思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「あなたが受け取ったメッセージは何ですか?」 22歳の女王・大坂なおみは米国でどう評価されているのか  竹田ダニエル

2020-09-18 | 教育


 大坂なおみ

以下、シェアします。竹田ダニエルさんの記事です。
https://number.bunshun.jp/articles/-/845038?page=4

 9月12日、無観客で開催された四大大会の一つである全米オープンの女子シングルス決勝で、大坂なおみ選手がベラルーシのビクトリア・アザレンカ選手を破り、2018年以来2度目の全米オープンのタイトルを獲得した。23歳未満でメジャー3冠を達成したのは、2008年にマリア・シャラポワが達成して以来初めてである。しかし女子アスリートとして歴代最高の高給取り(フォーブス調べ)の22歳が成し遂げた偉業は、スポーツにおける実績だけでは決してない。

 私は、大坂選手と同じハーフで、同世代。そして現在アメリカで暮らしている。この記事では、彼女のこれまでの言動と英語圏で報じられている大坂選手の活躍に関するニュースを振り返りながら、「私はアスリートである前に黒人女性です。」と語る彼女がどのように取り上げられているのかを紹介したい。

大坂なおみの7枚のマスクは多くの人を「当事者」にした

 いま、アメリカから広がっている人種差別反対運動は、「Black Lives Matter」が合言葉になっている。不当に黒人を殺害した警察官たちがあまりに多くの場合で罪に問われていない現状や、その犠牲となった人たちの名前をSNSやメディアを通して何回も社会に思い出させることが必要であること(“Say Their Names(彼らの名前を言おう)”)が特にネット上においてBlack Lives Matter(以下BLM)の中心的メッセージだ。

 大坂選手が人種差別問題への啓蒙を行うために、殺された黒人たちの名前(Breonna Taylor、Elijiah McClain、Ahmaud Arbery、Trayvon Martin、George Floyd、Philando Castile、Tamir Rice)が書かれたマスクを7枚用意し、世界中の人々が注目する全米オープンの各ラウンドで着用したことは、「#Say Their Names」というハッシュタグをよりリアルに、より広く伝える行動だった。大坂選手は決勝後のインタビューで記者から「7回の試合で7枚のマスクを使いましたが、伝えたかったメッセージは何ですか?」と聞かれ、「あなたが受け取ったメッセージは何ですか?というのがより重要な質問です。社会が問題提起を始めることが意義であり目標です」と答えている。

 警察官に殺された黒人たちの名前が書かれたマスクを着用することで、模範的な声の上げ方で社会へ問題提起を行い、殺人を犯しているのに警察官たちが罪に問われない事実を人々に伝え、「それっておかしいんじゃないの?」と考えるきっかけを与えた。大坂なおみはスポーツを通して、世界中の観衆をこの問題の「当事者」にしたのである。

大坂なおみ選手と7枚のマスク ©AFLO

「ウェスタン&サザン・オープン」準決勝のボイコット

 アメリカにおける長年の制度的人種差別や構造的人種差別に対する反対運動は、様々な条件が揃ったことによって、ここまでのムーブメントとして拡大してきた。そのなかで大坂選手もBLMに関する情報をSNSで共有し続けてきている。ときには、「スポーツに個人の意見を持ち込むな」と彼女の言動を否定的に捉える人々もいたが、そういうコメントに対して反論することもあった。そしてその言葉を実際に行動にも移していく。

 6月に平和的な抗議デモに参加するためにミネアポリスに出向いた。7月には非常にパーソナルな内容のオピニオン記事をEsquire誌に寄稿し、「自分の人生で何が実際に重要なのかを再評価しました。私は自問自答し、テニスができなかったら、私は何をして変化をもたらすことができるのだろうか?と考えた際に、私は声を上げる時が来たと決めた」と書いている。(https://www.esquire.com/sports/a33022329/naomi-osaka-op-ed-george-floyd-protests/)

 そして8月、ウェスタン&サザン・オープンの準々決勝で勝利した後、黒人男性ジェイコブ・ブレイクさんが警官に銃撃されたことに抗議し、現地時間の26日に準決勝の棄権を表明した。

 このとき、大坂選手は自身のツイッターにて、「私はアスリートである前に黒人女性です。今は私がテニスをする様子を観るよりも、重要なことがあると思います。また、白人が多数を占めるスポーツにおいて問題提起を行い、会話を始めることができれば、正しい方向への一歩だと思う」とコメント。彼女の後に続くように、多くの選手が声を上げている。カナダのミロシュ・ラオニッチは準々決勝に出場していたが、試合後の記者会見で大坂選手を支持。現代テニス界を牽引し、男女平等を訴え、差別撤廃運動にも尽力した人権活動家ビリー・ジーン・キングも、大坂選手の決定を支持するツイートをしたテニス選手の一人である。

「大坂なおみによる、スポーツ界の抗議運動を支持するための勇敢でインパクトのある行動。彼女は明日の準決勝でプレーする予定でした。選手たちがプラットフォームを活用することには多くの意味がある。沈黙してはいけません。#BlackLivesMatter」(https://twitter.com/BillieJeanKing/status/1298812323767947269?s=20)

 大坂の棄権発表の直後、USTA、WTA、ATPツアーは大会を中断し、共同声明にて「人種的不平等と社会的不公平に反対する姿勢」を取ることを表明。国際テニス連盟も声明でサポートを表明し、大坂選手の名前にも言及した。

 置かれた現状や社会の課題を批判するだけでなく、自身が持つ影響力や社会的責任と向き合い、問題提起をしながら行動を起こすこと。大坂選手の言動は、実際にスポーツ業界や他のスポーツ選手に大きな影響を与えただけではなく、世界中の視聴者にも人種差別について考えるきっかけを与えたのである。

