図書館から借りていた、宮部みゆき著、「堪忍箱」(新潮文庫)を読み終えた。本書には、表題の「堪忍箱」の他、「かどわかし」「敵持ち」「十六夜髑髏」「お墓の下まで」「謀りごと」「てんびんばかり」「砂村新田」、それぞれが、文庫本で30ページ前後という極めて短かい時代小説8篇が収録されている。いずれも、江戸に生きる名もなき市井の人々の平凡な日常に潜む一瞬の心の闇、輝き、悲しみ、やるせなさ、いじらしさが描かれた作品で、これまで読んできた、捕物、ミステリー、謎解き中心の宮部みゆき作品とは、ちょっと色合いが違う作品集という感じだった。
読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー「読書記」に 書き留め置くことにしている。
「堪忍箱(かんにんばこ)」
本所回向院脇の菓子問屋近江屋には、蓋を開けたら最後、災が降り掛かるという黒い文箱「堪忍箱」が、代々伝わっていた。火災で家を失い、祖父(当主)清兵衛が焼け死に、母親(女将)おつたは意識不明の重体となり、14歳のお駒の手元に残されたのは,その「堪忍箱」。急死した父親彦一郎も、母親おつたも、その箱に向かって「堪忍、堪忍」と言っていたが、その中身は何?、もし、住み込み女中おしゅうの言う通りだったら・・・。怨みと疑念を引き受けねばならなかったお駒。「開けやしません」・・・、燃え広がる炎を見つめながら・・・・、堪忍、堪忍してね。
「かどわかし」
浜町の料理屋辰美屋金二郎、おすえ夫婦の一人息子小一郎から突然「おいらを自分をかどわかしてほしい」と頼まれた畳職人箕吉。乳母お品を慕う余りに、父母から身代金をせしめ、乳母に届けたい一心の様子。箕吉の機転で収まったが、その半月後、小一郎が、実際にかどわかされて、箕吉が自身番に引っ張られてしまった。「あっしじゃ、ありませんて」。同心、岡っ引きにより、かどわかし一味が捕らえられ、小一郎は救出されが、辰美屋のもぐり金貸しが暴かれてしまい、結果、店は取り潰し、金二郎は遠島。小一郎とおすえ母子は、貧しいながら水入らずの暮らしをすることになる。辰美屋、小一郎にとって、箕吉の機転は、「凶」にもなり、「吉」にもなったということになる。
「敵持ち」
亭主が中風で倒れた居酒屋扇屋へ助っ人で通うようになった、十間長屋の住人板前の加助は、いわれのない恨みを買って、夢で三度も殺さてしまう。女房おこうと相談し、同じ長屋の浪人小坂井又四郎に用心棒を依頼、その当日、金貸し島屋秋兵衛が殺され、遭遇した加助と小坂井又四郎は番屋に引っ立てられた。下手人は誰?、「本当に旦那をお頼みしておいてよかった」。扇屋のお鈴、常連の勇吉、・・・・。1件落着したものの、小坂井又四郎が、上意討ちを逃れている侍であることが明らかになってしまい・・・、「そういうことでしたか」。・・・。十間長屋に若侍がやってきた。「小坂井様の傘か」。小坂井又四郎は、果たして・・・。人は皆、それぞれ、秘密、やるせなさ等々を抱きながら暮らしているが、ひょんなことで明るみに出る。それが「凶」になったり、「吉」になったり・・・。
「十六夜髑髏(いざよいどくろ)」
「十六夜月の光が一筋でも店の中にさしかけたら旦那様は死ぬ。そういう祟が有る」という奇怪な言い伝えがある深川の米屋小原屋。奉公したばかりのふきは、2歳年上の女中お里と、厳しい女中頭おみちから、知らされる。「おふきちゃん、起きて!、火事だよ!」。炎に包まれた店、静かに店の者たちを照らし出す十六夜、髑髏の群れに見え、ふきは立ちすくんでいた。旦那様はほほえんでいる。妖しく、美しく、凄絶なラスト・シーンである。
「墓の下まで」
深川富川町の市兵衛長屋の差配市兵衛は、実子が無く、親に捨てられたり、親を亡くしたりした子供を我が子のように育てている。おのぶも、藤太郎、ゆき兄妹も、市兵衛に育て上げられたが、ゆきの前に、15年前に彼女を捨てた母親お春が姿を現した。おのぶの秘密とは?。市兵衛と亡き女房お滝、二人だけの生涯の秘密とは?。1日たりと欠かしたことがない「陰膳」の訳は・。人は誰でも、人には言えない秘密のひとつやふたつ抱え込んでいるものだが、それに目をつむり、時にはそれをも愛しく思いながら、人と人とのより深い結びつきが生まれていくということなのかも知れない。
「謀りごと」
深川吉永町の丸源長屋の差配黒兵衛が、隣家の浪人香山又右衛門の家で、死んでいるのを見つけた植木職人松吉、お勝夫婦。長屋住人、余助・お品夫婦、源次郎、嘉助・おふじ夫婦、お駒、染太郎が集合させたが・・。一人の老人の死を契機に、それまで知らなかった、それぞれの顔、秘密が明らかになり・・、特に、「先生」と呼ばれる香山又衛門のエピソードは、人間、多種多様な顔を持っているということを示唆している。
「人間はみんな,こんなふうに隠し事をして生きているものなのだろうか。だから,急に死んでしまうと,そういう秘密が全部明るみに出て,まるで,生きていたことそのものが大きな謀りごとだったみたいに見えてくるのだろうか」
「てんびんばかり」
深川山本町の徳兵衛長屋で、幼なじみで姉妹のように育ち、共に、親を疫病や事故で亡くしたお美代とお吉が、貧しくてもうららかに二人で暮らしていたが、お美代が大黒屋の後添えという玉の輿に乗ったことで、お吉は複雑な想いを胸に宿すことになる。一旦は、お美代に傾いたてんびんばかりだったが、お美代が不義の子を身籠ったことで、てんびんばかりが動く。愛する人の幸せに対して抱く「建前」と「本音」。お美代の幸せな姿も不幸な姿も見たく無いお吉の取った行動は?
「砂村新田(すなむらしんでん)」
深川海辺大工町の石屋長屋に住んでいるお春の一家、屋根職人の父親角造は眼病で失職、母親お仲は小料理屋、一膳飯屋掛け持ちで働いているが、妹おちか、弟源太もおり、筆屋に奉公の兄忠太のなけなしの仕送りを受けても、暮らしは詰まるばかりで、お春は、砂村新田の庄屋の家に通い女中として奉公することになった。その道すがら、見知らぬひとりの男、市太郎と出会う。母親お仲の知り合いだという。「おっかさんを大事にな。お春ちゃん、頼むよ」。母親の隠し事?、いろいろ悪い想像をしてしまうお春だが、母親を問い詰めることは出来ず心が揺れる。市太郎とは、・・・。幼いお春が,母親お仲の女としての過去を知り、より着実な成長の一歩を踏み出す姿を見事に描いている。「どうしたんだい、お春」・・・・、「なんでもないよ」、お春はにっこり笑った。