことだけど、人間というのは、現実にそういうギャップを目の当たりにするとひどく狼狽えたり失望したりするものだ。
 
 なんでこんなことを思うかと言うと、我が妹の綾香が、そのギャップの日本代表みたいだからだ。

 ゲ~フッ!

 これを聞いた人は、家に牛か何かの動物がいると思うに違いない。
 実際は、綾香がホットパンツにタンクトップという出で立ちで、床に大あぐらかきノーパソをスクロールしながら発したゲップ。
 注意しても甲斐が無いので、俺はなにも言わない。

 以前注意したら「ほんと!?」とビックリ……したところまではよかったが、やおら冷蔵庫から牛乳を取り出して一気飲み。そして、今みたいにノーパソで遊んでいたかと思うと「ゲ~フッ!」と大ゲップ。
「よし、録れた!」
 なんと、綾香は自分のゲップを録音していた。で、何度も再生しては喜んでいる。
 で、なんかカチャカチャやってると思ったら、自分のゲップをSNSにアップした。
「ねえ、ニイニ、見てよこれ!」
「おまえなあー、仮にも花の女子高生……」
 画面を見てびっくりした。

 さあ、クリックして、この奇声を聞いて! 聞いたら、その正体を下から選んでください。

 ①:牛 ②:豚 ③:トトロ ④:ガマガエル ⑤:ジャイアン ⑥:ダンプカーの排気音 ⑦:タンカーの汽笛 ⑧:その他(  )

 自分のゲップを面白がってクイズにしてしまった。
 あくる日に見てみると、⑧のその他が一番多くカッコの中には(ゴジラ)と書かれていた。だれも投稿した女子高生本人とは思っていないようだ。

 ゲップの次はオナラだった。

 動画サイトで「オナラに火を点ける」というのを見て「スッゲー!」と面白がって自分で実験。
「ア、アチチチ!」
 マッチの距離の取り方がむつかしく、火傷をしそうになる。
「ニイニ、手伝ってよ!」
 俺が断ったのは言うまでもない。結局パンツを焦がしたところで飽きてしまった。

 これが外ではポニテが良く似合うハツラツ美少女で通っている。

 昨日も聖地巡礼と称し、すぴかとゴスロリファッションでアキバに出かけていた。聖地巡礼はいいんだけど、その都度「下僕への課題」ということでエロゲを土産にされるのが閉口。
「チ、またエロゲかよ」
 リビングのテーブルに置かれた紙袋に、思わず舌打ちした。ちなみに妹もすぴかも、こんな舌打ちぐらいで凹むヤワじゃない。
「エロゲはこっち!」
 そう言って、一回り大きいスーパーそに子がプリントされた紙袋を置いた。
「小さい方見てよ」
 開けてみると、某中堅プロダクションのプロモDVDとパンフ、それにナンチャラプロディユーサーの名刺が入っている。
「またスカウトされたんか?」
「うん、ま、名前も住所もデタラメしか言ってないし。向こうもテキトーに何十人も声かけてんだし」
 そう言うと、キャミとパンツだけの姿で冷蔵庫に向かう。
「ニイニも、そんなのコレクションして、どーすんの?」
 言いながらサイダーを出してラッパ飲み。
「うっせー」
 別にコレクションしているわけじゃない。俺が意識して見せることで、ちょっとでも年頃の女の子らしさを意識してくれたらという老婆心なんだけどな。実際、最初の二三回はプロダクションを検索して、所属のモデルやアイドルの真似をしていた。ま、最後は変顔とか、イメージ崩すポーズとかして喜んでるんだけどな。いつか、本当に女の子らしい憧れを持ってくれるんじゃないかってな。

 それと、オレだったらアイドルの写真に落書きとかして遊ぶ。オレも教科書の肖像画とかはオモチャにしてるもんな。いっかい言ってみたら「ひとの顔いじって自分が変わるわけないっしょ?」と斜め裏側から真顔で言いやがった。

 ややこしいが、これが昨日の話で、今は胡坐かいてノーパソをいじっている。

「ニイニ、お父さんからメール来てるぞ」

 そのメールが、俺たちの夏休みを決定づけることになる……。

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・46《コクーン・3》

2020-03-20 06:02:55 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・46(さつき編)
《コクーン・3》   



 隣の席から声がかかった。

 なんと陸自のレオタード君がシート脇の通路に立っている!

「え、どうしてレオタード君が?」
「仕事だよ。幹部の通訳で付いていくんだ。一佐、お席はこちらです」
 CAのオネエサンと話していた制服のエライサンがこちらにやってきた。
「おや、このお嬢さんは、君の知り合いの方かい?」
 一佐の階級章を付けたエライサンがにこやかに聞いた。
「自分が渋谷で事故を起こしたときの相手の方です」
「ああ、あのときの……その折りは、ご迷惑をかけました。また、しっかりした対応をしていただきましたので、部隊としても大変助かりました。申し遅れました、連隊長の小林です」
「小林イッサ……ですか」

 世界の常識で言えば小林大佐なんだけど、自衛隊独特の呼称がユーモアだ。

 シートベルトを外すころには、三人の会話はいっそうフレンドリーになっていた。
「ほう、お兄さんは『あかぎ』に乗っておられるのですか」
「はい、砲雷科で班長やってます。こないだはレオタード……レオタールさんに来ていただいて兄も喜んでいました」
「あれが、新聞と動画サイトに出たことが、今回のことを円満に解決してくれました。お兄さんにお礼を言っておいてください」
「言い出したのは父なんです。昔は兄が防衛大学に入るのにも反対してた人なんですけど」
「自分も一度お目に掛かりましたが、とてもご理解のあるお父さんでした」
「わたしのフランス留学には反対なんですけど。なんてのか、心で反対、頭では賛成なんです」
「それが、親心というもんでしょう。わたしにも娘がいますが、素直には賛成しないでしょうね」
「けっきょく、コクーンなんです」

 このコクーンという言葉に小林一佐も、レオタード君も積極的に反応してくれた。

「家庭がコクーンだという発想は正しいと思うな。コクーンに居る限り身の安全は保証されるけど、コクーンの中に居る限り成虫にはなれないもんね」
「だからレオタールは、コクーンを飛び出すために、アメリカの大学に行ったり、北海道で牛の世話とかしていたんだな」
「サンダースは、そこまでご存じだったんですか?」
「ああ、新入隊員の人事表は全部目を通すからね。君のは特に面白くて印象に残っているんだ」
「あの、サンダースってのは……懐かしの『コンバット』なら、軍曹だと思うんですが?」
「ああ、ケンタッキーの方ですよ」
「え、カーネルサンダース……ですか?」
「あれ、サンダース大佐って意味。なんか、一定の雰囲気になると、うちではサンダースって言うんだ」
「私服のときなど、業界用語ははばかられる場合もありますからね」
「他の部隊じゃ、オヤジとか言うんだけどね。なんか普通で面白くないじゃない」
「あ、これ、レオタード君が考えたんでしょ!?」
「あ、その、変なことは、みんなボクみたいな言い方は止してくれる」
「ハハ、うちの娘ですよ。二佐の時に『今度進級したら小林イッサになっちゃう。イメージ壊れるから、他のにする』で、サンダース。これをある幹部に話したら機密保持ができんやつで、いつのまにか部隊中に広まりましてね」
「ハハ、面白い娘さんですね」
「いや、あなたもなかなかのものだ。フランスにいったらがんばって」
「はい」
「で、気が変わったら、いつでも自衛隊に。ま、自衛隊も有る意味コクーンかもしれませんがね」
「サンダース。それは本人の心の持ちようだと思いますが」
「ハハ、そういうとこで突然真っ直ぐになるのも、レオタールのいいとこだ」
「え、ええ、そうですか?」
 レオタード君は、わたしでも分かるコクーンとしての自衛隊の意味が分かっていない。こういうボケたところが、なんとも若者としてはおもしろい。自衛隊員としては……小林一佐の前なので、あたしは言うのを控えた。

