映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「人生教習所 上・下」垣根涼介

2013年08月10日 | 本(その他)
変わらない自然。変わりゆく人々。

人生教習所(上) (中公文庫)
垣根 涼介
中央公論新社
 
人生教習所(下) (中公文庫)
垣根 涼介
中央公論新社


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新聞に不思議な広告が掲載された。
「人生再生セミナー 小笠原塾」。
実態は謎だが、そうそうたる企業が後援し、
最終合格者には必ず就職先が斡旋されるという。
再起をかけて集まってきた人生の「落ちこぼれ」たちは、
期待と不安を胸に抱き、はるか小笠原諸島へと出航する!
迷える大人たちのための、新たなエール小説。


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「人生再生セミナー」などというと
やや宗教めいて怪しい感じがしてしまうのですが、
その点では本作は全然心配ありません。


このセミナーに応募し、本作の中心人物となるのが、
次のようなメンバーです。

森川由香(29歳)フリーライター。
マイナー思考で仕事と対人関係に悩む。
体重超過気味。

柏木真一(38歳)かつて、暴力団の筆頭若頭。
背中に派手な彫り物・・・。
現在無職。

浅川太郎(19歳)東京大学2年。
今は休学し、実家に引きこもっている。


研修場所は小笠原諸島父島・母島。
彼らはそこで、人生を生きるコツ、人と付き合うコツなどの講義を受けると共に、
この島の歴史を学んでいくことになります。


小笠原諸島といえば、2011年に世界自然遺産に登録されたということで、
その独自の植生や生き物たち、美しい風景などは盛んに紹介されていましたが、
お恥ずかしい話、私は歴史については何もわかっておりませんでした。
太平洋戦争で、随分翻弄された島であったのですね。
もともと日系、欧米系、色々な人達が住んでいたようなのですが、
戦争が始まると皆一時退去。
戦後島はアメリカ海軍占領下で、
欧米系の人のみ帰島が許可される。
文化的にはほとんどアメリカで、
一般的にも英語を話していたといいます。
島が日本に返還されたのは昭和43年。
その時から、日系人も島に戻り、
突然、文化も日本へ急旋回。
学校でも日本語で、日本式の教育を受けることになる。
その時の急激な変化で、
戸惑い、又不満を感じた人たちも多かったとか。


今、島はもともと住んでいた人たちと、
島に憧れ、よそから来て住み着いた人、
住み着こうとは思うけれど仕事もなくバイトしながらなんとなく過ごしている人、
そんな具合に分類されて、
これまでにない、新しい島の文化を築いているといいます。


美しい自然をたたえた島は変わらずにそこにあるけれど、
人々の様子は時代とともにどんどん移り変わっていくという・・・。
大変興味深いことでした。
このことを知っただけでも、意義があります。
これを踏まえて、是非一度は訪れてみたい・・・という気持ちになりました。


さて、セミナーの受講者たちは、
受講内容によってというよりも、互いの付き合いの中で
色々なことを得ていくように思われました。
始めは全然打ち解けなくて、
お互いに近寄りたくない人・・・というような印象を持っていたりしたのです。
けれども、日々共に過ごしているうちに
いろいろな事が起こります。
お互いを知り、仲間意識が芽生え、
相手のいいところが見えてくるとともに、
自分のダメなところも見えてきますね。
まさに、人としての教習所です。
大事な話を非常に楽しく読めてしまう。
やっぱり垣根涼介作品でした。

「人生教習所 上・下」垣根涼介 中公文庫
満足度★★★★☆