思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

個人性の次元の象徴=「性」を権力が管理してよいと考える保守主義者の狂気

2013-05-18 | 社会批評

人間の生は、プライベートな世界=個人的領域と、社会性の世界=公共的領域の二つを持ちますが、
性=makeloveは、プライベートを象徴する領域です。公共領域とは次元が異なる個人性の世界です。

当然ですが、軍の司令官、政治家、政府関係者、官僚などが介入できない領域です。介入は、【根源的な人権侵害】となり、論外です。

わが国では、橋下維新の会代表に見られるように、【人権思想の本質】を了解できない人が大勢います。日本のエリート職業につく男性の多数派は、本音ではみな「橋下支持」でしょう。それほどまでに人間の生と性に対する歪みは酷いのです。人間が人間として生きる意味の探求が全くできない(哲学の貧困)からです。
(安倍首相の思想的ブレーンで、教育再生委員の八木秀次などもみな人権思想の本質的意味が分からずに、『反人権宣言』や『明治憲法』を書き、天皇制こそ日本人のよりどころ=国柄だと声高に主張しています。)

個人性の領域=人間が生きる土台である実存領域に、政治家(=主権者である人民から委託されて権力を行使する人間)が、「こうしたらいい・こうすべきだ」という発言はしてはならぬことですが、この【大原則】すら知らな人=橋下氏と石原氏が代表を務める「維新の会」は、すでに終わっているといえますし、同じように、戦前の思想を受け継ぐ安倍氏ら自民党右派の保守主義者は、歴史の舞台から退場しなくてはいけません。

彼らは思想的にはとっくに終わっています。第二次大戦前と1980年代の二つのポストモダン思想と同じで、哲学的にはルネサンス以前としか言えません。

 

武田康弘

コメント (1)
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