150年前と現代をつなぐ花
* * * * * * * * *
第3回日経小説大賞受賞の傑作歴史ロマン!
英国田園地帯の丘で波打ち匂い立つ白い花の群れ。
幕末の横浜での英国軍人と日本人女性との悲恋が種子となり、
現代の欧州での偶然の男女の邂逅がその美しい薫りを蘇らせる。
* * * * * * * * *
現代の英国。
田園風景の中のある家を訪れた日本人の男性が、
この家に古くから伝わる一冊のノートを手渡されます。
そのノートは、150年前、
幕末の日本を軍事情報探索のため訪れた英国軍人ウィリアム・エヴァンスの体験を綴ったもの。
その当時の日本は「攘夷」論が勢力を増し、
西洋人は歩いているだけでも石を投げつけられたり切りつけられたり
・・・そんな物騒な世相でした。
エヴァンスは任務のため日本語の習得が必須であり、
日本語の教師を探しますが、
そこに抜擢されたのは成瀬由紀という美しい女性。
彼女は当時の日本社会では浮いてしまうほど、自分の意志を持った女性だったのです・・・。
(まるで山本八重さんのように・・・。)
普通なら引き受けるはずのない異人の教師を務めるというのだから、相当なものです。
エヴァンスは由紀の美しさと聡明さ、そしてやさしさにいつしか惹かれていくのですが、
この当時の状況で、もちろんそんなことは口にできない。
そして又、由紀にはあまり表沙汰にできない密かな情人がいるらしいと知れ、
嫉妬にこがれるエヴァンス・・・。
けれど、由紀の心はエヴァンスにあるようにも思われ・・・。
しかし、この二人の密やかな愛は、破滅への愛であったのです・・・。
う~ん、美しい物語です。
イングリッシュガーデンには憧れていましたが、
このような物語が付属すれば一段と又ロマンティックですね。
エヴァンスが日本で見た野いばら。
それは大変重要な場面で咲き乱れているのですが、
これは、もともと日本だけにある固有種なのだそうです。
植物に興味があるエヴァンスは故郷英国へそれを持ち帰る。
そうして、現代、150年前のノートを読み終え、放心した男は何を見るのでしょうか。
過去だけの話でなく、現代をも舞台としたことで、
この物語に壮大な深みがでています。
そして時の流れを感じずにはいられない。
エヴァンスの唯一の日本人の友、勝四郎のことば。
「いずれこの国は変わらねばならぬのであろう。
このままでおられぬのはわかっておる。
好むと好まざると、あんたらの土俵にのって相撲をとらねば、
われらの生きる道はないだろう。
100回生きても使い切れぬほどの富を追い求め、
まだ満足しないような化け物になる競争に参加するんじゃ。
そのことは、よくわかっておる。
われらはそなたらとおなじ化け物になると一旦決めたら、
とことんやるじゃろう。
ことによると、あんたらが顔色を失うぐらいやるかもしれぬ。
---だがな、それがひとにとって幸いかどうか。
それがわしにはわからぬのだ。」
う~ん、痛烈な現代への皮肉となっていますねえ・・・。
それから、本作では音楽と花が似ているという記述が何箇所かにあります。
「一時のあいだだけ虚空に咲き、漂い、消えていく幻のような美しさ。
その流れ去る美しさはとどめようがない。
しかしその美は繰り返し再生可能な生命の永遠性につながっている。
それが音楽であり、花である。」
数百年前の音楽が譜面を見て再生されるように。
風にのって飛んで行った種子が、別のところで芽吹くように・・・。
引用ばかりになりましたが、もう一つ。
本作は初めて日本を訪れたエヴァンスの視点で書かれているので、時々、面白い表現にぶつかります。
「熱い酒の入ったフラスコ型の陶器のデキャンタ」
・・・おわかりですね。
こんななぞなぞみたいなところもまた、密かな楽しみともなりました。
「野いばら」梶村啓二 日本経済新聞社
満足度★★★★★
珍しく図書館で借りましたが、近日文庫が出るようです。オススメです。
![]() | 野いばら |
梶村 啓二 | |
日本経済新聞出版社 |
![]() | 野いばら (日経文芸文庫) |
梶村 啓二 | |
日本経済新聞出版社 |
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第3回日経小説大賞受賞の傑作歴史ロマン!
