自分を取り戻す
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ダイアナ妃が、その後の人生を変える決断をしたと言われる
1991年の王室のクリスマス休暇を描きます。
この頃、ダイアナ妃とチャールズ皇太子の夫婦関係は冷え切り、
世間では不倫や離婚の噂が飛び交っていました。
クリスマスを過ごすために、エリザベス女王私邸サンドリンガム・ハウスに集まった王族たち。
誰もが平穏を装い、何事もなかったかのように過ごします。
ダイアナ妃は、ディナー時も礼拝時も常に多くの人の視線を浴び、
彼女の精神は限界に達しているのです・・・。
冒頭は、自身で運転をしてサンドリンガム・ハウスをめざすダイアナが、道に迷うシーンから。
とある店を見つけて中に入り、周囲の人に尋ねます。
「ここは、どこ?」
これは道に迷った彼女を描きつつ、
人生の途上でおのれの道を見失ったダイアナ本人のことを言っているのでしょう。
ついでに彼女は聞きたかったのかも知れない。
「私はだれ?」と。
英国王室の長い歴史、しきたり。
そういうものが彼女にずっしりと重くのしかかります。
豪華な王室の宮殿の中で、ダイアナは美しい皇太子妃として
あくまでもにこやかで幸せそうでいることだけを要求される。
本来の自分は一体どこに在るのだろう・・・。
自分が果たすべき役割がここにあるのか・・・?
そんな中で本来しっかりと支えてくれるはずの夫の心が
すでに自分の上にはない・・・。
彼女がホッとできるのは子どもたちと過ごすときだけなのです・・・。
本作中の重要アイテムが真珠のネックレス。
ウソ!と言いたくなるような大粒の真珠。
彼女によく似合います。
それは夫が彼女にクリスマスプレゼントとして贈ったものなのですが、
ダイアナは気づいてしまった。
夫は全く同じものを愛人にもプレゼントしている、と。
そうなるともう、このネックレスは彼女にとっては屈辱の印でしかありません。
ディナー中に彼女はあまりの息苦しさにネックレスを引きちぎり、
ポタージュの中に散らばった真珠をスプーンですくい上げ、
ガリガリとかみ砕いて飲み込んでしまう・・・。
イヤまさか、と思うのですが、はい、ここは彼女の脳内映像。
一瞬後には、元どおりエレガントに真珠を身につけた彼女が映し出されます。
本作にはこのような映像が多用されていて、
私たちは彼女の狂気の淵を共にのぞいているような感覚に陥ります。
実はこの、サンドリンガム・ハウスの近隣にダイアナの実家があるのです。
今はもう誰も住んでおらず、朽ちかけて立ち入り禁止になっているその屋敷。
ある夜ダイアナはこっそり抜け出して、その屋敷に向かいます。
かつてのスペンサー家。
朽ちかけた廃墟、それはつまり、現在のダイアナの心の風景なのかも知れません。
もう生きる気力さえもなくしたダイアナですが・・・。
その後の彼女の決断はご存じの通り。
でもそうした決断が、結局はさらなる悲劇を巻き起こすことになるわけですが。
そうであっても、彼女はあのまま王室に残ることはやはりできなかったでしょうね。
ありのままの自分、“スペンサー”を取り戻すことの方が大事なのでした。
本作はフィクションではありますが、
実際のダイアナ妃の心境にかなり迫っているのではないかと思います。
シンデレラは王子と結婚しても案外幸せではない、というわけ。
<シアターキノにて>
「スペンサー ダイアナの決意」
2021年/ドイツ・イギリス/117分
監督:パブロ・ラライン
出演:クリスティン・スチュワート、ジャック・ファーミング、
ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリス
重圧度★★★★☆
満足度★★★.5
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