出掛けて行くわけにゃいかんからさ、動画で見るわけよ、山本太郎の街宣。
言うことは毎回同じ、いや、そうでもないぜ、新しい資料出て来たり、言い回しがよりシャープになってきたりして、そんな変化も楽しめる。
何より、山本太郎のせりふ?術と表情が画面から迫ってきて、見世物としての価値もとても高い。あっ、もちろん、街宣の内容も圧倒的にレベル高いけど。
も一つ、目を惹きつけられるものがあった!
手話通訳のお姉様方だ。1週間ほど前にゃ、太郎の演壇より一段低く後ろに控えて通訳してくれていたんだが、
ここ数日の街宣では、太郎のすぐ隣で堂々と演じるように舞台設定を変えて来た。
そう、演じる!なんだよ。
表情の千変万化はどなたも同じ、表現力に満ち溢れている。こんな変顔まで織り交ぜて。
手話の仕草、分からないんだが、ただ単に話を通訳しているだけではない熱意を感じるなぁ。
もう、彼女たちを見ているだけで嬉しくなるし感心する。もしかすると、演劇の訓練をしてこられたんじゃないか、そのくらい迫真的なんだ。太郎の演説の一言一言につふざに反応して、太郎の気持ちまでも伝えきっている。
しかも、あの間髪入れずの通訳だ、これはもはや芸術の域だな。
多分、彼女たち、ただの頼まれ通訳じゃないんじゃないか?もちろん仕事として引き受けてはいるんだろうが、れいわ新選組へのシンパシーは深いものがあって、常々山本太郎の話しに慣れ親しんでいるに違いないぜ、きっと。
手話通訳までも自陣のスタッフに仕上げてしまう力がれいわ新選組、山本太郎にはある。それも、重度障碍者3人を議員として国会へ送り込んでいるって実績が彼女たちの共感の底にはあるんだろう。彼女たちの周辺にはろうあ者がいるはずだから。
ちなみに、街頭での党首演説に手話通訳を伴っている党ってれいわくらいじゃないか。たとえあったとしても、れいわのように演説者と同等の位置を与えちゃいないよな。あっ、バンドの演奏付きってのもね。
まさに、誰もが生かされ、ひとしく大切にされる社会を作る、れいわの基本姿勢がなせる街宣のあり方、ってことだよな。
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