アヴェ・マリア!
フランス革命とカインの罪と新都市エノク、そして、天主の国
7月4日はアメリカ合衆国の独立記念日だった。7月6日は、『ユートピア』を書いた聖トマス・モアの殉教の日で、イギリスでは7月9日がその祝日だ。
そして、今日7月14日は、キリスト教世界で世俗の領域でキリストの場所を占める代理者(lieutenant)であったフランス王権を転覆させたフランス革命の始まりの日だ。
1920年7月25日、第一次世界大戦の終戦数ヶ月後に、教皇ベネディクト十五世は普遍教会の守護者たる聖ヨゼフの制定五十周年を祝うために自発教令(モートゥー・プロプリオ)『ボヌム・サネ(BONUM SANE ET SALUTARE)』(AAS 12 (1920), pp. 313- 317)を発表した。
「戦争の災難は、人類が自然主義(=天主の超自然に頼らずに天主を無視して人間の自然の力だけで充分とする考えのこと)に深く影響されたその瞬間に人類に降り注いだ。」
「社会の全ての反乱的な人々の希望と期待において、人々の絶対的平等と物資の共有性との上に或る世界共和国の到来を待ち望む考えが熟している。この
世界共和国においては国籍の区別もなく、子供達に対する父親の権威も認められず、市民に対する公権力もなく、市民共同体において一致団結する人々の上に天主の権威も認められていない。これらのこと全ては、もしもそれが現実のこととなったとしたら、ヨーロッパの少なからずの地域で今体験し感じているような恐るべき社会的大変動を引き起こすだろう。」
私たちには名前があり、個性があり、性別があり、年齢があり、特技がある。人間は自己充足することが出来ない。人間は創造主に依存している。人間は互いに助け合い、奉仕し合わなければならない存在だ。人間は他の人間によって統治される必要さえもある。天主によって助けられる必要がある。子供達に対する父親の権威も、市民に対する公権力も、天主の権威も存在している。
そこで、全宇宙を創りそれを保ち給う天主の御子が、人間とその社会問題を解決するために人間となって、ある意味で「国籍の区別のない」聖なるカトリック教会を創った。そこで罪を赦された人々が、全世界どこででも一つの信仰を持ち、一つの言葉を話し、天主にまで到達することができるように。王であるイエズス・キリストがその角石(おやいし)となり基礎をおいた。人類が知る唯一の完璧な国際社会組織だ。何故なら、復活して聖父の右に座し給う私たちの主イエズス・キリストが、ご自分の設立した新統治に、天の王の玉座から聖霊を送り給うたからだ。バベルの塔の建設時に受けた天罰と反対のことが起こった。イエズス・キリストの教会は、「天主が設計し、建造される、たしかな基礎をもっていた」。「かれは、主なる天主によって父ダヴィドの王座を与えられ、永遠にヤコブの家をおさめ、その国は終ることがありません」(ルカ)天主の御子は、人となり、人類社会の問題を解決するために真の平和のための理想社会(ユートピア)を創った。今から2007年前に真の意味での「新世界秩序」を創った。それが聖ペトロの船であり、新約の第二の「ノエの方舟」であり、母にして聖なるカトリック教会だ。
社会の再建築のために必要なのは会議ではない。天主の創造の秩序だ。キリストの力だ。自然な健全な聖なる家族だ。ベネディクト十五世は言う。
「家庭は人類の基礎をなしているのであるから、家庭生活を貞潔と忠実と和睦とによって強めることにより、新しい力といわば新しい血液が人間社会の全ての成員を通して、キリストの力の生かす影響力のもとで与えられるだろう。その結果は個人の道徳を矯正するのみならず、公的な市民制度も復興させることができるだろう。」『ボヌム・サネ(Bonum Sane)』
しかし人類は天主の創造の秩序を認めようとしなかった。人類は天主の無き「世界共和国」を作ろうとしてその一歩を踏み出した。だから、ベルサイユ条約にも国際連盟の規約にも、天主の名前は無い。
ジュネーブに本部を持つ国際連盟は、第二次世界大戦を防ぐことはできなかった。既に天主の御母は1917年ファチマで、最初の虐殺が中断する少し前に、第二次世界大戦のことを預言されていた。
第二次世界大戦は「分解して固める」(Solve et coagula)のモットー通り行われた。天主無き民主主義を世界中に広めるために。国際連合が作り上げられ、「ヨーロッパ合衆国」(United States of Europe)を作り上げる努力もなされ、今、進行中であるた。人類は、天主の無いイエズス・キリストの無い「ユートピア」を作り上げようとしている。
アダムとエワの最初の子供であるカインは自分の兄弟アベルを殺害した。この地で呪われた(maledictus super terram)カインはこの地を彷徨い逃げ回り(vagus et profugus eris super terram)、地はその実を与えないだろう(non dabit tibi fructus suos)。妻と共に、カインは天主の御顔から遠ざかりエデンの東に逃げて住んだ(egressusque Cain a facie Domini habitavit in terra profugus ad orientalem plagam Eden)。天主から遠ざかり、父の家から離れ、歴史と断絶し、カインはいわば伝統を無視する「進歩主義者」だった。カインは将来の世界にかけた。カインは妻を知り、妻は子供を産んだ。カインは子供をエノクと名付け、自分の創った新都市に子供の名前を付けて「エノク」と呼んだ(cognovit autem Cain uxorem suam quae concepit et peperit Enoch et aedificavit civitatem vocavitque nomen eius ex nomine filii sui Enoch)。