 それは、シャルルドゴール空港に着く一時間ほど前のことだった。

「どなたか、ジェット旅客機の操縦が出来る方はおられませんか!?」

 機内放送が、日本語、英語、フランス語で、喋り始めた……。

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ライトノベルベスト・『ライト物語・星に願いを』

2020-03-19 15:19:58 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト

『ライト物語・星に願いを』

 

「いつまで寝てんの、早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
 
 母の声で目が覚めた。
「……あと五分」
 そう言って、宏美は布団を被り、まどろみ始めた。
「しかたのない子なんだから」
 いつものことだけれど、このしばしの五分……二度寝とも言えないまどろみが、三十路に指がかかった宏美のささやかな楽しみなのである。
 高校時代からの癖で、母も、それを見込んで五分早めに声をかけてくる。
 しかし、今朝のまどろみは、深かった。夢の中で、夕べの出来事が、紅茶に入れたミルクのように渦を巻いて湧き上がってきた。

「宏美ちゃん、だいじょうぶ……?」
 浩一が、遠慮がちに声をかけてきた。十数年ぶりの同窓会で、つい飲み過ぎてしまった。真央や絵里香たちとは部活も同じだったので、つい話しが弾み、気が付けばハイボールを四杯空にしていた。
「ちょっと風に当たってくる。ハハ、大丈夫だって……」
 真央たちに、そう言ってベランダに出た。初夏と言っていい五月の最終の日曜だけれど、宴会場のベランダに吹く風は、ヒンヤリと心地よかった。
「ウーロン茶。よかったら、酔い覚ましになるよ……」
 浩一が、左の手で、ウーロン茶を差し出した。
「ウーロンハイじゃないでしょうね」
「ちがう、ちがう!」
 浩一は、宏美の軽口に、大まじめに否定した。変わっていない、高校生のあのころから……。
「じゃ、ちょうだい」
「うん!」
 勢いよく差し出されたグラスから、ウーロン茶が飛び跳ね、浩一にも、宏美にもかかってしまった。
「あ、ごめん!」
 浩一は、慌ててハンカチを取りだし、濡れた自分のシャツに構うこともせずに、宏美の服を拭い始めた。
「かまわないのよ。ウォッシャブルだから、洗えば、おしまい」
「それでも……」
 浩一の顔が赤くなった。
「あはは……キャ、どこ触ってんのよ。浩一クンのエッチ!」
 浩一のハンカチが、軽く、宏美の胸に触れた。酔った勢いで、宏美は女子高生のような嬌声をあげた。
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
 浩一は、顔をさらに赤くして、どうしていいかわからずおろおろしている。
「冗談よ、冗談。ちょっと、からかってみただけ。浩一クンの、その反射神経のおかげで、わたし助かったんだから」
 浩一は、一瞬戸惑った顔になったが、すぐに思い出した。

 
 あのとき、浩一が手を伸ばしてくれなかったら、宏美は生きてはいられなかった……。

 
 あれは、高校三年の春だった。
 浩一とは、中学は違ったが、通学する駅はいっしょだった。
 二年の終わり頃までは、乗る電車は違っていた。
 正確には、乗る車両が違っていただけなのだが、宏美は浩一を意識もしていななかった。
 浩一はというと……一年の夏には、宏美を意識していた。
 部活の終わりが、たまたま同じになり、真央たちと駅に向かう宏美のあとをつけるかたちになってしまったことがある。
 同じ車両の隅っこで、かろうじて宏美を視野にとらえ、トンネルに入ったときに、窓ガラスに映る宏美を見て、胸がときめいた。
 真央や絵里香たちが、次々と駅で降りていき、同じ車両で、同じ高校の生徒は、宏美と浩一だけになってしまった。
 浩一は、宏美が降りる駅まで付いていく気持ちになった。
 電車がT駅に着くと、宏美は降りていく……浩一は驚いた。
――オレと同じ駅だったんだ!
 T駅は、上りと下りの両側に出入り口があり、宏美は上り側、浩一は下り側のそれを使っていた。
 浩一は、宏美の後をつけていく勇気はなかった。同じ駅だという発見だけで、その日は大満足だった。

 部活は、浩一は柔道部、宏美はテニス部で、柔道部の道場の窓から、テニス部のコートの半分が見える。
 その半分に宏美が立ったときは、浩一は気もそぞろになり、自分より格下の部員に技ありを取られてしまうことがあった。
――これじゃだめだ!
 浩一は、自分の心に鍵ををかけた。で、しばらく、そういうことは起こらなかった。
 ある日、道場で練習試合をやっているとき、宏美がコートチェンジして、見える側のコートに立った。
 自分の甘いボレーを強烈なスマッシュで返され、宏美は転んでしまい、アンダースコートがちらりと見えた。
 浩一の心の鍵は一瞬で吹き飛んだ。その隙をつかれて、大外刈りをかけられ、その一本で、浩一は負けてしまった。
「浩一、今日は勝ちを譲ってくれたんだな……今日は、オレの柔道部最後の試合だったんだ」
 先輩は、汗を拭いながら、横目を潤ませ、小声で礼を言った。
「いや、オレ、そんな……」
「おまえはいい奴だ。柔道は勝負だもんな。先輩も後輩もない。オレ分かったぜ。あの瞬間、おまえは顔を赤くして、目をそらせた。勝負と人情の板挟みだったんだよな」
 先輩の美しい誤解を解くことはできなかった。

 秋になると、登校時の電車を宏美のそれに合わせるようになった。しかし、浩一は同じ車両に乗るのが精一杯。視野の片隅で宏美をとらえることで満足だった。駅から学校まで後をつけることもできない。身長が百八十に近い浩一は、普通に歩いていても、簡単に並の女子高生などは追い越してしまう。後をつけるために歩調を落とすことなど、とても卑しいことに思えて、浩一は、改札を出て、すぐに宏美を追い越してしまう。
 その、追い越してしまうまでの数秒間が、浩一にとっては幸せの一瞬だった。風向きによっては追い越しざまに宏美のリンスの香りがしたりする。そんな時は、つま先から頭まで電気が走ったようになるが、アンダースコートがちらりと見えたときのように、自分がとても卑しい気持ちになったように思え、赤い顔のまま、うつむいて校門への道を急いだ。
「浩一、どうかしたか?」
 同じ時間帯に校門への道を急いでいるときに、同じ柔道部員に見とがめられた。浩一の淡い恋心が人に知れるのは時間の問題であった。

 しかし、奇跡が起こった。宏美の方から、浩一に声をかけてきたのである。

「あの、あなた秋川君でしょ、柔道部の?」
「え……あ……うん」
「コウチャン……あ、金橋君に勝ちを譲ってくれたのね」
「え、あ……いや」
 練習試合で勝ちを譲ったことになっている先輩は金橋孝治と言って、宏美の従兄弟であった。先日の法事でいっしょになり、孝治から、その話を聞いた宏美であった。
「どうも、ありがとう。コウチャンの柔道って下手の横好きだから、最後に勝てたの、とても喜んでた。それに勝ちを譲ってくれたオクユカシイ秋川君を誉めてたわよ」
 浩一は自分と同じコウチャンなので、頭が混乱したが、やっと話しが分かると、少し気持ちが落ち着いた。
 宏美は、お礼を言うよりも、従兄弟が誉める人間に興味があって声をかけたのである。同じコウチャンという愛称であることが分かると、宏美はコロコロとよく笑った。

 それから、宏美は同じ時間、ホームの浩一の横に立つようになった。
 決まって、浩一の左側に立つ。宏美は意識していたわけではないが、人間は人の左側に立つ方が、気持ちが落ち着く。大学の選択で習った心理学で、それを知り、仕事をするようになってからは、できるだけ人の右側に立つようにしていた。
 メアドも、宏美の方から交換しようと言い出した。浩一は、やや桁の外れた真面目人間で、学校には携帯を持ち込まない。そこで、宏美はメモ帳を出し、浩一に差し出した。
「これに書いて」
 浩一は、左手でメアドを書いた。
「浩一クンって、左利きなんだ」
「え、ああ。両方使えるんだけどね、いざって時は左手になっちゃうね」
「左利きの人って頭いいらしいわね。うちのお祖母ちゃんなんか『わたしの彼は左きき』がオハコよ」
 
 そんなことから、二人の付き合いは始まった。宏美は軽い気持ちで、二日に一度くらいのわりでデコメいっぱいのメールを送ってきた。浩一は、それに簡単な返事を送るだけであった。しかし気持ちはメールほど簡単では無かった。あいかわらず道場の窓から見えるテニス部が気にかかった。ときどき見える方のコートで宏美が手を振ってくることもあった。浩一がそれに応えることはない。そういう自己表現のできる男ではなかった。

――ムシしないでよね……それともハズイ?
――部活の間は、お互い練習に集中しよう!

