思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「いいね!」の件数が、すべて「0」になってしまった理由。

2018-07-07 | その他


2018年2月17日に、過去のblogのすべてが「0」となってしまいましたので、編集部に復元をお願いしましたが、「どうしても復元はできない」とのことでした。

1万件以上の「いいね!」を頂いたblogが数多くあり、読者のみなさまの強い意思は、書き手のわたしには大いなる励みでもありましたが、すべて「0」となりました。
わざわざ「いいね!」を押して支援して頂いたみなさまの心=行為がすべて水泡と帰してしまったことには、強い憤りを感じました。
亡くなった泥さん(元ミサイル防衛部隊)が生まれてはじめて行った街頭演説=「集団的自衛権反対!」には、35万件を超える「いいね!」がありましたが、これも「0」となりましたので、いま表示されている「いいね!」の数は、2018年2月17日以降のものです。

以下が、編集部よりのメールです。

「いいね!」の件数の復元につきましては、 常時SSL化に伴うURLの変更(「http」→「https」)によるもので、 Facebookが提供する「いいね!」ボタンの仕様上、 どうしても復元させることができない状況でございます。 何卒ご理解賜りますようお願いいたします
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生きている人間を「神」とするー明治政府の「天皇現人神」の思想と麻原オウム教。

2018-07-07 | 恋知(哲学)

超越神をもたない日本人は、ある家族を神の系譜とし、ある人間を神とすることに違和感がないのでしょうか。

「日本会議」という右翼団体に首相以下大多数の閣僚が所属し、いまだに天皇神格化や皇族崇拝の思想が幅を利かす国が近代国家とは、あまりに愚かで呆れるほかありません。

自分の内にある善美の座標軸に従って生きられない人がそれほど多いということでしょう。麻原のオウム=生きた神!に人が集まったのも頷けます。

現人神(あらひとがみ)というおどろおどろしい思想や、超越神への信仰という一神教によらず、よき自分の生をつくるのは、フィロソフィー=「恋知」の実践以外にはないはずです。

一人ひとり異なる人間の内にある善美への憧れ心に従って生きること、超越や絶対を外に置かず、自分の存在の内にのみ座標軸があることの明晰な自覚をもつこと。

ブッタとソクラテスという同時代の思想は、紀元前200年代の仏教と古代ギリシャ王たちの深い交流にも見られるように、自分の内なる思考力=真実の探求心以外には、従うものを持ちません。

このよき伝統を自覚し、互いの対等性と自由を認め合う徹底して民主的な生き方を始めようではないですか。民主性・民主制・民主政の社会をつくるのは、自己の内なる善美への憧れをもつ人です。

 

以下は、3年以上前に出したblogです。

「オウム・20年目の真実」 と 「戦前の天皇教」と。

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