カインの新都市エノクは、歴史もなく天主もなく自主自立の社会だった。カインの理想は物質的な進歩だった。地上の富をかき集めることがカインの新しい「宗教」だった。親への恩義から郷土愛が生まれ、伝統と歴史への愛着が生まれ、過去の偉人を記念してその名前を町に付ける、ということが人間の普通の心情だ。親に対する命を受けた恩義はお金では計られないものだ。カインはそうではなく革命家だった。新しい都市の名前エノクの意味は「創始」「始まり」という意味だ。だからそれは「革命」の都市だ。
兄弟を殺したカインは自分だけのユートピアを創ろうとした。現代も「よりよい世界を子供達に残すために」「将来の社会のために」という口実で、堕胎・避妊・安楽死により多くの兄弟姉妹が殺されている。
エノクはイラドを生み、イラドはマヴィアヘルを生み、マヴィアヘルはマトゥサヘルを生み、マトゥサヘルはラメクを生んだ(porro Enoch genuit Irad et Irad genuit Maviahel et Maviahel genuit Matusahel et Matusahel genuit Lamech)。天主を離れては道徳は腐敗するばかりだった。カインの第五代目ラメクは、重婚を導入した(accepit uxores duas nomen uni Ada et nomen alteri Sella)。正妻はアダだった。そして影という意味を持つ第二の「妻」セラからは、タバルカインが生まれた。カバルカインは真鍮と鉄とを加工する技術を持った(Sella genuit Thubalcain qui fuit malleator et faber in cuncta opera aeris et ferri)。人類最初の新都市「ユートピア」エノクでは、人間の支配力を高める高度技術を重視した。しかし天主が築かない「ユートピア Utopia」は、そのギリシア語源(ウ (ou) +トポス (topos))の通り「無い場所」(Nowhere)である。
カインが、最初の人工都市作り上げて
自分の子供の名前を付けたように、人工国家では、新しいものが良いもので古いものを軽蔑するようになった。古いものを良いと表現するような語彙は人工国家から消えてしまった。年寄りは「生産性がない」、「高度技術についていけない」ので、彼らはむしろ邪魔者となる。革命家にとっては、青少年だけが大切で尊敬の対象だ。何故なら、革命家には過去も現在もないからだ。彼らは将来の革命を夢想し計画し生きる。何故なら、将来は現実ではないからだ。私たちは第二バチカン公会議後の「世界青少年の日」(World Youth Day)を様々な行事を思い出す。
しかし「社会問題ならびに社会科学は、つい最近になって生まれたものではない。教会と国家は全ての時代にわたって健全な協調のうちにこの目的を達すべく種々の実り豊かな組織を育成してきた。教会は妥協に満ちた協定で一度として人々の幸福に対する裏切りを為したことがなく、したがって、
過去をうち捨てる必要がない。また必要なただ一つのことは、真の意味で社会の復興のために働く人たちの助けを借りて、フランス革命がうちくだいた諸々の機構を再び採用し、それらを生み出したのと同じキリスト教的精神において、現代社会の物質的発展に由来する新たな環境にそれらを適合させることである。事実、
人民の真の友は革命家でも革新派でもなく、伝統主義者だ。」(
教皇聖ピオ十世 シヨン運動に関する書簡『私の使徒的責務』1910年8月25日 』)
残念なことにフランス革命によってキリスト教世界が生み出した一種のユートピアであった世界統一秩序は崩壊へと向かってしまった。そして、別のキリストの無い、天主の秩序を無視した新しい人工のユートピアを作ろうとした。
フランス革命を起こしたの革命勢力は、ベネディクト十五世が指摘するような「国籍の区別もなく、子供達に対する父親の権威もなく、市民に対する公権力もなく、天主の権威もない人間絶対平等と物資共有の世界共和国」を作ろうとしている。
しかし人工の「ユートピア」は、ソランジュ・ヘルツ(Solange Hertz)が巧く言っているように、言葉の本当の意味でのユートピア、つまり何処にも無い場所(NOWHERE)である。しかし、王たるキリストの統治、母にして聖なるカトリック教会、人類社会の問題を解決するために真の平和のための「天主が設計し、建造される、たしかな基礎をもつ」イエズス・キリストの教会は、真の理想社会(ユートピア)であり、それは幸いなことに、いま、ここに(Now Here)現実にある。
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教皇グレゴリオ十六世 自由主義と宗教無差別主義について『ミラリ・ヴォス』1832年8月15日
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教皇福者ピオ九世 現代社会の誤謬表『シラブス』 1864年12月8日
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教皇福者ピオ九世 現代の誤謬の排斥『クヮンタ・クラ』 1864年12月8日
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教皇ピオ十二世 童貞聖マリアの無原罪の教義宣言の百年祭 回勅『フルジェンス・コロナ・グロリエ(輝く栄光の冠)』 1953年9月8日