2007年の新春を迎えました。今年もよろしくお願いいたします。
新年は初日の出の写真というところですが、今日は撮れなかった
ので、代わりに、四国遍路中の昨年11月28日、高知県黒潮町
(旧大方町)からの日の出をご覧いただくことにします。
元旦はいつも、日本ウオーキング協会主催の「大江戸元旦初歩き」
に参加しています。
今年の初歩きは、歌人・若山牧水が22歳の時に
『幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく』
『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』
の歌を詠んで100周年に当たるとのことで、牧水青春ウオークin東京
として開催されました。
スタート地は、日比谷公園、新宿中央公園、池袋西口公園の3か所
で、ゴールは何れも上野公園噴水前広場です。私は、池袋西口公園
発の15kmコースに参加しました。
まずは、池袋を詠んだ牧水の歌を。
『麦ばたの 垂れ穂のうへに かげ見えて 電車過ぎゆく 池袋村』
当時の池袋村は、麦畑が広がっていたのでしょうか。
池袋西口公園の出発式では、日本ウオーキング協会の大内惣之丞
副会長の挨拶(写真右)などがあり、9時30分にスタートしました。
コースは、明治通を南に高戸橋まで行き、都電荒川線沿いを東に進
み、甘泉公園角で右折して早稲田通りに入ります。
600mほどで左折して早稲田大学正面を経て、早大通りを進みます。
若山牧水は、明治37年〈1904〉に上京し、早大文学部に入学、北原
白秋、中村蘇水とともに「早稲田の三水」と称されたようです。
500mほどで北に向かい、大滝橋を渡って枯れ枝の桜並木の江戸川
台公園を江戸川橋まで行き、音羽通りを北北西に進みます。この通には、
光文社、講談社、鳩山邸などがありました。
護国寺に突き当たって右折します。牧水は護国寺を、
『この寺の 森に寄る鳥 とりわけて 山雀のなくは あわれなりけり』
と歌っています。
富士見坂を上がって春日通に入り、小石川3丁目で左折して播磨坂
に向かいます。途中、啄木終焉の地に寄りました。
啄木の死を悼んで詠んだ牧水の歌、
『病みそめて 今年も春は さくら咲き ながめつつ君の
死にゆきにけり』
小石川植物園の南から東へ、御殿坂を上がります。
牧水は、植物園のことも詠んでいます。
『植物園の 松の花さへ 咲くものを 離れてひとり 棲むよみやこに』
白山下から白山上へ、団子坂上から団子坂下へ、そしてお寺の多い
谷中から谷中霊園の南端をかすめ、上野桜木交差点を南西に向かい
ます。交差点角には、谷中から移設された旧吉田屋酒店がありました。
根津1交差点で不忍通りに入り、冬鳥で一杯の不忍池から谷中七福
神の弁財天横を通過し、上野公園大噴水前に12時30分に着きました。
直前にゴールしたSさんとベンチで昼食。Fさん、Mさん、中山道で
毎年お世話になっているEさん、ウオーキング協会のNさんなど、おな
じみの方にもお会いし、新年のご挨拶を申し上げました。
13時30分から恒例の年賀式が開催されました。
まず日本ウオーキング協会岡野会長が、いつものように力強く挨拶
されました。
来賓として、東京牧水会事務局長・田原さんから、牧水にまつわる
お話がありました。次ぎは、このウオークを取材に来た韓国・SBS放送
の方の祝辞、通訳はオッパーさん(右)です。
㈱ムーンスターの田中会長からも祝辞をいただき、お待ちかねの鏡
開きとなり、会長、名誉会長、県協会会長など10名の方々が、信州・
武重本家酒造の銘酒・牧水を開きました。
ちなみに武重本家酒造は、長野県佐久市茂田井にあり、毎年の中山
道ウオークで前を通過しております。
酒量の少ない私も、参加記念品としてもらったおちょこで2杯いただき、
今年1年も元気で歩けるよう祈り、上野駅から帰途につきました。
蛇足ながら、私の昨年(2006)のウオーキング日数は102日、その
うち日本ウオーキング協会及び関連団体の催し参加は23日でした。
日々、家の周辺でのウオークを含め、年間歩行距離は3,614kmです。
