天皇という名称(言葉)は、中国から輸入したのですが、最初に使われたのは「壬申の乱」で勝利し、『日本書記』の編纂を命じた天武です。ここから○○天皇という呼称が始まったいう事実はかなり知られていることですが、
では、その後はそのまま今日まで続いたのでしょうか? いいえ。
「名前でよむ天皇の歴史」遠山美都男著(朝日新書)に詳細に記されていますが、300年にも満たない短期間だったと知り、驚きました。平安時代前期の村上天皇までで、その後は、天皇という名称(言葉)は用いられなくなり、「○○院」に変わったとのことです。
「天皇が、かつての権力を喪失して、せいぜい京都周辺に君臨する都市王権の首長になってしまった以上、その呼び名も対外的に通用するグローバルなものである必要はなくなり、天皇にゆかりの京都とその周辺の地名でいったローカルなもので十分」(286ページ)となったことを反映して、「○○天皇」から「○○院」へ。
口語での呼び方は、みかど(御門)、おかみ(御上)、しゅじょう(主上)、こんじょう(今上)、とうぎん(当今)などだったとのことです。
「天皇」という言葉が復活するのは、平安時代から800年以上経って、徳川幕府の力が衰えてきた江戸時代後半で、光格天皇からとのことですので、その後今日までの240年間は「○○天皇」と呼ばれる人物がいたわけです。
神話上の人物を含めて時間を引き伸ばし、
しかも、すべて天皇という呼び名に変えて、
「紀元は2600年」と宣伝した明治-昭和前期政府は、日本を「天皇(現人神)を中心とした神の国」としたわけですが、
このデタラメを今日でも主張するのが、安倍首相ら閣僚もみな加盟するウヨク団体の「日本会議」です。幼稚な人々が政治の表舞台にいる国には寒気がします。
武田康弘