英国田園地帯の丘で波打ち匂い立つ白い花の群れ。
幕末の横浜での英国軍人と日本人女性との悲恋が種子となり、
現代の欧州での偶然の男女の邂逅がその美しい薫りを蘇らせる。
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現代の英国。
田園風景の中のある家を訪れた日本人の男性が、
この家に古くから伝わる一冊のノートを手渡されます。
そのノートは、150年前、
幕末の日本を軍事情報探索のため訪れた英国軍人ウィリアム・エヴァンスの体験を綴ったもの。
その当時の日本は「攘夷」論が勢力を増し、
西洋人は歩いているだけでも石を投げつけられたり切りつけられたり
・・・そんな物騒な世相でした。
エヴァンスは任務のため日本語の習得が必須であり、
日本語の教師を探しますが、
そこに抜擢されたのは成瀬由紀という美しい女性。
彼女は当時の日本社会では浮いてしまうほど、自分の意志を持った女性だったのです・・・。
(まるで山本八重さんのように・・・。)
普通なら引き受けるはずのない異人の教師を務めるというのだから、相当なものです。
エヴァンスは由紀の美しさと聡明さ、そしてやさしさにいつしか惹かれていくのですが、
この当時の状況で、もちろんそんなことは口にできない。
そして又、由紀にはあまり表沙汰にできない密かな情人がいるらしいと知れ、
嫉妬にこがれるエヴァンス・・・。
けれど、由紀の心はエヴァンスにあるようにも思われ・・・。
しかし、この二人の密やかな愛は、破滅への愛であったのです・・・。
う~ん、美しい物語です。
イングリッシュガーデンには憧れていましたが、
このような物語が付属すれば一段と又ロマンティックですね。
エヴァンスが日本で見た野いばら。
それは大変重要な場面で咲き乱れているのですが、
これは、もともと日本だけにある固有種なのだそうです。
植物に興味があるエヴァンスは故郷英国へそれを持ち帰る。
そうして、現代、150年前のノートを読み終え、放心した男は何を見るのでしょうか。
過去だけの話でなく、現代をも舞台としたことで、
この物語に壮大な深みがでています。
そして時の流れを感じずにはいられない。
エヴァンスの唯一の日本人の友、勝四郎のことば。
「いずれこの国は変わらねばならぬのであろう。
このままでおられぬのはわかっておる。
好むと好まざると、あんたらの土俵にのって相撲をとらねば、
われらの生きる道はないだろう。
100回生きても使い切れぬほどの富を追い求め、
まだ満足しないような化け物になる競争に参加するんじゃ。
そのことは、よくわかっておる。
われらはそなたらとおなじ化け物になると一旦決めたら、
とことんやるじゃろう。
ことによると、あんたらが顔色を失うぐらいやるかもしれぬ。
---だがな、それがひとにとって幸いかどうか。
それがわしにはわからぬのだ。」
う~ん、痛烈な現代への皮肉となっていますねえ・・・。
それから、本作では音楽と花が似ているという記述が何箇所かにあります。
「一時のあいだだけ虚空に咲き、漂い、消えていく幻のような美しさ。
その流れ去る美しさはとどめようがない。
しかしその美は繰り返し再生可能な生命の永遠性につながっている。
それが音楽であり、花である。」
数百年前の音楽が譜面を見て再生されるように。
風にのって飛んで行った種子が、別のところで芽吹くように・・・。
引用ばかりになりましたが、もう一つ。
本作は初めて日本を訪れたエヴァンスの視点で書かれているので、時々、面白い表現にぶつかります。
「熱い酒の入ったフラスコ型の陶器のデキャンタ」
・・・おわかりですね。
こんななぞなぞみたいなところもまた、密かな楽しみともなりました。
「野いばら」梶村啓二 日本経済新聞社
満足度★★★★★
珍しく図書館で借りましたが、近日文庫が出るようです。オススメです。