 こんなぐあいで、宏美は軽い気持ちのままであった。ただ、宏美は素直な性格で、かつ気配りが(女子高生としては)できるほうで、部活中に手を振ることも止めたし、メールや、会話の中で、他の男の子のことを話題にすることもしなかった。
 しかし、浩一の「部活の間は」というところにアクセントをおいたメール。その真意が分かるところまで精神的には発育してはいなかった。
 浩一は、浩一で、つのる自分の気持ちを伝えることもできず、ただ、宏美の横に突っ立っているだけのことしかできなかった。
 もどかしくも、微笑ましい距離をとりながら、交際とも言えない関係が続いた。

 三年生になって同じクラスになったが、二人の関係はそのままだった。二年生の秋に、真央が近所に越してきて、それから、たいていの日は三人で電車を待つハメになったことや、ときどき浩一の仲間が混ざったりで、浩一は、もう一歩前に踏み出す機会を掴みかねていた。
 宏美は宏美で、浩一の心が分かることもなく、うかうかと三年生になっていた。
 
 夕べの同窓会で浩一の想いに気づいた。しかし、それはタイムオーバーになって、正解に気づき、罰ゲームをくらったタレントのように間が抜けていた。

 真央や浩一の仲間が、朝の電車待ちに来ないことはあったが、浩一は一日も欠かさず、宏美の右側に立っていてくれた。 
 その年は、冬がくるのが早かった。十一月の半ばには、木枯らしの中、雪がちらつき始めていた。その日は、真央も浩一の仲間もおらず、久々に二人で立つホームだった。

 狭いホームは着ぶくれた人たちで、二割り増しぐらいに混雑していた。
「おっす」
「お早う」
 そっけない挨拶をして、二人は、もう習慣になったようにホームの最前列で、電車の到着を待った。
 かなたで電車の気配がしてホームの人の列は、押しくらまんじゅうのようになってきた。
「ここじゃダメだわ、もっと前の方に行った方が、A駅は出口が近いわよ」
「急ご、もう電車来ちゃうわよ」
 普段乗り慣れていないオバサン数人が、団子になった列を割るようにして、移動してきた。
 パオーンと、電車の軽い警笛がした。宏美の後ろのオネエサンが、列割りオバサンに押された勢いで、宏美の背中にぶつかってきた。宏美はつんのめって、危うく線路に落ちそうになった。

――あ……!

 電車の先頭は、もうすぐ目の前に来つつあり、宏美は人生で初めて死を予感した。そのときガシっとダッフルコートごと制服の襟が掴まれた。
 電車はけたたましく警笛とブレーキのきしむ音をたてながら、宏美の鼻先五ミリほどのところを通過していった。鉄の焦げる臭いがした……。
 気が付くと、駅長室のソファーに寝かされていた。
「いやあ、危ないところだったよ、彼がとっさにつかまえてくれていなかったら、いまごろキミはミンチになっていたところだ」
 袖に金筋の駅長さんが暖かいココアを差し出しながら言った。
 感情は、ココアを飲み干したところでやってきた。
「ウワーン!……こわかったよ。ほんとに、ほんとにこわかったよ!」
 宏美は、幼子のように浩一の胸に飛び込んで、泣きじゃくった。浩一は不器用に、左手、そして右手を添えてハグした。

 それから、宏美はショックで、二日学校を休んでしまった。友だちからは気遣うメールがたくさん来た。しかし、不器用な浩一からは一つも来ていなかった。
 その、明くる日であった。いつものように駅に向かうと、駅前のポストの横で、ポストといっしょに雪まみれになって浩一が立っていた。そして、浩一は不器用に告白した。

「オレ、オレ……一生、宏美ちゃんのこと守っていくから」

 頭のいい宏美は、それが真剣な愛の告白であることがよく分かった。しかし、そのあまりに大きな愛情と唐突さに、宏美は、空いた右手をアゴまで上げて、たじろいでしまう。
「あ、あの……とても嬉しい、嬉しいんだけど……」
 あとの言葉が続かない。宏美の息で、手袋に留まった幾粒かの雪が、儚く溶けていく。
「わ、分かってる……友だちだもんな。宏美ちゃんとは、ただの友だちだもんな」
 そう言うと、浩一は、なんと駅を背にして歩き始めた。
「浩一クン、どこに行くのよ!?」
「わ、忘れ物!」
 そう背中で言うと、浩一は降りしきる雪の中を走り去っていった……。


 浩一とは、それきりであった。そして、ゆうべ十数年ぶりの同窓会で浩一と再会した。不器用にウーロン茶を差し出されたあと、お互いの話になった。宏美は大学を出た後銀行に勤め、三年後に同じ銀行の男と結婚したが、一年で離婚。それからは実家に戻り、大学の恩師のつてで、大学の事務職につき今に至っている。今ではちょっとしたお局さまである。
 浩一は、中堅どころの商社に入り、実直さが信用になり、手堅く仕事をこなし、営業課長になっていた。そして、最後に、奥さんと上手くいっていないことをポロリとこぼした。
「こぼすのは、ウーロン茶だけにしとけばよかったね」
 意外な器用さで、浩一は話を締めくくった。

 帰りの電車の中で、滲む街の灯を見ながら、宏美は爪を噛んだ。高三のあの日に戻れたら……。
 そう思ったとき、電車の窓越しに流れ星がよぎったことに、宏美は気づいてはいなかった。

「いいかげんに起きなさい!」

 母が本気で怒鳴った。怒鳴ると、意外に若やいだ声になる母だと思った。
「まあ、叱られるのも親孝行のうちよね……」
 一人ごちて、洗面所に行く。父が朝風呂に入ったせいだろう、洗面所の鏡は曇っていた。そういえば嫌に寒気がする。
「お弁当は鞄に入れといたから、さっさと着替えて、牛乳ぐらいは飲んでいきなさいよ!」
「……るさいなあ」
 歯を磨きながら、鏡を拭いた……そして驚いた。
「うそ!?」
 宏美は、慌てて自分の部屋に戻った。まずアナログのテレビが目に飛び込んできた。そして、壁に掛けた通勤用のツーピースに……それは高校生の時に着ていた制服に替わっていた。
「どうなってんの!?」
 カレンダーに目をやりながら、テレビを点ける。カレンダーは1999年の十一月になっており、テレビのニュースキャスターは、今日が十一月の二十日であると告げている。キャスターそのものも、宏美の記憶では白髪頭のはずであった。
「いいかげんにしなさい!!」
 怒鳴り込んできた、母の若さに戸惑った。

――うそ、わたし戻っちゃったの!?

