簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
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伏見の町並(東海道五十七次歩き旅・山城国)

2025-01-10 | Weblog


 伏見は豊臣秀吉が築いた伏見城の城下町の名残で、地名にも由緒ある
ものが多い。銀座町、御駕籠町、風呂屋町、鷹匠町、瀬戸物町、納屋町、
紺屋町、京町、車町など挙げれば枚挙に暇が無い。
油掛町もそんな町の一つである。



 油掛通りと竹田街道との交差点角に「練り羊羹 伏見駿河屋本店」が
ありその前に、「電気鉄道事業発祥の碑」の記念石碑が立っていた。

 油掛通りは、日本で最初の電気鉄道(チンチン電車)が、下京区東洞
院通東塩小路踏切(旧東海道線)南側から伏見町油掛通まで、博覧会へ
の客輸送用として運転された通りで、明治28(1895)年の事である。 



 「油掛通り」の名前の由来は、古く「西岸寺」の油掛地蔵に纏わる伝
説からきている。この地に伏見上皇が深く信仰した石地蔵があった。

 ある日通り掛かった油売り商人が、地蔵の前でつまづき油桶を落とし、
油をこぼしてしまった。商人は残った油を地蔵に掛けて供養したところ
商運が開け、このご利益が広まったという。



 伏見には蔵元が多数あり、「灘」「西条」と共に「日本三大酒どころ」
と言われている。その歴史は、豊臣秀吉の時代まで遡る。
「日本名水百選」にも選ばれた名水「御香水」が湧き出す地で、これが
旨味のある日本酒を醸し出すのだという。



 油掛通りに近いところに清酒・黄桜の「カッパカントリー」のテーマ
館がある。コマーシャルでお馴染みのカッパは、黄桜酒造のメインテー
マで、ここでは世界の河童に関する資料を展示しているという。



 今回は立寄れなかったが、竹中町には「宝ホールディングス歴史記念
館」があった。
又南浜町には、月桂冠の「大倉記念館」もあるらしい。(続)




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