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古い写真から蘇る旅の思い出・「蘇州」その2・「北寺塔、旧市街」(再)

2024年02月27日 08時26分29秒 | 旅行記

古い写真から蘇る旅の思い出
「蘇州」その2
「北寺塔、旧市街」(再)


かれこれ18年前の2005年12月に、当時、次男が駐在していた中国江蘇省蘇州市(苏州市、スージョウ、スーチョウ、英語 Suzhou)を訪ねたことが有った。まだまだ自営業を続けていた頃でもあり、時間的、経済的に余裕も無かった頃だったが、「今、行くしか無い」、「今でしょ!」と、清水の舞台から飛び降りる思いで出掛けたものだったが、海外旅行等不慣れな老夫婦、ましてや、日本語で通じる添乗員付きのツアー旅行ならまだしも、中国語たるや、「ニーハオ」、「シェイシェイ」、「ハウチー」位しか知らない類で、航空券の手配、ホテルの手配等は日本の旅行会社にしてもらい(フリープラン)、次男には、上海浦東空港まで迎えに来てもらい、帰りには、空港まで送ってもらうまで、何から何まで次男を頼った旅だった。
ほんの数日間の中国滞在ではあったが、次男の案内で、乗り方も分からない鉄道、路線バス、タクシーで移動し、上海市や蘇州市の街中をそぞろ歩いたり、食堂や土産店に入ったり、駅の待合室で並んだり、一般の観光ツアー旅行では味わえない、貴重な体験が出来たものだった。
上海市のホテルに2泊、蘇州市のホテルに2泊したが、蘇州市では、お目当てだった蘇州市の名所旧跡観光を、まる1日、やはり次男の案内で忙しく訪ね歩き、大満足の旅だった気がしている。訪ねた先々で撮った写真が残っており、記憶力無しの老脳ではあっても、そんな古い写真を見ると、あの時、あの場所が、昨日のように蘇ってくる。


「留園」から、タクシーで約15分、
10時45分頃、「北寺塔(ベイスーター)」に到着したが、
「北寺塔」門前には、「修復工事中」の表示有り、残念なから入園出来ず、
門前で、証拠写真?、カシャ!

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「北寺塔」は、庭園が集まる蘇州の「旧市街」の北に位置に有る「報恩寺」の境内に建つ仏塔のことで、蘇州でもっとも古い史跡の一つなのだという。
三国時代、西暦250年前後に、呉の王が母のために建てたとされているが、現存の塔は、その後、南宋時代に修復されたもの。塔の高さは、76m、八角形で、蘇州駅や拙政園などからも見え、蘇州の最古のランドマークとも呼ばれているのだそうだ。塔の内部に入ることも可能で、最上部からは蘇州の街全体を見渡すことが出来るという。


(参考・参照)
「北寺塔」
👇
こちら


「北寺塔」を断念し、次に訪れる「拙政園」に向かおうとして、バス停へ。
どうも、時間的に、都合の良いバス便が無かったことと、
歩いて行ける距離だというので、「旧市街」を歩くことにした。

「北寺塔」バス停

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蘇州の「旧市街」の街並み、
街路樹の鈴懸(プラタナス)が、印象的だった。
「根本が白いのは、何?」
毎年冬季間、寒さから守るため、また、防虫対策として、
地面から1m位まで、石灰?が塗られることになっているそうで、納得。

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商店街

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八百屋

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本屋

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居酒屋?

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食堂?

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「旧市街」の通りをぶらつくような観光客等はいないだろうな等と話しながら・・・。

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蘇州の「旧市街」は、「東洋のベニス」と呼ばれている程で、
いたる所に、古い水路や運河が見られる。

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遊覧船乗り場?

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30分程歩いて、「拙政園」入口方面への道路に着いたが、
工事中で道路は通行止めになっており、
「拙政園」へは、さらに、グルっと半周しなければならないことが分かった。
移動時間節約のため、
次男は、すかさずタクシーをつかまえ、「拙政園」入口へ向かった。

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 


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