新年は初日の出の写真というところですが、今日は撮れなかった
ので、代わりに、四国遍路中の昨年11月28日、高知県黒潮町
(旧大方町)からの日の出をご覧いただくことにします。
元旦はいつも、日本ウオーキング協会主催の「大江戸元旦初歩き」
に参加しています。
今年の初歩きは、歌人・若山牧水が22歳の時に
『幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく』
『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』
の歌を詠んで100周年に当たるとのことで、牧水青春ウオークin東京
として開催されました。
スタート地は、日比谷公園、新宿中央公園、池袋西口公園の3か所
で、ゴールは何れも上野公園噴水前広場です。私は、池袋西口公園
発の15kmコースに参加しました。
まずは、池袋を詠んだ牧水の歌を。
『麦ばたの 垂れ穂のうへに かげ見えて 電車過ぎゆく 池袋村』
当時の池袋村は、麦畑が広がっていたのでしょうか。
池袋西口公園の出発式では、日本ウオーキング協会の大内惣之丞
副会長の挨拶(写真右)などがあり、9時30分にスタートしました。
コースは、明治通を南に高戸橋まで行き、都電荒川線沿いを東に進
み、甘泉公園角で右折して早稲田通りに入ります。
600mほどで左折して早稲田大学正面を経て、早大通りを進みます。
若山牧水は、明治37年〈1904〉に上京し、早大文学部に入学、北原
白秋、中村蘇水とともに「早稲田の三水」と称されたようです。
500mほどで北に向かい、大滝橋を渡って枯れ枝の桜並木の江戸川
台公園を江戸川橋まで行き、音羽通りを北北西に進みます。この通には、
光文社、講談社、鳩山邸などがありました。
護国寺に突き当たって右折します。牧水は護国寺を、
『この寺の 森に寄る鳥 とりわけて 山雀のなくは あわれなりけり』
と歌っています。
富士見坂を上がって春日通に入り、小石川3丁目で左折して播磨坂
に向かいます。途中、啄木終焉の地に寄りました。
啄木の死を悼んで詠んだ牧水の歌、
『病みそめて 今年も春は さくら咲き ながめつつ君の
死にゆきにけり』
小石川植物園の南から東へ、御殿坂を上がります。
牧水は、植物園のことも詠んでいます。
『植物園の 松の花さへ 咲くものを 離れてひとり 棲むよみやこに』
白山下から白山上へ、団子坂上から団子坂下へ、そしてお寺の多い
谷中から谷中霊園の南端をかすめ、上野桜木交差点を南西に向かい
ます。交差点角には、谷中から移設された旧吉田屋酒店がありました。
根津1交差点で不忍通りに入り、冬鳥で一杯の不忍池から谷中七福
神の弁財天横を通過し、上野公園大噴水前に12時30分に着きました。
直前にゴールしたSさんとベンチで昼食。Fさん、Mさん、中山道で
毎年お世話になっているEさん、ウオーキング協会のNさんなど、おな
じみの方にもお会いし、新年のご挨拶を申し上げました。
13時30分から恒例の年賀式が開催されました。
まず日本ウオーキング協会岡野会長が、いつものように力強く挨拶
されました。
来賓として、東京牧水会事務局長・田原さんから、牧水にまつわる
お話がありました。次ぎは、このウオークを取材に来た韓国・SBS放送
の方の祝辞、通訳はオッパーさん(右)です。
㈱ムーンスターの田中会長からも祝辞をいただき、お待ちかねの鏡
開きとなり、会長、名誉会長、県協会会長など10名の方々が、信州・
武重本家酒造の銘酒・牧水を開きました。
ちなみに武重本家酒造は、長野県佐久市茂田井にあり、毎年の中山
道ウオークで前を通過しております。
酒量の少ない私も、参加記念品としてもらったおちょこで2杯いただき、
今年1年も元気で歩けるよう祈り、上野駅から帰途につきました。
蛇足ながら、私の昨年(2006)のウオーキング日数は102日、その
うち日本ウオーキング協会及び関連団体の催し参加は23日でした。
日々、家の周辺でのウオークを含め、年間歩行距離は3,614kmです。