『ナイト・ホークス』
この画を見た時、画にはこういう手法があったのかと胸を衝かれた。
画面半分は不在の空間が拡がり、右半分の店内、奥に三人の客とバーテンが描かれている。
打ち沈んだ空気、大声や怒号は聞こえない。にもかかわらず精神の波の大きなうねりがある。
店内の照明(灯り)が全体に落ちている影を引き立てている。光が影を支え、光が影の役目を担っている。
1942年、第二次世界大戦の最中であれば肯ける暗さである。
人が主役という観念めく思いがあるが、ここでは光景の一端として無言の空間に対峙している。無駄と思われる床面積の広さ、手前の空間は鑑賞者を後ろに退けさせる。
故に、ここには描かれた以上の距離が生じ、男女の会話や一人で飲む男の背に近づけさせないタブーのバリアがある。笑いやユーモアのない陰鬱な空気、明日が不明な凍結したような空気は、まるで地上の安定を揺らしているかのようである。
地上の空間であるに違いないのに、何か客船、海上を漂っているような不安定さが垣間見える。
ホッパー、この画家への動揺を隠せない。
写真は日経新聞「経済で見る名画十選/田中靖浩」より