細君と一緒に、いそいそとフジコ・ヘミングのコンサートに行ってきた。今回は、NHK交響楽団メンバーの室内楽団と一緒の演奏会である。
テレビで何回か演奏を聴いていたが、実演を聴くのは初めてである。覚悟はしていたが、指揮者に抱えられてピアノにたどり着いたフジコヘミングをみて心配になったことは確かである。しかし、モーツアルトの21番の演奏が始まって、NHK交響楽団の渋めの音響の中に、ものすごく派手なパンチの音色が飛び込んできて観客は目を覚ました。やはり人気が出てるだけのことはある。非常に独特な演奏なのであるが、面白い音色のバランスとリズムでぐいぐい音楽をひっぱる。ピアノが鍵盤楽器とはいえ、本質的には琴に近い楽器であることを思い出させるようであった。
テレビでは、彼女の苦労続きの人生が強調されていたので、音楽が内面的に視聴者に伝わったのかもしれないが、実際演奏会で聴いてみると、非常に派手な音色を持つきらびやか演奏をするひとである。単純に、音がかなり大きめであるし、音一つ一つをはっきり聴かせる。なんというか、クレンペラーをおしゃれにブルースのようにしたような音楽なのである。
プログラムでは、モーツアルトに続いて、予定されていなかった「別れの曲」を演奏した後、「ラカンパネラ」を弾いた。かわいらしく手を振りながら、若者に掴まりながらステージを去った。
わたくしは何故か、田村俊子の「女作者」の最後のところ、
自分の好きな女優が舞台の上で大根の膾をこしらえていた。あの手が冷たそうに赤くなっていた。あの手を握りしめて唇のあたたかみで暖めてやりたい。――
こんな文章を思い出した。