簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

堤防道  (東海道五十七次歩き旅・山城国)

2025-01-27 | Weblog
 「この土手を行って、線路の手前で河原に下りれば道がある。
それを行けばあの橋出られる」
 ご婦人に言われた通り東高瀬川の土手を北上すると、堤防道は京阪
本線が金網で通せんぼしていて行き止まりだ。



 これまでは堤防にも土手にも一面草が生い茂っていたが、線路の手前
のここだけは、堤防の一部分がコンクリート護岸壁になっている。
先ほどのご婦人は、これを伝って河原に下りろと言っていたのだ。
かなり急なブロックの斜面を慎重に下り、河原に出て京阪線を潜る。



 河原には草の中に一本、踏み固められた道が出来ている。
そこを歩き、竹田街道外環道路の下を潜り、三栖橋の手前のところで、
ようやく堤防上に上がり左に折れてこの橋を渡る。



 何のことはない、この道は京橋を出て京阪本線の中書島駅手前で右折
した、東浜南町の三叉路から続く道である。
 街道歩きは肥後橋を渡り左折してきたが、そのまま直進して200mも歩
けばここに到るのだ。
それを延々と一キロ以上も堤防道を迂回し、遠回りしてきたことになる。



 とはいえ街道歩きでは、こうした川越では、嘗ての渡し場や旧橋跡に
橋が架かっているケースはまれで、多くは上流か下流の近い方の橋を見
極めてそれを渡り、再び街道筋に戻ってくる。

 あらかじめ解っていればこうするのだが、橋が有ると思って行って見
たら渡れず、それで迂回するのは何とも辛い。



 橋を渡って直ぐに左折、土手に上がると100m程で竹田街道外環道路
を潜る。
と右側に京都土産「千寿せんべい」で知られる「鼓月」の工場があった。

 思わぬ遠回りで歩き疲れ、直売店でもあれば立寄りたいところだ。
ところが店舗らしいものは見当たらず、残念ながらここは製造ラインだ
けらしい。10年ほど前に建設された新工場だそうだ。(続)





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