 宏美は、駅へ急いだ。急ぎながら街の様子を観察した。十数年では街の様子は大きく変わってはいない。しかし微妙に違う。「お早うございます」と挨拶した筋向かいのオバサンも若返っていた。電柱を見上げるとヒカリのケーブルが無い。駅前近くのラーメン屋は、高校時代そうであった書店に戻っている。コンビニのガラスに映る自分の姿は完全な女子高生。制服で出ようとしたら、母がダッフルコートを投げてきた……そのダッフルコートのなんとイケていないことか。でも、そのイケていないところが、いかにも(あのころの)女子高生である。
 決定打は駅の改札であった。いつものようにピタパで改札を通ろうとしたら、機械に通せんぼをされてしまった。
――マジで、高校生に戻ったんだ……。
 そして宏美は思い出した。この十一月二十日は、あの事件が起こる日だ。
 ホ-ムに着くと、まさに電車が出るところ。
――こいつは見送って、次のに乗るんだ。
 乗車位置を示すブロックの上に立つ。横に人の気配。
――浩一クンだ、高校時代の、あの日の浩一クンがいる。
「……オッス」
「お早う」
 あの日と同じ挨拶。高校生らしいそっけなさ。でも、一つだけ違っていた。
 宏美は浩一の……右側に立っていた。
 大人になってから身に付いた習慣「人と並ぶときは右側に立つ」 それを無意識でやっていた。

 ホームの人の列は、押しくらまんじゅうのようになってきた。
「ここじゃダメだわ、もっと前の方に行った方が、A駅は出口が近いわよ」
「急ご、もう電車来ちゃうわよ」
 普段乗り慣れていないオバサン数人が、団子になった列を割るようにして、移動してきた。
 パオーンと、電車の軽い警笛がした。宏美の後ろのオネエサンが、列割りオバサンに押された勢いで、宏美の背中にぶつかってきた。宏美はつんのめって、危うく線路に落ちそうになった。

――あ……!

 電車の先頭は、もうすぐ目の前に来つつあり、宏美は人生で初めて死を予感した。そのときガシっとダッフルコートごと制服の襟が掴まれる……はずであった。
 それは、スロ-モーションのように見えた。驚く人々の顔、その中で必死に宏美を救おうと右手を精一杯伸ばす浩一の苦悶の表情。浩一には一瞬の迷いがあった。左手が出かけたが届かない。そこで宏美に近い方の右手を出したが、左手ほどの俊敏さが無く、その手は虚空を掴むばかりであった。ブレーキのきしむ音と警笛が鳴り響き、鉄の焦げる臭い。
――わたしってば、なんで右側に立ったんだろう……!
 そして視界いっぱいに広がる電車の顔。
 
 大きな衝撃がして、宏美の視界も頭も真っ暗になった……。





エピローグ
「せっかく願いを叶えてあげたのに」
 頬杖ついて、天使が言った。
「お願い……?」
「なんだ、覚えてないの?」
「夕べ、電車の中で、流れ星に願いをかけたじゃないの」
「え……あ、そうだっけ」
「そうよ、それもミザールの星近く。めったにない願い星の掛け合わせだったから、効果バツグン」
「見ざーるの星……ハハ、笑っちゃうわよね、わたしってば」
「笑ってる場合!?」
 天使は、いらだったように、宏美の周りを飛んだ。
「あ、目が回っちゃうよ」
 宏美は、苦情を言った。
「そうだ!」
 天使は、何か思いついたらしく、急に止まった。宏美はスマッシュを受け損なったときのように、ひっくり返った。
「なによ、急に止まらないでくれる。目の前で星が回ってるわよ」
「それだよ!」
 天使は、鼻先まで近づいて羽ばたいて言った。
「その星に願いをかけてみたら、もう一回できるかもしれない!」
「あ……でも、もう星消えちゃった」
「あたしが手伝うわ」
 天使の手には、特大のトンカチが握られていた。
「これで、殴ってあげるから、そのとき自分の目から出る星に願いをかけてごらんなさいよ」
「そんなので殴られたら、死んじゃうよ」
「もう死んでるってば。ここは、あの世への入り口」
「あ……そか」
「死なないけど、気絶はするからね。気絶する寸前に願いをかけるのよ。かけそこなったら……」
「かけそこなったら……?」
「天国に行っちゃうからね……地獄ってことも、たまにあるかな……いい、覚悟は?」
「ウ……うん」
 ムツカシイことだけれど、命と夢がかかっているので、宏美は真剣になった。
「じゃ、いくよ!」
「よ、よろしく!」
「スリー……ツー……ワン……ゴー!!」
 
 ガツンと音がして、特大の星が出た……!

 一面の雲と青空の中に、天使が特大のトンカチを手に羽ばたいている。宏美の姿は無い。
 宏美がどこに行ったのかは、天使にも分からなかった……。
 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・74「夏の断末魔」

2020-03-19 06:33:58 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
74『夏の断末魔』   




 あ、中山先生!?

 四年の歳月を経ても直ぐに名前が出てきたのは、わたしの記憶力が優れているからではなく、先生の姿が四年前とちっとも変わらないためでもない。

 いや、先生の外見は全然変わっていた。

 軽いメタボ気味だった体形はライザップでもに行ったんじゃないかと思うくらい細くなってるし、朝のショートホームルームの度に冷やかされていたフサフサ寝癖頭は寝癖の元になる髪の毛ごと消えていた。
 人間は、人生の一時期にドスンと老けていくもんだと思ってる(うちの母も祖母も、いずれそんな時がくるはず)けど、そのドスンが一ぺんに二回分くらいきたんじゃないかってくらいの様変わりだ。
 それでも師弟共々一発で認識できたのは、学校の階段と廊下といロケーションに身を置いていたからだと思う。
――また遅刻かあ!――試験前やぞう!――寝てたらあんぞ!――宿題出せよ!――などなどを、こういうロケーションで言われてきたからね。
 それに、わたしの出で立ちは、相変わらずの空堀高校三年生。

「先生、どうして?」

 中山先生は、わたしの学年を持ったあと、京橋高校に転勤したはずだ。
「いろいろあって、今はちょと休んでる。それより、それは何のコスプレや?」
 二十二歳の制服姿は、とっさには理解できないようだ。
「え……まだ卒業とかしてないもんで」
 先生の目が丸くなった。
「え……いや、留年したのは知ってたけど……」
「あれから五回連続の留年なんですよ、アハハハ」
「思い出した! 府立高校で一人だけ六回目の三年生やってる生徒が居てるいう噂! 松井のことやったんかーー!?」
「え、あ、たぶん……」

 すると、先生の顔が急に曇り始めた。

「やっぱり、俺が受け持ってたときに、もっとしっかり指導しとくんやったなあ……すまん、辛い思いさせたなあ」

 中山先生は、こういう人だ。

 生徒の不始末は担任である自分に責任があると思ってしまう人なんだ。
 四年前は、先生の処世術だと思っていた。折々の指導さえ抜かりなくやっておけば「担任たる私の責任!」と言っておけば、生徒も保護者も学校も――先生に罪は有りませんよ――と暖かく見てくれる。
 でも、先生は本心から、そう思っていたんだ。
 わたしも二十三歳。そう言う点での嘘と本当は分かるようになってきた。
「アハハ、やだなあ先生。わたし楽しくやってますよ。留年も五回やるとベテランでしょ、もう、学校の主みたいで、気楽なもんすよ」
 左手を頭の後ろに、右手はヒラヒラさせて笑った。
 でも、そんなアクションはただただ痛々しい強がりにしか見えないようで、先生は目をそらす。
「それやったら、朝倉さんは懐かしかったやろ。なんせ最初の席替えやるまでは隣同士の席やったはずやからなあ!」

 痛々しさのあまり、先生は朝倉さんに話を振った。

 朝倉さんは、どうしていいか分からずに顔を赤くしてワタワタしている。
 そりゃそうだろ、演劇部の副顧問までやって、地区総会の引率をやっても、わたしが同級生だったとは気づかない人だったんだから。
 さすがのわたしも、どんな顔をしていいか分からなくなった。

「あ、えと、わたし急いでるんで(/ω\)」

 身震い一つして、廊下向こうのトイレに駆けだすわたしだった。
 不自然には見えなかったはずだ、トイレに行きたいというのは、掛け値なしの一つだけの真実だったんだから。

 用を足して廊下に出ると、元担任と元同級生の姿はなかった。

 くたばり損ないの蝉が唐突に鳴きだした。

 たぶん、夏の断末魔。

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坂の上のアリスー24ー『完全に誤解した綾香』

2020-03-19 06:23:07 | 不思議の国のアリス

坂の上のー24ー
『完全に誤解した綾香』   


 

 朝の六時に電話がかかってきた。

――家から出ちゃダメ!! α⁂@Σ☆ωΩ※♡☆→@+⧻Σβ※ɤ↓↑★🌸@@@@@!!!――

 ダメ!!からあとは分からない。こっちが寝ぼけ眼であったことと、むこうが興奮しすぎのためだ。

 家から出るも何も、夏休みの朝六時と言うのは真夜中だ。
 えと……今のは、だれだっけ? スマホのナンバーディスプレーを確認するのも面倒で、俺は再び目を閉じた……。

 ん?…………………………………………!!??

