続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『永遠の明証』

2016-12-21 06:53:44 | 美術ノート

 『永遠の明証』
 
 等身大に描かれているという女性の裸身。切断された各部位は身体に等しく縦列されている。
 なぜ切り離し、何故フレームに入れたのか。フレームに入れるということは、象徴であり、強調である。
 各部は等しく象徴/強調されているが、肉体の意味を失っている。
 女性への憧憬や欲望に対する執着が切断によって変質している。希薄になったともいえるし、奇異・怪奇へ移行させているともいえる。
 しかし、触ろうと試みるなら、しっかり見開いた女性の視線に躊躇せざるを得ない。

《裸であることに気づく》
 人類の英知(存在に対する知覚)の始まりである。性的欲望があって人類の連鎖が今日に至っていることなどを考えると、永遠というキイワードを支えるのは女身に対する幻想が原初ではないかと思える。
 しかし、女体ではなく女体の各部位の連鎖は、触れようとしても実体のない虚無を感じさせる。
 裸身を曝け出している、しかし肉感をもって触れることの出来ない拒否感は、永遠の謎であり《神聖さ》の扉の向こうに位置するものである。見えているが、真の存在は隠れている。

『永遠の明証』とは、明確に見えていながら『永遠の謎』であることの証明である。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『城』2513。

2016-12-21 06:20:54 | カフカ覚書

わたしどもが不自由している食料品などは、親類の人たちがこっそり融通してくれました。これは、べつにむずかしことではありませんでした。だって、ちょうど取入れの季節だったのですもの。もちろん、わたしどもは、畑がありませんでしたし、どこへ行っても、雇ってはくれませんでした。わたしたちは、生まれてから初めて、働かないで毎日を送るという罰を宣告されたようなものでした。


☆血縁の秘密は軽妙かつ響き渡っていました。もちろん、分け隔てなどありません。協力はどこからも得られず、見捨てられたのです。わたしたちは殆ど無為に生きるという有罪判決を下されたのです。