簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

ぼたもちショック(四国遍路の旅・高野山編)

2015-11-06 | Weblog
 雨降りで億劫になり、ろくに写真を撮ることも無く、歩いて来た。
「ブログ用、足りないだろうな・・・」などと内心で心配しながら、ここまでもう
一つの楽しみを探しながらの福禄谷の登り道である。
しかし、円福寺の前で右に折れると峠は終わり、その先は店らしい店もな
く下り坂が延びている。



 事前に調べた情報によると、洞ヶ峠の茶店には名物の大牡丹餅が有ると
言う。しかしその店を見つけられないままここまで来て、これから峠を下る
ことに成る。実は、旧道の少し東には国道1号線が通っている。



先ほどの門前を右折せず、そのまま100mほど直進すれば、その国道に行
き当たり、そこに峠の茶屋が有ったのだ。



ここの「田舎ぼたもち」は、昔から知られたもので、兎に角でかいことで有名
らしい。勿論美味しくないはずは無い。
茶店はてっきり旧街道沿いにあるものだとの先入観で、事前に店の位置を
確認してこなかったのが間違いの元であり返す返すも残念でしょうがない。



 道は、かまぼこ板を立てたような建物が無数に並ぶ枚方ハイツの中を下
って行く。沿道の電柱には「高野道」との地名表示板が張られていて、どう
やらこの道が「東高野街道」で間違いないらしい。
 実は福禄谷に入り、府境を越える辺りからここまで、街道へ導く道標をと
んと見なくなっていた。(見落としているのかも知れないが・・・)



 ぼたもちショックが尾を引いたのか、この先でそんな心配が現実となり、
とんでもない間違いを犯してしまうことになる。(続)






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洞ヶ峠(四国遍路の旅・高野山編)

2015-11-04 | Weblog
 男山吉井の山根街道との分岐で、右に直角に曲がると道は住宅が犇め
くように立ち並ぶ団地の中を登り始める。



 500m程の短い坂を登り、府道の高架下を潜ると周りの景色が一変した。
福禄谷と言われるところで、両側は良く手入れされた竹林が続く道となる。
京都で竹林と言えば、嵯峨野とここ八幡だと言われることが納得できるよう
な道で、観光農園らしく、タケノコ狩りの看板が掲げられている。



 坂を登りつめたところに建つのが「達磨堂円福禅寺」である。
重要文化財に指定されている達磨大師坐像が有名な、臨済宗の修行道場
として知られた寺だ。
この日は、法要でも行われているのか、門前には屋台が並び、善男善女が
群れていた。





 丁度この辺りが歴史で名高い洞ヶ峠で、京都府八幡市と大阪府枚方市の
府境にあたるところだ。
本能寺の変で信長が倒れ、光秀軍と秀吉軍が山崎で激戦を繰り広げている
折、双方から加勢を依頼されていた筒井順慶はこの地まで兵をすすめなが
ら、大局を見極めていたとされる峠だ。



 このことから日和見することを、洞ヶ峠を決め込むと言う語源にもなった。
しかしこれは史実に反していて、本当のところは峠には出陣せず、中立を
保っていたと言うのが真相らしい。



 雨は多少小降りになったようだが、やむ気配も無くいぜん降り続いている。
普段の歩きなら、首から下げたカメラを片手に持ち、目に入る何もかもを際
限も無く撮り歩くのだが、さすがにそれは出来ないが、実はこの地には、予
め調べを付けておいた他の楽しみが待っている筈であった。(続)




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松花堂庭園(四国遍路の旅・高野山編)

2015-11-02 | Weblog
 道標に従い歩き始めた「東高野街道」は、道幅も広く舗装され、車や人の
往来もあり、凡そ古の街道の風情は余り感じられない。
然しそんな中にあって、所々に立つ石造りの道標や、沿道に建つ平入りの
少し古そうな商家、民家が何となく街道の面影を今に留めている。



 飛行神社を出て、1キロ余り歩き神原の交差点を越え、さらに1キロほど行
くと町中の住宅地には似つかないこんもりとした森が見えて来る。
「松花堂庭園」である。
この辺りの地名が珍しく、「八幡女郎花」と書かれている。
素直に「おみなえし」と読めば良いのであろうか。





 車塚古墳と書かれた石柱の奥に、威風堂々とした古めかしい門が建って
いる。松花堂庭園の表門とされる建物で、200有余年前に造られたものだ。
塀に沿って進むと、「昭乗広場」と言うタイル張りの広場に出る。
ここでは毎週土曜日の午前中に「ふれあい市」が開かれる。



 ここ松花堂庭園は、江戸初期の頃の真言宗の僧であり、風流人でもあっ
た松花堂昭乗所縁の場所である。
広大な庭園は見応えが有るらしく、美術館なども併設されているので楽しみ
にして来たが、生憎とこの日は休園日であった。



 実は、この時点で既に旧「東高野街道」からは外れていた。
松花堂庭園に気を取られ、直進してしまったが、旧道は庭園の北端辺りで
右の細道に入り、国史跡の八角堂の前を通ることに成っている。
早々とやってしまい、見事に見所を逃してしまった。(続)





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