 自分以外の重量がベッドの上にかかる……それから、その重量が温もりを持っていることと、なんだかいい匂いがする。
 そして、唇に、しっとりと柔らかいものが触れて、密着するのを感じた。

 オワ!

 のしかかっているものを跳ね除けようとしたが、そいつの両手両足が俺の手足を抑え込んでいるので身動きがとれない。
「りっとしれ、まらよ!」
 柔らかいものは、そいつの唇で、両手で頭を押えられているので身動きがとれない。

「ムグ……ムグ……ムグ……ム……ム……………………プハ!」

 一分ほどもそうしていただろうか、やっと唇が解放された。
「す、す、すぴか! い、いったい、なにやってんだよ!?」
 解放されて、のしかかっていたものが、すぴかであることが、やっと分かった。
「間に合ったあ、これで死ぬことはないわ。たとえ下僕であっても呪いのとばっちりで命を落とすのは忍びないものね」
「な、なんで?……どうして?」
「説明はいずれ、今は無事であることを喜び合いましょう……暑いわ」
 すぴかは、俺の上になった体勢のまま。走って来たのか、タンクトップから出ている肩も腕も顔にも玉のような汗が噴き出ている。あの匂いは、純花の汗と体が発散する匂いであったようだ。
「あ、えと……シャワ-でも浴びてこいよ。階段降りて二つ目のドアだからさ」
「うん、そうさせてもらうわ」
 タンクトップの裾をたくし上げて顔の汗を拭く。勢いですぴかの胸の下まで露わになる。華奢なくびれにドキッとする。

 すぴかが階下に降りたところで、窓が半開きになっているのに気付く。

 窓から覗くと、壁に脚立が立てかけてある。いつもポーチに寝かせてあるやつだ。
 窓と言い脚立と言い、我が家は少し防犯を考えた方がいい。

 あ、そうだ着替え!

 すぴかは汗みずくだった、着替えを用意してやらなきゃならない。
 で、我が妹の助けが必要なので、意に反して綾香の部屋のドアをノックした。

「いやー、そういうことだったんだ。ムフフ、すぴかもニイニもやるじゃんか! ガハハハハハ!」

 朝食のテーブルを挟んで、完全に誤解した綾香。椅子の上で胡坐をかいてオッサン然と笑うのであった。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・45《コクーン・2》

2020-03-19 06:13:56 | 小説3

VARIATIONS*さくら*45(さつき編)
《コクーン・2》   



 

 さくらの言うことは正しかった。

「いつ決めたの?」

 お母さんは、そう聞いたけど、これには万感の思いがこもっている。単に一カ月前と答えたのはバカなことだった。お母さんやお父さん、そして、妹のさくらが……いや、言いたかったのは、こうだ。

「どうして、相談してくれないのか」

 この一言につきる。あたしは何かにつけて自分で決めてきた。進学先もアルバイトも、小さな事ではディズニーランドに行ったとき、どのアトラクションに行くか、外食のメニューにいたるまで自分で決めてきたし、家族も、それで良しとしてきた。
 でも、それはコクーンとしての家の中で許容されてきた枠の中での自由選択権なのだ。

「お父さん言ってたよ。さつきは惣一に似てきたな……って」

 兄が防衛大学に入りたい。いや入ることに決めたと言ったときも、あたしを含め家族のみんなが戸惑った。我が家の家風として、自主性は尊重してくれる。しかし重要事項については、相談するという暗黙の了解の上での話だった。
 お父さんもお母さんも、これからの自衛隊は、実戦行動になる恐れが大きいと思っている。だから当惑の末に「反対だ」と、静かに言った。でもアニキは自分を通した。
――コクーンを出ます――
 メモに一言残して、防衛大学に行ってしまった。
 あたしは、フランスに留学することが防大に入るほど大きな方針転換では無いと思っていた。だから相談もしなかった。
 さくらが部屋に入ってきて、そう言ったときも、最初は反発した。

「お父さんもお母さんも、気弱になってきてるのよ」

 あたしは、さくらが女優兼業の高校生になってしまったことで、両親は辛抱というか堪忍袋のキャパが一杯になったんだと思った。でも、それはかろうじて言わなかった。言えば壮絶な姉妹ゲンカになってしまっただろうし、余計に両親の心を煩わせることになるから。

「分かった、もっかい話してくるよ」
「説得じゃだめだよ」
「さくらに言われたかないわよ」
 妹は一瞬ムッとしたが、突っかかってはこなかった。さくらも成長しているんだ。そう感じながら、再びリビングに足を運んだ。

 そして、結果として、あたしはエールフランスのビジネスシートに収まっている。

 エコノミーで十分だと思ったんだけど、お父さんが「せめて、ビジネスシートにしろ」と、その分の費用を出してくれた。
「帰ってくるときは、自費でファーストクラスでね」
 お母さんのジョ-クはきつかったなあと苦笑する。

「やあ、さつきさんじゃないですか!?」

 隣の席から声がかかった。

 なんと陸自のレオタード君がシート脇の通路に立ってニコニコしていた!

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ジジ・ラモローゾ:022『おづね』

2020-03-18 14:47:37 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:022

おづね』  

 

 

 ふいに昔の事を思い出すことってあるよね。

 

 水道で手を洗って、シンクに撥ねた水が目に当って、プールに初めて入った時の感覚が蘇ったり。交通事故のニュースを見て、自分も同じような目に遭ってヒヤっとしたときのこととかを思い出したり。デジャブ……かな?

 今朝も、そういうことがあった。

 お気にの赤いフリース引っかけて自転車にまたがる。朝ごはんにトーストしたら、残りが一枚しかない。

 これでは、明日の朝は、わたしかお祖母ちゃんのどっちかがトーストを諦めなくてはならない。

「昼に買い物行くから買って来るわ」

 お祖母ちゃんは、そう言うけど、わたしは直ぐに買いに行く。前にも同じことがあって、けっきょく朝からご飯を炊いて、朝ごはんが遅れたことがある。

 だって、一枚の食パンを孫とお祖母ちゃんが譲り合うのもやだし、譲り合いに負けて一人トースト食べるのは、もっと気まずいしね。

 それに、朝からアグレッシブに行動するのも気持ちがいい。

「お早うございます!」

 ちょうど表で出くわした小林さんにもご挨拶できたし。

 

 パン屋さんは、朝だから混んでる。空いてたら、今朝こそは一言でも言葉が交わせればと思うんだけど。ちょっと出来そうにない。

 出来そうにないから『また今度』と思って安心する自分が居る。ちょっと情けない。

「811円になります」

 前のおばさんが、そう言われて一万円札を出してお釣りをもらっている。

「まずは、9000円」

 パン屋のおかみさんは、お札のお釣り渡して、レジのコインのところから、八枚の十円玉と、五円玉と、一円玉4枚を出しておばさんに渡した。レジの五円玉と一円玉がお終いになったのが分かった。

「205円になります」

「あ、五円出します」

 フリースのポケットに五円玉があるのを思い出したんだ。三日前にコンビニに行って、お釣りの五円をポケットに入れたのを瞬間思い出したんだ。開いたお財布を左に持ち替えてポケットを探る。

 あれ?