アメリカでは大坂なおみの姿はどう映っているのか

 こうした大坂選手の言動は、インタビューやメディア記事を通して「スポーツの世界にしか存在しない選手」ではなく、「思想や言論をしっかりと持った一人の人間」として世界へと伝えられている。その大きなリーチ力を持ったプラットフォームを活用して、社会問題と向き合い、発信を続ける努力は米国内では一般的に強く賞賛されており、米国代表でないに関わらず、全米オープンでは多くの視聴者が大坂選手に応援の言葉を送るという現象が見られた。

日本を拠点とする著名なアフリカ系アメリカ人の作家であり活動家でもあるバイエ・マクニール氏は、大坂選手をボクサーのモハメド・アリやの陸上競技選手のジェシー・オーエンスのような偉大な黒人アスリートたちに続く活動家だと見ている。

「モハメド・アリは、自分が不当だと思ったことや間違っていると思ったことに抗議するために自分のキャリアを危険にさらした。そして、なおみはその道を歩んでいると思う」(https://www.reuters.com/article/us-global-race-japan-tennis-osaka-featur/osaka-a-jesse-owens-of-japan-for-racial-injustice-stand-idUSKBN2630F4)

 そして、日本でも「芸能人が政治的発言をするのはどうなのか」という議論が年々変化しているように、アメリカでは、影響力を持つ個人としてのスポーツ選手のあり方が常に変化し続けている。米国でも、かつてはスポーツ選手がスポーツ以外の主張をすることを好意的に捉えない人がいたのだ。しかし現在では、ほとんどのメディアやスポンサー企業がそれに対する変化を後押ししている。

「スポーツと社会」に対するブランドの向き合いは変化している

 2016年8月当時、有色人種への差別や暴力への抗議を表明するために試合前の国歌斉唱中に起立することを拒否して跪いたことでNFLから事実上追放されたNFLのSan Francisco 49ersに在籍していたコリン・キャパニック選手を、2018年にNikeが広告に起用。その広告が最優秀マーケティング賞に選ばれ、Nikeの話題性やブランドイメージ向上に大きく貢献したことも記憶に新しい。もはや「スポーツ選手が社会問題に対して抗議をしたり発言をすること」は異例のことではなく、企業もスポンサードしているスポーツ選手の支援方法やBLM等についてどのように言及するか、積極的に模索を続け、スピード感を持って行動をとるような傾向が強まっているのだ。

 大坂選手の優勝直後に、Nike Japanの公式ツイッターアカウントが「この勝利はじぶんのため この闘いはみんなのため」と書かれた画像を投稿した(https://twitter.com/nikejapan/status/1304909292928073728?s=20)。スポーツ選手としてコートの上で戦う選手像と、社会に蔓延る不平等のために声を上げ、行動を続ける大坂選手個人への敬意が込められており、「スポーツと社会」に対するブランドとしての向き合い方がメッセージとして強く伝わる。

 特に自分が応援しているスポーツ選手は、その思想や言動も含めて応援したくなるものかもしれない。その心理状況を活用して、ブランドという一見無機質なものとスポーツ選手の結び目の延長線上に顧客を置くことで、より「人間的なストーリー」を描くことは可能だ。だからこそ、スポーツ選手の「人間的な部分」や「社会に対して抱くパッション」は否定したり隠すべきことでは全くなく、むしろ社会的な議論を前に進めたり、問題提起の認識を広めるための重要な役割を果たすとして米国では尊重される場合が多い。

 社会的影響力を持つ大企業が、個人として大きな影響力を持つスポーツ選手をスポンサーとして支援する理由は、知名度の拡散だけではなくなってきているのだ。日本ではスポンサー企業が社会的メッセージを提示することは少ないが、SDGsへの意識が高まり、グローバル化が進んでいる中でより広い視野で社会問題を取り上げることが企業やメディアとしてメリットになる。

22歳の女王が訴えたことから何を学びとれるのか

 女子シングルス世界ランキング3位(9月14日現在)の大坂選手は、世界中の人々に「人種差別」という普遍的な社会問題について問題提起を続ける力を持ち、日本の社会問題にもアメリカの社会問題にも言及できる能力を持っている。そして多面的な人間である彼女を応援しながら、共に学ぶことで、我々も社会の一員として前に進むためのヒントを多く見出すことができるはずだ。

大坂なおみ選手 ©BUNGEISHUNJU

 極度の人見知りでシャイだと自身でも発言しているように、ここまで発言力を持つようになるまでの道のりは大坂選手にとって長かった。さらに個人的な葛藤とともに、アスリートに対する「政治には口出しするな」という奇妙なスティグマにも直面し続けなければならない。激動の時代に企業や個人が「社会との関わり方」を再考するにあたって、スポーツ選手の言動をどのようにして受け取るか、そして社会が彼らから何を学びとれるかを考え続ける必要がある。

「日本は、本当に先進的な国。何が許され、何が許されない(言動)なのかを誰もがもっと学ぶ必要があるだけだと思います」
(https://time.com/5851730/naomi-osaka-speaks-out-sports-justice/?playlistVideoId=6164699968001)

「恥ずかしがり屋でいるのはもうやめる。本当に時間の無駄。 多くのアイデアを共有できたのに、色んな人と話せたのに、学べたこともたくさんあったのに!自分で自分にリミッターをかけているだけだった」(https://twitter.com/naomiosaka/status/1257483374458843136?s=20)

 勝ち続けなければ黒人の犠牲者たちの名前を伝えられないというプレッシャーを試合へのモチベーションへと変化させ、自分の信じるもののために立ち上がることを恐れなかった大坂選手に、私は最大の敬意を表明したい。

 

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