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「マシアス・ギリの失脚」 池澤夏樹

2017年04月07日 | 本(その他)
南の島は、やはり精霊に守られた不思議なところだった

マシアス・ギリの失脚 (新潮文庫)
池澤 夏樹
新潮社


* * * * * * * * * *

舞台は、毎朝、毎夕、無数の鳥たちが飛びまわり、
鳴きさわぐ南洋の島国、ナビダード民主共和国。
鳥たちは遠い先祖の霊、と島の人々は言う。
日本占領軍の使い走りだった少年が日本とのパイプを背景に大統領に上り詰め、
すべてを掌中に収めたかに見えた。
だが、日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消え、
事態は思わぬ方向に転がっていく。
善良な島民たちの間で飛びかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。
それらを超える大きな何かが大統領を飲み込む。
豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。
谷崎賞受賞作品。


* * * * * * * * * *

舞台は、南洋の島。
そう、あの「南の島のティオ」と同じでいて、
どうしてこうも異質の物語が描けるのだろうかと、驚いてしまいました。


主人公マシアス・ギリはその島国ナビダード民主共和国の大統領です。
人口約7万人のこの島で、ほとんど独裁体制を敷き、
今しも日本と、とある大事業の契約を結ぼうとしつつある・・・。
このような冒頭からは、尊大であまり好きな人物には思えないのですが、
話の進行の合間に彼のこれまでの人生が語られ、
次第に惹きつけられていきます。


ヨーロッパの船に勝手に「発見」され、植民地化され、
占拠され、戦場にされ、挙句に、
たいして役に立たないとわかれば独立させられた島。
海の外の国々に散々いいように利用されてきたこの島を、
ギリはなんとかしたかったのです。
その一心で、ここまで上り詰め、今度は他の国を利用してやろうとばかり、
多少の後ろめたい手も使った。
けれどそれは決して私腹を肥やすためではなかった。


そんな彼がついには失脚に至るのですが、
これが「弾劾」とか、「国民投票」ではなくて、
島の長老会議が「あなたに対する敬意を取り下げます。」と宣言するだけなのです。
法的には何の拘束力もありません。
けれどもそれは島の人々の誰からも大統領として認められないことと同じ。
ギリ自身も長老会議には一目置いており、もうそこで覚悟は定まります。


本作はつまり、精霊に守られてきた島の古来からの在りようと、
産業革命から始まる近代的資本主義のせめぎあいを描いているのだと思います。
ギリは、主に日本で学んだ資本主義を用いて、島の発展を図ろうとした。
けれども、島の人々は・・・というよりも島自体が、
それを拒んだのだと言えそうです。


作中に語られる、行方不明になった日本の慰霊団を乗せたバスのエピソードがなんともステキです。
そのバスは、海上や海中、時には宇宙空間にまで出かけます。
またある時は顕微鏡のレンズの先にいたりもする。
その中で、47人の日本の老人たちは実に楽しそうに手をふっている。
島の人々は、よそならありえないけれど、この島ならそんなこともあり得ると噂し、
特に心配もしません。
そして、最後にやっと返ってきたバスからは、
すっかり肌艶もよく若返って嬉しそうな老人たちが降りてくる。
この島だから、こんな不思議も起こり得る・・・。
そうなんです。
はじめに「南の島のティオ」とは異質、と書いたのですが、
実は同質の物語だったわけなのです。


きっとギリは、亡霊となってリン・ボーとともに
どこかで島を見守っているのではないかな?

「マシアス・ギリの失脚」池澤夏樹 新潮文庫
満足度★★★★★


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