 探ってみると、右のポケットにも左のポケットにも無くてオタオタする。

「お釣りならありますよ」

「あ、はい、じゃ、これで」

 五百円玉を出すと、おかみさんは、レジの底から硬貨の筒を出して解して295円のお釣りをくれる。

「は、はい! すみません」

 ペコリと頭を下げてお釣りをいただく。

「あ!」

 おたついて百円玉を落っことす。

「あ、ごめんなさい!」

 おかみさんがカウンターから出てきて、百円さまを探してくれる。

「す、すみません(;゚Д゚)」

 オタオタしてお店を出る。

 胸がドキドキして、危ないので、パンは前かごに入れて自転車を押す。こんな時に自転車を漕いだら、こないだみたいに事故りそうだから。

 おっかしいなあ……確かに、コンビニでお釣りをもらった時のことを思い出す。

 あの時もレジに並ぶ人が多かったから、お釣りの五円はポケットに入れたんだ……ひょっとしたら、あの田舎道の路肩から落っこちた時に失くした?

 

 ちがうぞ。

 

 え?

『だから、ちがうって』

 間近で声がしてビックリ。オタオタと、辺りを見渡す、けど、誰も近くには居ない。

『ここだ、ここ』

「え、ええ!?」

『ここだって』

「わ!」

 あやうく自転車を放り出すところだった。

 なんと、ハンドルのベルの上に1/12のフィギュアみたいなのが胡座をかいて、わたしを見上げている。茶色い忍者。背中に忍者刀を背負って、髪はサスケって感じのポニテ。

「だ、だれ!?」

『こないだ、忍びの谷で助けてやっただろ』

「忍びの谷?」

『ほら、田舎道だ。自転車もフリースも、ワシが引き上げてやったんだぞ』

「え? あ? あれって!?」

『粗忽者め』

「あ……え……」

『あの時のお礼に五円玉は頂いておいたのだ、ホレ』

 忍者は、懐から何やら取り出したかと思うと、すぐに大きくなって五円玉になった。

「あ、あんたが!?」

『儂は、ご公儀お召し抱えの忍者でおづねと言う』

「おつね?」

『おつねでは女の名であろう、おづねじゃ』

「お、おづね」

『しばらく世話になる。よろしくな』

 ドロン

 煙になったかと思うと、たちまち姿を消している。

 え? 

 これは、なんのデジャブ? まぼろし? 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・73「故障につき使用禁止」

2020-03-18 06:33:56 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)73

『故障につき使用禁止』   



 女というのはいつからオバサンになるんだろう?

 松井須磨に限っては数十年先だと思っていた。
 えと、松井須磨ってのは自分のことなんだけど、まあ、客観視してるってことでよろしく。
 うちの母も祖母もオバサンという感じはしない。
 二人とも仕事に趣味に忙しい人で、私の目から見ても若やぎ過ぎている。
 ま、そういう自分が価値基準になってるので、八年目の女子高生をやっている娘にも特段の批判が無いのはありがたい。
「須磨ちゃんなんて、まだまだ蕾よ」
 六十を過ぎてなおポニテのショートパンツで週二回のテニスに励んでいる祖母の足どりは、そのまま空に飛んで行ってしまうじゃないかってくらいに軽い。
 十八で私を生んだ母は、ドクモから始めたモデル業を驀進中。

 そういう二人からすれば、孫であり娘であるわたしは、まだまだ蕾なんだろう。

「あぢーーーーーーーーーーーーー」
 
 思わず出てしまった唸り声に我ながらオバサン……どころかオバハンを感じてしまう。
「一学期はこんなじゃなかったんだけどなーーーーーーー」
 六回目の三年生をやっているわたしは教室で授業を受けることを許されていない。
 生徒指導別室という、ほとんど倉庫のようなタコ部屋に軟禁されている。
 一応は「課題が出来たら教室に戻してやる」ということになっているけど、それが仕上がらないもので、見通し無しの軟禁が続く。
 放課後は、ここが演劇部の部室になるんだけど、あまりの暑さに六月の下旬からは図書室を使っている。
 今は夏休み明けの短縮授業で十二時になれば図書室へいけるんだけど、それまでは朝の八時には三十度を超えているというタコ部屋に居なければならない。
 
 バケツ二杯に水を張って、それぞれ足を突っ込んでいる。

 なんで二杯かというと大股を開いておきたいから。
 足を閉じているとスカートの中の暑気は耐え難い。
 対面の椅子の上にミニ扇風機置いて下半身を強制冷却しても暑い。
 タコ部屋備品の扇風機は日によって右前か左前で首を振っている。風向き固定していると喉をやられるので首を振らせているのよ。ブラウスは第四ボタンまで外して胸を晒す。

 タコ部屋二年目の夏からはフロントホックのブラにしている。

 少しでも涼しくしたいための工夫なんだけど、全面御開帳にならないように右と左のフックに輪ゴムを掛けてリミッターにしている。
 首には農協でもらったタオルを巻いて、頭は後ろからロンゲをすくい上げ、端っこをちょいと捻ってオデコで括る。

 ぐああああああああああああああああああ~~~~喘ぐ姿は立派なオバハンだ。

 とても花の女子高生のナリではない。って、六回目の三年生で、もう二十三歳なんだけどね。

 これだけクソ暑いのにやっぱり二時間に一回はトイレに行く。
 子どものころから人の倍は水分を摂っている。机の上には空になったのと1/3くらいになったペットボトル。
 お情けの冷蔵庫には、まだ三本入っている。
 ま、これだけ飲んでりゃ行くよね。
「おーーーし!」
 タオルで胸から腋の下まで拭って、倉庫を挟んだ隣のトイレを目指す。

 ああ……故障につき使用禁止

 仕方がないので、廊下の突き当り、反対側のトイレを目指す。
 上の階から覚えのある声がしてくる。
 あ、かつての同級生で、今は新任の教師にして演劇部副顧問の朝倉さんだ。
 それに加えてオッサンの声。どこかで聞いたことがある……。
 二人は知り合いのようで、なんだか声が弾んでいる。
 ま、こんなタコ部屋の住人に声かけるような教職員はいないので、空気みたくなって階段の前を通り過ぎる、過ぎようとして声が掛かった。

「あ、あんたは!?」

 不用意に声を出したのはオッサンの方だった……。
 

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坂の上のアリスー23ー『聖天使ガブリエルの呪い』

2020-03-18 06:24:27 | 不思議の国のアリス

坂の上のー23ー
『聖天使ガブリエルの呪い』   


 

 

 夏休みには呪いの力も弱まるようだ。

 終業式から、わずか二十四時間だけど、血色がよくなり、こころなしか頬もプックリしてきたように思える。

 聖天使ガブリエルって、わたしのことだけど、洗面台の鏡に映る姿を見て、そう思う。

「よし!」

 鏡の中の自分に気合いを入れて部屋に戻る。
 フーっと息を吹きかけてパソコンのホコリを吹き飛ばす。スイッチを入れるのは……三か月ぶり、転校してからは初めて。
 メニューバーのファイルをクリック、そのあとの操作は聖天使の秘密だから言えない。

 だめよ、もし知ってしまったら、聖天使の呪いで石になってしまうわ……よし、開いた。

 一度目をつぶり、深呼吸してから、ゆっくりと開く。

 出てきた……不可抗力であったとはいえ、わたしが呪いをかけて殺してしまった鏑木萌恵と結城知世。
 屈託のない笑顔の三人……真ん中にわたし、右に萌恵、左に知世。クラスの集合写真を撮る前に三人で撮った写真……そう、このころは、ひょっとしたら友達になれるかもしれないと思っていた。
 ファイルの中の(新情報)をクリックしてみる。
 額面上は行方不明になっている二人に関する情報が入ってくるようにプログラムしてある。

