戦後立ち上がる女性たちの凱歌
水曜日の凱歌 (新潮文庫) | |
乃南 アサ | |
新潮社 |
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昭和20年8月15日水曜日。
戦争が終わったその日は、女たちの戦いが幕を開けた日。
世界のすべてが反転してしまった日―。
14歳の鈴子は、進駐軍相手の特殊慰安施設で通訳として働くことになった母とともに各地を転々とする。
苦しみながら春を売る女たち。
したたかに女の生を生き直す母。
変わり果てた姿で再会するお友だち。
多感な少女が見つめる、もうひとつの戦後を描いた感動の長編小説。
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何故か私、これまで乃南アサさんを読んだことがなかったのです。
しかし初めてがこの本でよかった。
すっかりファンになって、また読書の幅が広がりそうです。
さて、大抵の戦争ものは昭和20年8月15日でおよそのストーリーが終了するものですが、
本作はそこが出発点です。
14歳少女鈴子は、3月10日の午後、郊外の勤労動員から戻ってきた駅で、
変わり果てた東京の姿を目にします。
すっかり焼け野原となってしまったわが町。
家も焼け落ちていましたが、かろうじて母だけが逃げ延びていて、無事に会うことができました。
幼い妹は行方不明・・・。
父は事故で亡くなっており、他の兄や姉も出兵や空襲で亡くなっていて、
大勢いたはずの家族が、今は母と鈴子の二人きり。
そんなドサクサのうちに8月15日。
ようやく戦争が終わりました。
しかしいよいよそこからこの母娘は、女ふたりだけで生きていかなければならないのです。
そこで登場するのが、「特殊慰安施設協会」。
特殊慰安施設協会とは・・・
日本が進駐軍の性暴力に備えるために女性を募り、
東京・大森海岸や静岡県・熱海などに慰安施設を日本各地に作った実在の組織。
5千人を超える女性が売春や娯楽を提供したとされる。
通称RAA。
これまでほとんど表には出なかったことなのですが、
なんとアメリカから要求があったわけでもないのに、
日本側が「忖度」して(?)わずか数日でこの施設設置が決められた・・・。
英語ができた鈴子の母は、その施設で通訳として働くことになります。
しかし、何しろ14歳の鈴子ですから、男女の性のこともはっきりとはわかっていない。
純粋で多感な彼女は、想像もつかない悲惨な現実を知ることになってしまうのです。
本作はそういう鈴子の視点で描かれているので、みずみずしい驚きに満ちています。
そもそも彼女は自分の母親のことをなにもわかってはいませんでした。
それまでは父に頼りっきりで、自分ではなにもできない人と思っていたのです。
しかしそれはあくまでも母が、家長の立場を守ろうと虚勢を張る夫を立てるためで、
実は女学校も出ている意志の強い女性だったのです。
彼女は生活を成り立たせるために、このような際どい職に付きながらも、
その立場を足場にして、地位を固めていきます。
それに引き換え、男どものなんとふがいないこと。
こんな無謀な戦争を始めたのも男たちだし、
この特殊慰安施設にしても、始めるときばかりでなく閉めるときも、
どれだけの女性が絶望のどん底に沈んだことか・・・
日本の戦後史の暗部に触れながらも、
力強く運命に立ち向かい生きていこうとする母娘の姿には圧倒されます。
そしてやはり戦後は、女性たちが自立していく時代の始まりなのですね。
力強く素晴らしい物語でした。
「水曜日の凱歌」乃南アサ 新潮文庫
満足度★★★★★
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