続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『耕耘部の時計』⑰

2018-09-05 07:18:49 | 宮沢賢治

 赤シャツはすっかりどぎまぎしてしまひました。そしてきまりの悪いのを軽く足ぶみなどをしtごまかしながらみんなの仕度のできるのを待ってゐました。


☆昔の和(争いを治める)計(はからい)を、則(道理)としている。
 詞(言葉)に託した他意である。


🈞マグリット『終わりなき認識』⑤

2018-09-05 06:57:18 | 美術ノート

 室内の線を追って焦点を探ると球体の下方にあたる、つまり球体に上の人物は見えない位置にいるということである。

 自身は彼の実態を凝視できることはなく、単に経験上のデータの集積によって仮想しているにすぎない。自分自身を空想による以外知る術はない。
 自身を客観的に観察する、自身の分解である。自身はある意味《世界全体》だから、その認識は外界の個人的解釈となりうる。

 個人は世界を見るが、世界は個人を世界とは見なさず、一個人の見解という領域を出ることはない。
《絶対》の確信、完全なる認識は総括されない。

 見ることは必ずしも認識につながらず、見ること知ることの確認作用や判断を経て自ら発信の体感を経なければならない。正否のプロセスはあらゆる複合的な条件にょって左右されるので、安定や絶対を律と出来ないのである。故に、告げる認識に終わりはない。


(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)


『城』3022。

2018-09-05 06:33:22 | カフカ覚書

もっとべつな解釈だってできるだろう。しかし、これが中傷だというのかね。いいかね、彼にたいするきみの愛をたたきつぶそうという目的でもなければ、中傷なんかできやしないよ。その必要があり、中傷がよい方法だとなれば、ぼくは、ためらわずに中傷してやるさ。


☆他の方法で示すこともできる。それに関するきみの愛と抗争する目的では中傷は出来ない。先祖の能力ある手段だとすれば、わたしはためらわずに彼を中傷するだろう