 5月30日 二人が乗っていた自転車が発見されたところから更新されていない。つまり変化なし。

 あるわけないわ。わたしが呪って消してしまったんだから。

 倒れた状態で発見された二人の自転車。その上には鞄と制服、脇にはローファーが転がって、制服のブラウスは、ちゃんとボタンがかかって、襟にはリボンが付いている。ブラウスの中にはキャミとブラ、スカートの中にパンツも入っていた。
 つまり、忽然と中身だけが蒸発してしまったような状況。警察は事件と事故の両面で捜査している。いくら捜査しても無駄。わたしがかけてしまった呪いは強力で、二人は自転車に乗ったまま原子レベルにまで瞬間的に分解されて……つまり、完全犯罪の形で殺されてしまったんだから。そして、殺してしまったのは、聖天使ガブリエルたるわたし、夢野すぴかなんだから。警察ごときに真相は解明できないわ。

 できることなら呪いを解いてやりたい。殺すつもりなんかなかった、不可抗力だったんだから。

 でも、掛けようとして掛けた呪いじゃないから解き方が分からない。

 分かるかなあ……人のことをコンチクショーと思いながら13個のサイコロを投げたら全部ピンゾロ(全部1)になって、それで人が死んじゃって、それを解くには、もう一度13個のサイコロをピンゾロにしなきゃならない……よりもむつかしい。って、例えよ。サイコロ投げたわけじゃない。心の中で、ふと思っただけ――あいつらめー!――それが呪いのツボにはまって本当にキマッタ!というところなんだ。

 パソコンの電源を落とすと、頭の後ろで手を組み、目をつぶってため息をついた。

 あ……!

 しまった。机の上、聖地巡礼でゲットした亮介のフィギュアがパソコンの方を向いたままだ!
「あ、あああああ、取り返しがつかない!」
 思わず亮介を抱きしめてしまう。
 亮介フギュアは単なる特注品じゃない。わたしが手に取ることによって本物の亮介とリンクしている。
 今のパソコンの画面を、亮介フィギュアが見ていたら、わたしがフトかけてしまった呪いで石になってしまう!

 ああ、聖天使ガブリエルのバカア! 

 わたしは急いで電話した。亮介が家から出ていなければ、ひょっとして間に合うかもしれない!


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・44《コクーン・1》

2020-03-18 06:12:10 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・44(さつき編)
《コクーン・1》
      


 

 みんなを驚かせてしまった。

「結婚する」と言っても、ここまでは驚かなかっただろう。
 もっとも、驚くと言っても「ヒエー!」「ギョエー!」「ウワー!」などという声はあがらない。数秒の沈黙のあと「……いつ決めたの?」お母さんがそう聞いただけだ。

「一カ月前」

 そう答えると「ふーん」という声が返ってきて、それっきり。

 あたしは慎重に準備を進め、全て決まってから、家族が全員揃うのを待って、フランスへの留学を家族に伝えた。それが、昨日の晩ご飯のあとのリビングだった。「ごちそうさま」と言ってリビングを出ようとしたさくらを引き留めるところから始まった。
「ちょっと待って、みんなに話しておきたいことがあるの」

 で、沈黙になり、お母さんの「……いつ決めたの?」に繋がるわけ。

 精一杯、言葉をつくして説明した。で、なんだか気まずい雰囲気になったので、あたしは自分の部屋に戻った。
 実際することはいっぱいあった。パスポートのことから、クレルモンの大学からの書類。この留学先の書類が面倒だった。取得単位の読替などは、大学の学務課がやってくれたが、あたし個人に関わることが煩雑だった。身長、体重、血液型とかの体に関することでも、瞳の色、髪の色、宗教、そして宗教上配慮しなければならないことなど、様々だった。

 一番困ったのは、志望動機だった。

 あたしは、留学するにあたって、希望の学部を、こともあろうに日本文学にしていた。
 日本という国は、日本人が日本に居る限りコクーンのようなものだ。世界的な水準から言っても、治安を筆頭に環境は、まさにコクーン(繭)のように心地いい。
 大げさに言うと、このコクーンから一度飛び出してしまわないと、あたしはコクーンの中で、成虫にならないまま一生を終わってしまうんじゃないかと感じていた。
 大学の一年間で、巨大な幼虫のまま歳を重ねてきたような大人をたくさん見てきた。大学の中で、バイト先で、そして東京という大きな街の中で。
 そして、そういう巨大な幼虫のまま大人になりそうな若者達を。

 で、そんなこんなが留学に結びついたことと、日本文学に行き着いたことを、新聞一面分くらいの英文で書かなくっちゃいけないのだ。

 I think that……と、打ち始めたところで、ノックもせずにさくらが入ってきた。やっと湧いてきた英文が、あっという間に消えてしまった。

「なによ、ノックぐらいしなさいよ」
 そう言うと、さくらは改めてドアをノックした。素直なんだかオチャラケているのか、我が妹ながら、判断がつきかねる。
「お姉ちゃん、質問に答えてないよ」
「なにも質問しなかったじゃないよ」
「お母さんの質問……一カ月前だけじゃ、ホテルの予約確認みたいじゃないのさ」
「ああ……」
 あたしは、自分が喋るだけで、たった一つの親の質問には答えきってていなかった。でも、お母さんの質問は、わたしの話を促すきっかけのようなものだ。それに、さっきの話の中身でおおよそは分かってもらえただろう。そう思っていた。

「鈍いなあ、お姉ちゃんは!」

 じれったそうに、さくらが言った。
 表情が魅力的になったなあと、女優の世界に片足を突っこんだ妹を見なおした……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・72「やってられるかーーーーー!!」

2020-03-17 06:42:30 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)72

『やってられるかーーーーー!!』   



 一日ボーっとしていた。

 時差ボケもあるんやろけど、アメリカで過ごした四週間ちょっとが頭と体の両方でハジケてしもて、どないもならんかった。

 例えて言うと、小三のころ初体験したポップコーン。

 コンビニとか映画館で売ってる完成品と違て、カラカラに乾燥させた粒々の方。
 親父が買うてきて、留守のお袋に代わって作ろうとした。
 フライパンにバターを溶かしてポップコーンのタネをザラザラぶちまける。
 蓋をして弱火で加熱すること二分半。それは爆発的に起こってしまった。

 ポン ポン ポポポン ポポポポポポポポポポ ボッコーン!!

 フライパンの中で爆ぜまくったポップコーンはトドメに大爆発して、家中にポップコーンが飛び散った。
 あれと相似形の感覚と驚きや。

 爆発はやり残していた夏休みの宿題を見た時、ミリーの言葉を思いだした。
――アメリカの夏休みは三カ月よ。六月七月八月、うん、もち連続。宿題? なんで? そんなものあったら休みにならないでしょ!?――
 そう言いながら、しっかりやり遂げてしまうのが留学五年目『郷に入れば郷に従え』のミリー。

 俺は、ミリーの後半の言葉を意識の底に沈めて、こう叫んだ。

 やってられるかーーーーー!!

 叫んだだけではいつもの夏休み、俺は一計を案じた。あのミリーも、この夏休みは宿題どころやなかったやろ、なんせ長期のアメリカ旅行に行ってたんやさかい。

「ちょっと、なんやのんこれは!?」
 教壇に立った姫ちゃん先生も叫んだ。
 教卓の上にはパンパンに膨らんだ通学カバンに体操服入れの袋、それから総重量三キロは有ろうかという紙袋。
「新学期の初日に必要なもの全部そろえたらそうなるんです」
「もー、とにかくじゃっま!……うう、重いいいいい」
「先生らは一人一人勝手に宿題やら持ってくるもんを『こんなもんやろ』と指定するんやろけど、まとめるとそれだけになるんです。この残暑厳しき折に、まさに拷問やと思いませんかあ?」
「そうやねえ……」
 姫ちゃんは腕を組んだ。
 こういう時にまともに反応するところが姫ちゃんのいいところや。
 声にこそ出せへんけど――そーやそーや――の雰囲気が教室に満ちる。
「アメリカの学校は三か月の夏休みで宿題なんかはカケラも無いんですよ」
「そうや、啓介夏休み中アメリカ行ってたんやなあ」
 セーヤンが思い出す。
「じっさい向こうの高校生から聞いた話なんですよ」
「なるほどね、勉強してきたいうわけやねえ……しかし偉いね、小山内くん、新学期初日に宿題やりとげて、これだけの荷物担いでくんねんもんねえ……」
「あ、センセ、ちょ……」
 姫ちゃんはおもむろに宿題の袋を開き始めた。
「ん……どれもこれも白紙に見えるんやけど……?」
「あ、せやから、全部集めたらこうなるいう見本で」
「こうなるいうこと見せても、宿題やれへんことの免罪符にはなれへんからね」
「いや、せやから……」
「そういや、ミリーもいっしょに行ってたんやね?」
「はい、行ってました。あ、クラスのみんなにお土産です。少ないけどみんなで食べて」
 ミリーはマカダミアナッツチョコの箱を二つ取り出した。

 さすがはミリー!

