思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「エマーソン」の思想。死んだ論理ではなく、人間を突き動かすエネルギー

2011-11-05 | 恋知(哲学)

白樺派の柳宗悦が中学生の頃から愛読していたエマーソンの著作は、現代のアメリカ人の思想とは大きく異なるよきアメリカの精神(人間性の全的肯定)そのものです。

以下は、『エマーソン入門』(リチャード・ジェルダード著・澤西康史訳・日本教文社刊)の訳者あとがきからです。


「エマーソンの実践哲学の最もよいスポークスマンだったソ―ローは、その著書『森の生活』によって、いまなお精神的な自立を目指す世界中の多くの若者たちの心をとらえている。エマーソンの自由を求める精神は、ホイットマンという型破りなスタイルを持ったアメリカを代表する詩人が生まれるきっかけをつくった。また、彼の人間の魂への深い洞察は哲学者・心理学者のウイリアム・ジェイムスに少なからぬ影響を与えた。・・・・

エマーソンは、独自の思想的・哲学的な体系を生み出しはしなかった。イエスは真実の言葉を語ったが、それは伝統として受け継がれる中で死んだ教義となった。真実はほんらい人を解き放つはずのものだが、教義は人の魂を閉じ込める牢獄になる。人間はもう一度自分の魂を回復し、裸の個人として自然の中に立ち、そこでもたらされる直観におのれをさらさなければならない。どれほど優れた書物であれ、過去の言葉は自分の体験を証明する照り返しーー「光沢」になるにすぎない。エマーソンはすべての構造を捨て去って、人間という存在の原点から語った。

エマーソンはいまだに「ドイツ観念論、ことにカント哲学の精神をアメリカに移入して、超絶主義を提唱した人」と紹介されることが多いが、おそらくこのような定義をする人は、彼の著作を真剣に読んだことがないに違いない。エマーソンの思想の出発点は、古代ギリシャのプラトンやペルシャ、インド、中国の古代思想にあった。

彼の言う「思考」は頭の中のおしゃべり屋のことではない。それは現代の私たちが「意識」と呼ぶものに近い。また「理性」はむしろ「直観」と理解されるべきで、死んだ論理ではなく人間を突き動かす原動力、エネルギーのことだ。」
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