戦場の「日常の謎」+友情
戦場のコックたち | |
深緑 野分 | |
東京創元社 |
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1944年6月、ノルマンディー上陸作戦が僕らの初陣だった。
特技兵(コック)でも銃は持つが、主な武器はナイフとフライパンだ。
新兵ティムは、冷静沈着なリーダーのエド、お調子者のディエゴ、調達の名人ライナスらとともに、
度々戦場や基地で奇妙な事件に遭遇する。
不思議な謎を見事に解き明かすのは、普段はおとなしいエドだった。
忽然と消え失せた600箱の粉末卵の謎、オランダの民家で起きた夫婦怪死事件など、
戦場の「日常の謎」を連作形式で描く、青春ミステリ長編。
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また一人の才能ある書き手を知ってしまいました。
このミス2位ということで、著者の「ベルリンは晴れているか」に興味を持ったのですが、
図書館予約ではいつになったら読めるかわからない。
それで、この前作「戦場のコックたち」もオススメとあったので、こちらを読んでみました。
・・・ところが、最初の一ページくらいでもう、グイグイと惹きつけられてしまいました。
本作の語り手ティムは、ヨーロッパの対ドイツ戦にアメリカが参入するときに志願兵となります。
19歳の血気にはやる多くの若者達がそうだったように。
多分小柄で童顔なのだろうなあ、ティムは周りのみなからは"キッド"と呼ばれます。
健全な家庭で育ったことが丸わかりの真っ当ないいヤツ。
生真面目なその語り口に好感が持てます。
そして彼は自分が思ったよりも戦闘向きでないことを悟ってコック兵となります。
しかし、コック兵といっても、いつも後方で調理しているだけではないんですね。
調理設備のない前線へ行く場合には他の兵と変わらず、銃を持って戦うのです。
紹介文にある通り、そんなティムの軍隊生活の中の「日常の謎」を解いていきつつ
ストーリーは進んでいきます。
戦場はすでに「日常」ではないのに、日常の謎というのも変ですけれど・・・。
そして探偵役はティムではなくティムの尊敬する先輩、エド。
ティムはいわばワトソン役です。
さてこのように言うと、戦場が舞台なのにずいぶんのんきそうに思えてしまうことでしょう。
いえ、決してそんなことはありません。
あのノルマンディー上陸作戦のときがティムの初陣。
彼は空挺兵なので、海岸からではなく、パラシュートでフランス内陸に降り立ちます。
はじめてのパラシュート降下。
ドキドキしますね。
ティムは始めは敵に銃口を向けることすらためらわれたのに、
いくつもの戦闘を体験するうちに変わって行くのです。
敵兵の死、友の死、町や村の民間人の死・・・。
生と死の差はほんの紙一重でしかない。
何かが少し違えばそこに横たわっている屍体は自分だったかもしれない・・・。
幾人もの友を失い、ドイツ人を憎むようにもなります。
ドレスデンが空襲で壊滅状態になったとの知らせに喜びを感じもする・・・。
どれだけの民間人が犠牲になったかも忘れて。
でもそんな彼が、ドイツ人の幼い子供を救い出し、その行く末の算段をしたりもするのです。
戦争とは・・・人間とは・・・なんと矛盾に満ちているのでしょう。
いかにも寒々しいアルデンヌの森でのドイツ軍との膠着状態の場面は
なんと言っても圧巻です。
このシーンは何かの映画でも見たことがある。
実にリアルで、悲惨さも覆い隠さず描かれています。
そしてそこでの大きな悲劇は、読者の心をも暗闇に突き落とすようでもあります。
更には全体を通して隠されていた一つの大きな秘密。
言葉をなくすような展開と、そんな中で育まれていた友情が胸を熱くします。
なんにしても心揺さぶられる本作。
私はすでに深緑野分さんの大ファンとなってしまいました。
まだ作品はそれほど多くはない。
今後も読みますよ~。
図書館蔵書にて
「戦場のコックたち」深緑野分 東京創元社
満足度★★★★★