 ミリー称賛の声が教室に満ち溢れた。
「で、ミリー宿題はどないしたんや?」

 小声で聞くと、ニンマリ笑ってささやいた。
「やったよ、今日持って来なくても、みんな最初の授業で出せばいいんだから」
「な……!」
「ニヘヘヘ……」
「ちょ、あとで見せて……」

「宿題は自分でやんなさい!」

 姫ちゃんは無情に宣告するのであった。
 

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坂の上のアリスー22ー『墓参り奇譚・2』

2020-03-17 06:33:17 | 不思議の国のアリス

坂の上のー22ー
『墓参り奇譚・2』   


 

 

 二人に言ったけど、信じてもらえなかった。

「フ……今日はとびきり暑いからな」
 真治のバカにしたような憐れむような反応は、まだよかった。
「亮ちゃんが責任感じることはないのよ……わたしの人工呼吸が間違えていたことが、そもそもの原因なんだから、わたしが悪いんだから……」
 一子に落ち込まれるのは堪える。
「そ、そだな、暑すぎるから、きっと陽炎かなんかを脳内変換しちまったんだわ。すまん、今のなし。あとで冷たいもんでも奢るわ」

 そして、俺たちは根岸家先祖代々の墓の前に立った。

「おい、お墓の前まで来てスマホ出すなよ」
 手を合わせようとしたら、真治がスマホを出したので、一言言った。
「ちがうよ、こうするんだ」
 真治は、墓石の中段にスマホを立てかけた。
「あ……」
「なるほど」
「バーチャルお線香ね」
 スマホの画面には線香が映っていて、ユラユラと程よい煙が上がっている。
「わたしもやってみる」
 静香は、スマホを操作してお供えの花を出した。
「じゃ、俺も……」
 俺は、お供えの饅頭を出し、三つのスマホが墓石の祭壇に並んだ。
 俺たちは墓参りに来たことを悟られてはいけない。根岸さんのご両親にしてみれば、娘の命を奪った憎い三人組なんだから。
 

 こんな俺たちを叱るのか慰めるのか、墓地の蝉が鳴きはじめる。いや、蝉って早朝から鳴いているもんだから、気が付かなかったのか? 

 墓参りを終えて駅前に戻る。

「どうせなら、地元にしかないものがいいなあ」

 一子の一言でコンビニに入るのを止め、ぐるりと首を回し、道の反対側に目についた茶店に向かう。
 茶店は昭和どころか時代劇のセットみたいな佇まい。おそらく前の道路が旧街道であったころかのものなんだろう。
 メニューではなくてお品書きと書かれた中から、だだちゃ餅とだだちゃアイスを注文。
 注文したものが出てくるまで、サービスの麦茶をすする。
 最初の一杯をグビグビと飲み干してしまったので、店先のヤカンへ注ぎに行く。
「お……あれは?」
 日陰を拾うようにして、見覚えのあるワンピにツバ広の帽子が歩いているのが目に入った。

「お、おい、あの子だよ!」

 俺の声に、静香と真治が尻を浮かせた。
「ほら、根岸さんだよ!」
 俺の声に合わせたように「根岸さん」は時刻表を見上げたので、顔が露わになった。
「「ああ……」」

 可愛い顔はしていたが「根岸さん」は本物とはかけ離れていた。
 やっぱ、暑さにやられていたんだろうか……。

 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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ここは世田谷豪徳寺・43《現実版 はがない・4》

2020-03-17 06:21:14 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・43(さくら編)
《現実版 はがない・4》   



 

「わたしの『はがない』は『私は故郷がない』でもあるんだよ……」

 はるかさんは、ミゼラブルなことをサラリと言った……。

「分かるような気がします」
 軽く相づちを打つように返事した。
「簡単に分からないでよ」

 厳しい反応が返ってきた。あたしはたじろいでしまった。

「あ、ごめん。きつく聞こえたかな?」

 すぐに、もとの笑顔で自分をフォローした。あたしは、たじろいだけど、厳しいはるかさんを近く感じ、笑顔のフォローを遠く感じた。で、感じたまま返事をした。

「きつくても、ありのままのはるかさん……いいですよ」
「いいアンテナしてるね、さくらちゃんは。まどかといい勝負。ただ、あの子は忙しいからね……あ、そういう意味じゃないのよ」
「いいえ、はるかさんの言う通りだから気にしないでください」
「ありがとう……」
 はるかさんは、あたしの手に自分の手を寄り添うように重ねた。
「はるかさんは、成城、南千住、大阪の高安、で、南千住に戻って、今は港区なんですよね。四回も引っ越したんじゃ……」
「回数じゃないの、たとえ短期間でも、そこに人間関係が残っていれば、そこが故郷。わたしは、引っ越しのたんびに人間関係が切れてきちゃったから……そういう意味で故郷がないの」
「苦労したんですね」
「もっと歳とれば、こんなの苦労なんて思わないのかもしれないけど、半人前のわたしには堪えます。本当なら南千住が故郷っちゃ、故郷なんだけどね」
「まどかさんも、おっしゃってましたね」
「お父さんが再婚しちゃってね。でも、いい人よ。あたしも東京のお母さんて呼んでる。このお母さんも、あたしには良くしてくれるの。でも、弟が生まれてからは……微妙に違うのよね。うまく言えないんだけど、弟が生まれる前と後で、お父さんも、東京のお母さんも、なにも変わらない。ちゃんと娘としてわたしを扱ってくれる。でも、変わらないことに無理を感じるの。ほんとのほんとの心じゃ、弟の方がかわいい。それでいいと思うし、実際二人の気持ちは、そうなんだ。だけど、普通に接してくれる、その普通は演技なんだ。悪い意味じゃないよ。でも……どこかで、わたしに済まないって負い目感じながらの普通なの。だから、仕事上便利ってことで、わたしは引っ越したの」
「それって、エア家族だったんですね?」
「ハハ、上手いこと言うわね」
「あたしの言葉じゃないんです『はがない』ってラノベで三日月夜空って子がエア友達で満足してるのを主人公が見てドラマが始まるんです。生きた人間がエアにされたら、辛いと思うんです」
「なるほど、ラノベっていっても馬鹿にできないわね……それって、実写版やってたわよね?」
「ええ、やってます!」

 あたしは、裏の四ノ宮兄妹も誘って、四人で渋谷にくりだした。

 ラストじゃ、ちょっと引いてしまったけど、おおむね「アハハ」と笑って見ることができた。撮影現場が想像できるあたしとはるかさんは「スタッフ大変だったろうね」と言う意見で一致した。
 で、マックで休憩したあと、カラオケへ。そのころには、はるかさんと四ノ宮兄妹もうち解けていた。

 カラオケでは、歌うどころか、人間の孤独についての懇談会になってしまった。

「ぼく達なんか、人間の存在としてエアーですよ」
 元華族のチュウクンの話には、はるかさんは、いたく感動していた。
「こうやって、語り合えたことで、あたしたちはエアじゃなくて実存としてのお友達になれたと思います」
 篤子ちゃんが、深く無垢な笑顔で、そう言って、はるかさんも笑ってくれた。

 そうして、あたしたちは、はがなくなくなってきたことを実感したのだった。

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