胸の思いは、なお鮮明に
* * * * * * * * * * * *
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、
赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。
「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――
戦前、戦中、戦後という激動の時代に、
情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、
あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。
* * * * * * * * * * * *
時は平成。
老人施設で暮らす佐倉波津子が若かりし頃の自分を回想します。
昭和12年。
16歳波津子は、少女向け月刊誌「乙女の友」編集部、
有賀主筆付きの雑用係として働き始めます。
波津子は以前、多少暮らし向きも良かったのですが、
今は父親がほとんど音信不通で経済的に苦しく、小学校しか出ていません。
本当は歌で身を立てたかったのだけれど、音楽学校に通えるわけもなく、
歌の先生のところで女中働きをしながら少しレッスンを受けていた程度。
そして、「乙女の友」は大好きな雑誌だったのが、もう本を購入することもできず、
ときおり印刷工場に勤めている幼なじみが届けてくれる
試し刷りの「乙女の友」の断片を大事に眺めるのみ・・・。
そんなだから、この編集部に勤めないかという話が来たときには舞い上がりそうになり、
しかしいざとなると学のない自分がこんなところで働くことができるのだろうかと、
恐ろしくて仕方がなくなってしまう・・・。
こんな経緯が詳しく描かれていて、読み手である私もすっかり波津子の気持ちと同調してしまいます。
「乙女の友」は実在した「少女の友」がモデルとなっていて、
そこで一躍名を馳せた中原淳一は、長谷川純司として登場します。
もとより憧れの有賀の指導によって、ろくに漢字も書けなかった波津子が
どんどん職業人として成長していく。
そして憧れは次第に恋へと変化していくのですが・・・。
時代は日中戦争から太平洋戦争へ。
戦局は次第に悪化し、純司も有賀も戦地へ送られていく。
少女の夢をかき立てるロマン色濃い小説やイラストは、当局から禁止され、
「乙女の友」は内容もボリュームも、かつての面影をすっかり失っていくのです・・・。
こうした「乙女の友」の運命、そして波津子の人生が絡まって、
とても読み応えのある内容になっているのです。
一人、老人施設でほとんど夢を見ているように昔を回想する波津子には、
今は彼女を見舞う家族もいない様子。
編集社に勤める一人の女性としての人生を極めて力強く生きてきたことはうかがえるのですが、
結局有賀とはどうなったのか、次第にそのことが気になってきます。
そして、思いがけないラストには涙があふれます。
すべては夢のような出来事。
けれど、確かにかつてあったできごと。
人の思いは時を超えて飛び込んでくる・・・。
図書館蔵書にて
「彼方の友へ」伊吹有喜 実業之日本社
満足度★★★★★
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます