日々 多くの方々のブログを 拝見、拝読させていただいている 後期高齢者です。
北海道から、東北から、九州から、沖縄から、海外から・・・・、刻々と発信されるブログを クリック一つで楽しめる、こんな時代を享受することが出来る等とは 数年前までは 思いも付かないことでした。
一言で ブログと言っても その考え方、目的、使い方等については 人の顔が夫々違うが如く 千差万別であることを実感しています。
生き方や政治等について 自分の考え方、意見、論評等を発信するブログであったり
山岳写真、風景写真、花や鳥の写真等を 発表、展示するブログであったり
詩、俳句、小説、随筆等 文芸的作品を 披露するブログであったり
音楽に造詣の深いブログであったり
趣味の家庭菜園、ガーデニング等中心のブログであったり
過去の旅行や登山の思い出を綴るブログであったり
地元の情報を 詳細に発信するブログであったり
日々の何気ない暮らしを記録した日記ブログであったり
・・・・・・・、
型式に囚われずに 自由自在に編集出来るブログだからこそ 実現することなのかな と思ったりしています。
では 「たけじいの気まぐれブログ」は いったい どうなんだ?と問われると
「ウーン、なんやかんや ごちゃごちゃしていて 片田舎の雑貨屋みたいで 分らん」
「記憶力減退爺さんの脳に代わって 記憶を補助してくれる便利なツール、日誌みたい、備忘録みたい、とても人様に お見せするようなものでは あらへん」
「自分流に自由に楽しめる 年寄りの 頭の体操、ボケ防止の道具(おもちゃ)」
等々 と 答えてしまいそうです。
いずれにしても ひょんなきっかけで始めたブログですが 今や 手放せない存在になってしまったのかな と感じています。
小学生の頃 夏休みとか冬休みの宿題で 絵日記を書かされた記憶が有ります。
中学生になってからも ある国語教師の指導で 一時期 日記を付けていたことが有って つい数年前 その忘れ去っていた古い日記が 実家に残っていたのを見つけ 一種の感動を覚えたことが有りました。(そのことを 「あの日あの頃・中学生日記」等と 当ブログに書き込んだこともありましたが)
社会人になってからも 日誌的なものは付けていましたが 手書きのもので ほとんどが付け放し、例えば その日誌から 記憶曖昧な過去の記録等を探し出すこと等は 大変なことでした。
やがて PC日誌の類となり 検索機能を使えば 一瞬にして 確認出来たり調べることが出来るようになり 記憶力減退爺さんの強力な 記憶補助装置?になってくれました。
日記日誌のつもりであれば PC日誌で十分であり わざわざ 一般公開されてしまうブログに変える必要も無かったわけですが ブログには その日その日の写真も簡単な操作で挿入出来る等 様々な便利な機能も有り、「いいね!」に なったのでした。
それに PC日誌の類であれば あまり文章も考えず メモ書きスタイル、殴り書きになるところですが 第三者に見られるブログは そうは行きません。多少は 頭を働かして 文章を考えたり 誤字脱字にも注意しなければならない訳で 緊張感が違います。
認知症予備軍?の爺さんの ボケ防止になるかも知れない等と 勝手に思い込んだこともあります。
今も尚 従来の手書きの日記日誌をつけている方も数多おられますが 長年に渡り たまりたまって山となっていると思います。
やがて 死を迎えた時 第三者にとっては ゴミ同然、残された者が大変になるところ、PC日誌の類やブログであれば 必要が無くなった時点で 「消去」、「削除」、「解約」すれば 「はいお終い」、
一瞬にして 片付いてしまいます。
今では 「それで いいんじゃないかなぁー」等と 思ってしまっている爺さんです。
近い将来 ブログも書き込めなくなる日が 必ず来るはず・・・、
「その時が 本当のお終いかな」等と つくづく思う 今日この頃なんであります。